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第3話
教会の裏手に貧相な墓地がある。
錆びた錬鉄の柵に囲われた土地には夥しい蔦がはびこり、のっぽの糸杉や柳が鬱蒼と影を落とす中、盲目の天使の彫像や傾いだ墓石が密に犇めく。
「はっ、はっ、はっ……」
ピジョンは息を整え走る。
背中でライフルが弾む。
「ぴょんぴょん逃げんじゃねーよヘタレ野郎」
剽げた笑いさえ含み、太平楽に間延びした声が追いかけてくる。
追い付かれる前に一秒でも早く一歩でも遠くへ。
塀に沿って回りこみ、菱飾りを冠した錬鉄の柵を飛び越えて墓地へ至る。
「よし」
固い靴底が地面に着地、膝を撓めて衝撃を吸収。手近な碑に腰を低めて隠れ、墓石から墓石へ縫うように移動する。
まずは得体の知れない男を孤児院から引き離すのが先決だ、第三者をトラブルに巻き込むのは良心が拒む。
まして子供たちや神父、修道女たちの身に危険が迫れば……想像しただけで動悸がする。
男が付いてきているのを気配だけで確信し、振り返りもせず声を張る。
「表で騒いだら人がくる、捕まりたくなきゃ場所は選べ」
「で、辛気くさい墓地にご案内ってか」
肩で風切りあたりを払い、大股に歩む男の姿はスワローによく似ていたが、スワローよりずっと貫禄がある。
踏んだ場数の差、すなわちくぐった修羅場の数の差か。
「ちんたら追いかけっこは退屈だ」
人けがない墓地ならおもいきり暴れられる、最悪撃ち合うはめになっても迷惑がかからない。
ボトムの住民は総じて信心が薄く、用がなければ墓地など来ない。
下手に逃げてよそに飛び火するのを避けるなら、自然と行き先の選択肢は絞られる。
パイソンのブーツが蔦を踏みしだく。
「敬愛する神父サマをいじられてプッツン切れちまったのか?じゃあかかってこいよ、テメェがしょってるデカブツは飾りかよ。オラオラどうしたよ、えェ?」
「偏見で物を言うな。先生はあなたが思ってるような人じゃない、キマイライーターの事だって勝手に決め付けて……何の根拠があって言ってるんだ、妄想じゃないか。キマイライーターは先生の昔馴染みで、親切心から寄付してくれてるんだ。孤児院がなんとか回ってるのはキマイライーターのおかげだ、それは認める。先生だってホントは申し訳ないって思ってるんだ」
神父だってただ厚意に甘えていた訳じゃない、資金繰りに東奔西走してるのだ。
ピジョンはその努力を一番近くで見てきた、故に神父とキマイライーターへの侮辱は許し難い。
今のピジョンには力がある、スナイパーライフルという反撃手段を持ち得た。
母親を馬鹿にされても泣き寝入りで耐え忍ぶしかなかった子供の頃とは違うのだ。
「……あの人がいてくれたからここに来れた」
キマイライーターが分け前をくれなければ、ピジョンとスワローはアンデッドエンドに発てなかった。
「あの人が見付けてくれたから賞金稼ぎになれた」
この無礼な男が神父とキマイライーターの何をどれだけ知ってるっていうんだ。
キマイライーターに出会うまでピジョンとスワローがどんな日々を送っていたか、アンデッドエンドまでの旅費を稼ぐ為に毎日空き瓶を拾い靴磨きをしラジオの修理を請け負った、爪がささくれ掌の豆が潰れて固くなるまで働いても得られる金はわずかで、キマイライーターとの出会いがなければ志半ばで折れていたかもしれない。
そしてスワローと自分は男娼に身を落としていた。
ましてや神父はピジョンの師匠、仰ぐべき目標。師匠を馬鹿にされてだんまりを決め込んじゃ弟子失格だ。
「さっきの言葉を取り消せ」
「神父がジジイにケツ貸して駄賃もらってるってアレか?」
「……そうだ」
わざと大声でくり返す男に対しピジョンは苦りきる。
「思い込んでんのはどっちだか」
嘲笑が風に乗って運ばれてくる。
「いいか坊主、テメェはてんで現実が見えてねェ。テメェが見てぇもんしか見えてねェからユダさえたぶらかしてキリストとも寝るエセ神父を聖人扱いしたがる」
「先生を知ってるのか?どういう関係なんだ」
思わせぶりな口調に違和感を抱く。
高利貸しと決め付けてかかったが、ひょっとしたら違うのか。神父と親しい間柄なのか。
唾で喉を湿して誰何するピジョンが、ちょうど手をかけていた墓石の角が弾け飛ぶ。
「取り立て人さ」
乾いた銃声が炸裂、墓石の角が欠ける。まっすぐに構えた男の銃口が火を噴いたのだ。
「!?-ッ、」
いきなり発砲してくるなんてやっぱりイカレてる、普通の会話が成立しない。
ピジョンは頭を低めて逃げる、男は続けざま引鉄を引く、両手に構えた銃が交互に鎌首もたげてピジョンの残像に食らい付く、墓石の角や一部を弾丸が抉って石片を散らす、足元の地面を穿って土くれが飛ぶ。
わざと外してるのか。
ピジョンもスナイパーだ、男が本気を出してないのは肌でわかる。
男はただ遊んでいる、ピジョンをなぶり追い詰めて楽しんでいるだけだ。
「っぐ……無茶苦茶な人だな、墓地で銃をぶっぱなすなんて罰当たりだぞ!死者を冒涜して心が痛まないのか!」
「テメェが逃げ込んだくせに場違いな正論ほざきやがる」
男が大仰な呆れ顔を作る。それを言われるとピジョンも辛い。
今しも生没年と短い|墓碑銘《エピタフ》を刻んだ墓石が爆ぜ、痘痕のように弾痕が穿たれていく。
「ごめんなさい」
素早く十字を切り、はからずも眠りを妨げた死者に詫びて駆け出す。
男の態度はピジョンと対照的だ。
「蛆虫が出たり入ったり、トランプ遊びしてる聾の耳に詫びは無用ってな」
立ち並ぶ墓石を俊敏に飛び越え、と思えば片手を付いて馬飛びし、踏み台にして高く跳躍する。
傍若無人な男にとっては死者を埋葬した墓石も邪魔くさい障害物に過ぎないのか、足蹴にしようが蜂の巣にしようがまるで心を痛めた素振りはない。
墓石の上にバランスよく仁王立った男が、両手に構えた銃を気分良さそうに乱射する。
「律義な坊主だな、こんなのただの石だろ。有り難ェ文句が彫られてっから怖気付いたのか」
「死んだ人が埋まってるんだぞ」
「死体なんてどこでも埋まってらァ、いちいち気にしてたら地獄の上を歩けねェ」
男は墓の上で踊りながら哄笑を上げ、弾丸を吐きだす二挺拳銃で空を、次いで地面を指し示す。
「知ってっか坊主、生きてる人間の悪意が地獄を踏み固めンのさ。ここも地獄あそこも地獄、高笑いして屍越えてくのが生きてるヤツの特権よ、大手を振ってエンジョイしなけりゃもったいねーじゃん」
マズルフラッシュに照り映えるレンズの奥、凶暴に切れ上がった眦が一瞬露わになる。
戦慄に似た恐怖が背筋を貫き、咄嗟にスナイパーライフルを持てば、踝と肘を同時に弾丸が掠めて危うくコケかける。
男の戦闘スタイルはわかりやすく前衛向きだ。
アクロバティックな身ごなしを得意とする、パワフルなガンファイター。
二挺拳銃は重心が安定せず実戦向きじゃないとされるが、男は見事に使いこなしている。
余程体幹を鍛えているのか、関節の柔軟さで射程を補えるミュータントの体質に由来するのか……。
「達者なのは口先だけか、逃げ一方じゃツマンねーぞ!能書きたれンなら俺様ちゃんの咥えとけ、それともぶっとい45口径がお好みか!?」
男は戦闘狂だ。銃の反動をいともたやすく御し、墓石から墓石へ飛び移ってピジョンに弾丸を浴びせる。耳を劈く銃声と高笑いがチリチリと焦燥を煽りゆく。
同じ銃の使い手でもハンドガンとスナイパーライフルは用途が異なる。
スナイパーライフルは標的と距離をとるのを前提に設計され、遮蔽物を利用した狙撃でこそ真価を発揮する。
しかし男の猛攻は凄まじく、ピジョンは狙撃の体勢をとることさえ許されない。
人に向かって引鉄を引くのにも抵抗を感じる。
「あなたは勘違いしてるけど俺はたださっきの言葉を取り消してほしいだけだ、無意味な撃ち合いはしたくない。墓地にきたのだって立ち話は人目に付くからで、じっくり話し合えたらって」
「人目を避けて殺し合うために?」
「〜わからない人だな、話を聞いてください!」
「お互い名乗りもしねェで話し合いもねーもんだ」
ぐ、と押し黙る。
男の嫌味も一理ある。今からでも遅くない、相対して名乗りを上げるか?一対一で誠意を示せばこの人だって考えを改めるかも……
ピジョンのおめでたい考えは、耳元で爆ぜた轟音にあっさり撃ち砕かれる。
「あっ……」
「無抵抗主義も神父譲りか。すっかり腑抜けちまったな」
ピジョンが隠れた天使の彫像、その片翼の先端が脆くも弾け飛び、ぱらぱらと石片が降ってくる。
男はもうすぐそこまで迫っている。仕方ない、何もしなければやられる―……
必死に呼吸を整え、汗でぬる付く手でライフルを握る。
五感を研ぎ澄ませて第六感を開き、男の気配や息遣いに衣擦れの音、そこから計測できる歩幅や射程を瞼の裏に立体的に思い描く。
狙撃に必要な情報は至る所に転がっている。弾道や銃声の距離、全てが相手の位置や動きを伝える情報源だ。
ピジョンが逃げに徹していたのは人を撃ちたくない臆病さもあるが、男の撃ち方の癖を調べ、ここ一番で引鉄を引くタイミングを図る為。
「撤回する気は」
「ねえよ」
「謝る気も」
「ないね」
「残念です」
瞠目の闇の中で本心から哀しみ、次の瞬間目を見開いてスナイパーライフルの引鉄を引く。
天使の彫像は良い遮蔽物だ。
体長が5フィートある上に左右対称に広げた両翼がピジョンの姿を隠してくれる。
墓地の中を闇雲に逃げ回っているだけと見せかけ、風の流れを慎重に読み、風上に位置するポイントをとった。全てこの一発に賭けたからこそだ。
美形の天使象を隠れ蓑にしてスナイパーライフルを発砲する。空気がさざ波立ち、男の驚きが伝わる。
ピジョンが満を持して送り出した弾丸は、男の足首を正確に狙っていた。
「墓から足をどけろ」
間一髪、男が片足をはねあげなければ足首に風穴が開いていた。
「天使の威を借る小鳩ってとこか」
口の端をねじって茶化し、墓石を蹴って跳ぶ。
ピジョンは再び引鉄を引く。
スナイパーライフルの反動が駆け抜けるのに耐え、二発目三発目と発砲するが、いずれも男の残像を虚しく抉るだけの空振りに終わる。
男はおそろしく素早く、発砲の瞬間を目視できない。冗談みたいな早撃ち。
男が何発目かに放った弾丸が天使の翼の中ほどを深々と抉る。
45口径の実弾の威力は絶大で、安い石材が剥がれ落ちて陥没する。
スナイパーライフルはそもそも速射に向いてない、一発一発に大変な集中力と計算を費やす。
対して、男は殆ど勘で撃って当てに来る。
空になった弾倉に弾込めする手際は女体を知り尽くした愛撫に似て、指一本一本が絡み離れ踊るさまは玄人芸の域に達する。
歴然たる経験と力量の差。
種類と用途は異なれど同じ銃の使い手なら痛感する、あの男は凄腕のガンファイターだ。駆け出しがどうあがいたところで太刀打ちできるはずがない。
しっかりしろピジョン、こんな所で人生を棒に振るのか?
「どうしたよ、撃ち尽くしたか」
硝煙が纏い付く拳銃をひっさげて、天使の彫像へと向かってくる男。ピジョンは必死に頭を働かせる。
男の右手が緩やかに上がり、ピジョンは天使象の背に張り付いて、手汗で滑りそうなライフルを持ち直す。
ふと視線が翼の一箇所に吸い寄せられる。
表が弾痕でへこみ、その衝撃が裏まで通ってぱらぱらと軋む一点。
鳥の翼は殆ど骨がなく軽量化されている。
そうでないと飛べないからだ。
「見た目で判断してゴメンナサイすりゃ命だけはとらねーでやる。お仕置きはすっけど」
「謝るのはそっちだろ」
「俺の方が付き合い長え」
「先生は優しくていい人だ。あなたが知ってる先生がどんな人でも、俺は今の先生が好きだ」
「あーあーそうかよ。うぜーな死ね」
聴覚に意識を集中して男の動きを追認、銃口をへこみに添えて引鉄を引く。
銃声が重なり響く。
次の瞬間男のサングラスが弾け飛び、地面を転々とする。
「ふー……」
ピジョンが勝てたのは僥倖だった。
天使象はもとから古く劣化しており、男の弾丸を受けた際に破損もしていた。
本体が支えられるようにするため翼自体軽量化された陳腐な造りであり、弾丸はほぼ貫通しかけていた。
ピジョンはギリギリまで会話を続け、声の距離感で男のおよその歩幅や位置を捕捉し、彼が穴の延長線上にいると確信後に銃口をあてがい引鉄を引く。
結果スナイパーライフルの至近発射で元から埋まっていた弾丸は押し出され、ピジョンの弾丸は標的のサングラスを掠めた。
ひしゃげた弾丸を見下ろし、ピジョンは安堵の息を吐く。
「ハンドガンの実弾は破壊力重視でずんぐり丸っこい、スナイパーライフルの実弾は貫通力重視で長く鋭く尖ってる。恐れ多くも手あたり次第に墓を傷付けてたから、めりこんだ弾丸や弾痕を見れば大体特徴は掴めたよ。あなたが使ってるのは弾頭先端がギルディング・メタルで覆われてない、鉛が剥き出しのソフトポイント弾だ。命中すると柔らかい鉛部分が破裂して致命的なダメージを与えるように設計されてるけど、体内で弾頭が破砕するぶん貫通力は低い。ええと、簡単に言うと……閊えた状態でなら俺でも競り勝てる」
ガンファイターに勝ちたいならガンファイトに持ち込まない事。
スナイパーにはスナイパーの流儀がある。
接近する男からは完全に死角に入る為、実力が劣る分をリカバリーできる。
徹夜の勉強が早くも役に立った。師に授けられた知識にピジョンは感謝する。
「ッで……」
「大丈夫ですか?」
顔を押さえて呻く男を見るなり、ピジョンはライフルを下ろして駆け出す。
距離と角度および相殺される威力を差し引きした結果、大事には至らないと判断したが絶対とは言えない。
足元に落ちたサングラスを拾い、レンズにひびが入っているのを確認後青くなる。
「あちゃー……」
手指で泥を拭ったあとシャツで磨き立て、とにもかくにも返そうと駆け寄るや、男の手の隙間から零れる眼光に慄然とする。
息をのむほど美しいインペリアルトパーズの眸。
通常の白目部分は琥珀に光り、真ん中に黒い縦の切れ込みが入った瞳は、ハッキリと爬虫類の特徴が出ていた。
この瞳どこかで……
「テメェその瞳」
「え?」
指を被せた眸が驚愕に収縮し、問いを投げられたピジョンは赤い残光に染まる瞳を瞬く。
呆けたように立ち尽くすピジョンの前で男の脚が鋭く撓い、腰に衝撃が炸裂する。
「ぐふっは、あぐ」
視界が反転し空と地面がめまぐるしく入れ替わる。
蹴り飛ばされたのだと理解した次の瞬間、今度は胸ぐら掴まれ後頭部を地面に打ち付けられる。
男は片手で顔を覆ったまま、片手だけでピジョンの喉首を締め上げて脅しをかける。
「あー、しまらねェ最後。俺様ちゃんときたら油断したな、一本とられて赤っ恥だ」
「天使の威を借る鳩って言葉でかはっ、思い付いて……」
「案外オツムが回るんだ。考えてみりゃただの神父見習いなわきゃねーか、デカブツ背負って物騒すぎだ。教会の護衛に雇われた賞金稼ぎ?名前は?この仕事はじめて何年、いや何か月よ」
「教える義理ない……手をはなせ苦し……」
「お前も寝たの」
「な……」
男が顔を近付けてねっとり囁く。
「エセ神父とヤッたの」
「ヤるわけないだろ!!」
二股の舌が耳朶を舐め上げ、生理的嫌悪に鳥肌が広がる。
「爺におんぶにだっこのビンボー教会が用心棒雇えるか、足りねえ分は身体で払うのがスジじゃねーの」
「ゲスの勘繰りだな、俺と先生はそんなんじゃ……っぐ」
恐怖と嫌悪で喉が鳴る。
男がまだ熱い45口径の拳銃をピジョンのズボンに差し込み、尖った恥骨が覗くまでゆっくりずりさげていく。
「はは、可愛いなあ縮こまってら。下着ん中でぶっぱなしてやろうか。それかケツに突っこんでぶっぱなしてやろうか」
恥辱で顔が真っ赤になる。頭が煮立って思考が痺れる。
男はギラ付く眼光を放ち、ピジョンを締め上げる手に徐徐に圧をかけていく。
「高かったんだよそのグラサン」
「弁償します俺の金で」
「お気に入りだったのにさぁ~~~マジテンション下がるわ、萎え萎えで脱皮の元気もでねー」
「あがっぐっ、かはっ」
窒息の苦しみに目を剥いて喘ぐピジョン。
両手で男の手をもぎはなしにかかる傍ら、足で地面をかきむしって暴れるもののびくともしない。
絞め殺される恐怖に精一杯あがくピジョンを見下し、残忍な素顔をさらした男が嘯く。
「テメェが誘ったんだろ?最後まで付き合えよ」
怖い。怖い。怖い。どうしようもなく怖い、ちびりそうに怖い。
さっきも怖かったが今の比じゃない、眼前の男は完全に常軌を逸している。
男が弾倉から実弾を排出して器用に分解、冠部分を取り外す。
「|黒色火薬《ガンパウダー》はいい興奮剤になるんだ、身体には毒だけどよ。コイツを吸わせたり塗り付けてヤると最高にトベるんだ、銃使いなら知っとけ」
「な、に、はなせ」
嗜虐の悦びに濡れ光る琥珀の瞳に狂熱が渦巻く。
暴力を効率的な制圧の手段に用い、相手から自尊心を剥奪して屈服させる人間の瞳。
「午後の死ってカクテル聞いたことねえ?元は黒色火薬をシャンパンで割ったカクテルでさ、だからまァ取り込んだってすぐにゃ死なねーよ、生き証人が目の前にいる」
男が二ィと耳まで裂けるような笑みを浮かべる。
「手遅れのジャンキーになると弾丸バラしてかっくらいやがんだが黒色火薬は火が付きやすいもんで、鼻の穴耳の穴目の穴から黒い煙があがんのよ。喉の奥から脳天までボンッ!て弾けて、それがまたコントみてーで笑えんだ」
陽気に説明しながら弾丸をバラし、指にまぶした火薬の粉末をピジョンのペニスと肛門に塗りこめる。
「全然笑えないぞ、やめろよ」
ペニスと肛門がひりひりする。丹念に火薬を塗され、襞に練りこまれた粘膜が狂おしく疼きだす。
ゴツい指輪を嵌めた指がペニスをいじめ尻穴をほじくり、邪悪が結晶した蛇の目が勝ち誇って微笑む。
「やっぱ嘘か」
「あッ、あがッァあ」
「使い込んでんじゃん」
初対面の男に組み敷かれガンパウダーを秘部に塗される屈辱にピジョンはわななき、地面を蹴り付けて身もがくが、靴が片方どこかへ飛んでいっただけだ。
死ぬほど悔しくて惨めで情けない、近くに転がるライフルに手が届けと一心に念じて地面を掻き毟るが僅かに足りない、コイツに手さえ届けば男を殴り倒して逃げ出せるのに……
先生。
スワロー。
「!!」
重なり合ったピジョンと男のすぐ横で地面が爆ぜる。スナイパーライフルの着弾だ。
男に馬乗りになられたまま銃弾が飛んできた方向を仰げば、教会の屋根の上に神父が伏せていた。
「心配で見に来たのですが……やれやれですね」
「先生……」
スナイパーライフルを携えて立ち上がった神父が眼鏡の奥でニッコリ笑い、露骨に鼻白んだ男にむかって告げる。
「私の弟子を放してくれませんか、ラトルスネイク」
「断ったら?」
闇を纏うふくろうの如く黒いカソックをたなびかせた神父がスナイパーライフルを持ち上げ、男の顔を一直線に擬す。
「貴方の脳天に|神の恩寵《R.I.P弾》を叩きこむまでです。墓地で死ねば埋葬の手間が省けて万々歳ですね、これを神の思し召しとせず何とします?」
眼鏡のレンズが光って表情はわからねど口元の笑みは限りなく薄く、落ち着き払った声音には狩猟者の響きがあった。
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