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Chapter6-10

「意外?」 「ちょっと、想像できないですね」  京介と付き合っている時、早苗は彼が怒りといった感情を露わにしたことはない。早苗の行動が京介の意に反する行動をした時、例えば伊織関連のことで京介に意見した時も、彼は淡々と早苗を窘めるだけに留まった。激昂する姿など一度も見たことはない。それこそ、彼を裏切る形で俊哉と番になった時だって京介は早苗に怒りという感情を向けてこなかったくらいだ。 「確かに京介は基本的に穏やかだけどね。早苗くんのことになると理性が働かないことがあるみたい。殴られたのは今回が初めてじゃないし」 「えっと……」  そんな話を聞かされたところで、やはり怒りで人に手を上げる京介の姿なんて早苗には全く想像がつかなかった。 「1度目は、京介にエンゲージカラーを突き返しながら早苗くんと番になったって報告した時」 「えぇ……」  挙句その切っ掛けが自分にあると言われても、恋人であった時分に散々蔑ろにされていたと思っている早苗は、俊哉の言葉を信じることが出来なかった。 「信じられないって顔してるけど、ホントだからね。おれも驚いたんだけどさ。だって、京介は早苗くんに本気じゃないと思ってたんだ。それは嘘じゃない……」  俊哉は「嘘じゃない。知らなかった」と繰り返す。後悔に苛まれ、魘されるようにそう呟き続ける目の前の男を早苗は哀れにすら思った。こんな結果になったのはなにも俊哉だけのせいではないのに、どうして彼はここまで自分を責め立てるのだろうか。 「例え須田先輩が本当にオレを好きだったとしても、あの状態が続いたなら、遅かれ早かれ関係は破綻していたと思います」  自分を責める俊哉はあまりに痛々しくて見ていられなかった。だから、庇うつもりはなかったが、早苗はずっと思っていたことを打ち明ける。  恋人であった時分、早苗は京介に蔑ろにされることに辟易していた。けれどオメガらしくない自分を受け入れてくれるアルファは京介しかいないと思い込んでいたのである。  恋というものを知らなかった十代の時には知り得なかった、愛の心地よさを知ってしまった早苗はほんの少し、その心地よさを手放すのが惜しくなってしまった。だから、悲しくて心が抉れそうになってもその痛みに耐えていた。  でも、一度手放してみたらなんてことはなかった。きっと与えられる心地よさよりも苦痛の方が大きかったからだ。  「兄弟なのに運命だといって、家族愛以上の愛情を求めてくる伊織の気持ちが負担だった。だから、向き合うのが怖くておれは逃げ出した。ただ、幼馴染ってだけで京介の幸せになれるはずの道をおれは奪ったんだ」  けれど、俊哉はそれでは納得しなかった。もはや思い上がりのような加害意識が強すぎて、彼の気迫に押された早苗は言葉を発することはできなかった。 「最初からおれが伊織と向き合ってたら、アイツの妄想を打ち砕いてあげてたらこんなに拗れることはなかったし、早苗くんがこんな目に遭うことだってなかったんだ。京介だって本当に好きな人と番になれた。そんな未来を全部ぶち壊したのはおれなんだ……」  懺悔のような俊哉の言葉に早苗はそろそろ面倒臭さを感じていた。今更タラレバを語ったところで時間が戻るわけではないし、俊哉が伊織と向き合ってたところで事態が好転したとは思えないからである。 「俊哉先輩の言う通り、須田先輩の好きな人がオレだったとして物理的に番になれなくなったわけではないですよね。別に須田先輩とよりを戻したいわけではないですけど……」 「京介にはもう他に番がいるから早苗くんとは番わないよ」  その言葉に何故だか心が痛んだ。もう京介に未練なんてないはずなのに、その言葉は早苗に重くのしかかった。  たった数秒の沈黙が永遠のように感じられた。それくらい重苦しい空気がその場に流れる。 「なんっ、それ……どういうことですか?」  口の中が乾いていたせいでうまく言葉を発することができなかった。しかも声は動揺のせいで自分でもわかるほどに震えていた。 「京介は伊織と番になった。そしたら、もう早苗くんが危険な目に遭うことはないからって……」 「意味がわからないです」  京介が伊織と番になったからと言って何が変わるのか本当に理解ができなかった。 「アルファが、番になったオメガを自分の家に監禁するってことはよくあることなのは知ってるよね。執着心の強いアルファが自分の番が他人目に触れないようにするって行動は、珍しくもなんともない」 「伊織先輩を自分の監視下に置くため?」 「そう。それに、京介と番である以上おれと番になるのは勿論、おれのフェロモンを感じることもないからって。それが一番伊織にとってキツい罰になるからって言ってた」 「でも、須田先輩が番になる必要はないんじゃ……」 「伊織が他のアルファと番になったとして、『運命の番』を求める伊織に同情して番の解消される可能性が1パーセントでもあるは許せないからって」  自分の幸せを犠牲にした京介の話をきいて、早苗の心を優越感にも似た高揚感が満たす。それと同時に自分の性根の悪さに気がついてしまい、早苗は自己嫌悪に陥る。 ――彼の不幸に見合う人生を歩まなければ。  早苗はそう決心した。

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