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birds day(前)

アンデッドエンドは今日も物騒だが、ピーコックマンションの小鳥たちはそれなりに平和だ。 「ご飯だよ、たんとお食べ」 上品なピンクゴールドの髪の青年が窓から身を乗り出して鳩に餌をやっている。群がる鳩に手のひらを啄まれるくすぐったさに笑い、昼下がりの温かな日差しを浴びる。ちなみに手のひらにのっかっているのは細かくちぎったパン屑だ。 「お腹すいてるのかな、そんなに急がなくてもたくさんあるから安心して。あはは、こそばゆいってば!オードリー、横取りはめっだぞ。アレックスも欲張るな、皆の事考えなきゃ、助け合いの精神は大事だぞ?こらっ喧嘩するなってシンクレアとケイティ、いたたたたいたっ、もっと優しく食べてよ剝けるから」 窓辺にやってくる鳩に語りかけながらパン屑を摘まむ。 ふやけた……もとい癒し系の笑顔の青年が平和の象徴と戯れる光景は牧歌的だが、いかんせんつまみ食いの頻度が多すぎて卑し系になりさがっている。 ピジョンは鳩の餌付けにハマっている。 最初のうちは手懐けるのに苦労したが、ある時は窓辺にパン屑を放置して辛抱強く様子を観察、ある時は庇に撒いて待ち伏せし、今ではすっかり仲良しになった。狙撃手は手の皮が厚いので突付かれても痛くないのが有難い。 ピジョンのペットの雌鶏は大家に質にとられている。キャサリンと引き離されて寂しい思いをしていた彼は、毎日遊びにきてくれる鳩に慰めを得ていた。 「屋上に鳩小屋作りたいって言ったら大家さん怒るかな。許してくれないよな」 心の中でごめんよキャサリン浮気じゃないよと詫びる。この場に本人(?)がいたらトサカにきていたかもしれない、アレでキャサリンは嫉妬深いメスなのだ。 「あたっ、あたたた抉れる」 強欲な鳩たちが手のひらを啄む。痛いけど可愛くて幸せ。 「うわドン引き。動物と話せる絵本の住人か」 半ば本気で鳩小屋造りを検討するピジョンの背中に容赦ない罵倒が浴びせられる。振り向けば寝起きでのスワローがいた。 「遅いぞ、今起きたのか」 「いい加減1ヘルの得にもなんねー餌付けやめろ、鳩の糞だらけになって近所から苦情がくるぞ。こないだ頭にひっかけられたの忘れたのか」 「シャワーで流したよ」 「恩を仇で返されてよくまだご奉仕できるな、マゾかよ」 「お腹すいてるのさ可哀想に。糞が投下される打率は3割だから笑って許せる、お前が俺をベッドから蹴り出す確率よりずっと低い」 「寝相に文句たれても覚えてねーんだから仕方ねえだろ感じ悪いな」 「ごめんの前に開き直るのが悪質。キャサリンと離れ離れになって久しいんだから鳩の放し飼い位いいだろ」 「個体識別できんの?みんな同じ顔じゃん」 「今肩にとまってるのがアレックスでこっちがケイティ、デカいの咥えて逃走したのがオードリーで羽を膨らませて威嚇してるのがシンクレア」 「餌やってんのに威嚇されてる時点で終わってる」 「照れ隠しだよ」 「みんなメスなの。鳩にモテて嬉しい?」 「イヤミ言うまえに顔洗って歯磨きしてこい」 ジト目で腹をかいていたかと思いきや、おもむろにピジョンの手をひったくり裏返す。 「血ィ出てるじゃんだっせえ、聖痕スティグマ気取ってんの」 「痛くないし」 「聖ピジョンの聖餐は鳩の食べ零しってか。てか何で素手?置けよ」 「手のり鳩に憧れて」 「懐いてねェだろ」 「懐いてる。もうすんごい懐いてる」 「たかられてるだけだって現実見ろ」 「よせ!」 横の壁を蹴り付けるや一斉に純白の群れが飛び立っていく。 咄嗟に窓枠を掴んだピジョンが世にも情けない顔で鳩を見送り、眉を吊り上げて弟に向き直る。 「なんてことするんだ動物虐待野郎!」 「ナイフ投げの的にしなかっただけ寛大だろ。刺して炙って食うか」 意地悪く失笑する弟の手を振りほどく。まったく可愛げがない、鳩と戯れて和んだ気分をぶち壊された。 ひとしきり兄をおちょくって気が済んだのか、スワローが洗面所に引っ込んでいく。蛇口を捻る音に続き勢いよく水が迸り、窓辺から離れたピジョンが注意を飛ばす。 「ちゃんと顔拭けよ、ってああ言ったそばから……ポタポタたらして子供か」 「ぎゃーぎゃーぬかすな、兄貴が拭けば済む話だろ。身体で」 「俺はマットか」 額を覆ってうなだれる。首にハンドタオルを掛けて戻ってきたスワローが冷蔵庫からコーラを取り出す。 「で、なんでいんの?」 「うちだからだよ??」 「賞金稼ぎって暇なんだな。俺もか」 「たまにはのんびりしたいんだ、この所忙しかったし」 「役所の落書き犯やらモーテルの投石犯やらしょっぼいネタばっかだもんな」 「放尿犯忘れてる。一昨日捕まえたろモロ出しの」 「忘れてたのに思い出させんな」 コーラを呷ってげっぷする弟を嫌そうに一瞥、桟に腰かける。 「せっかくだ、どこか行かないか」 「あぁ゛ん?」 口元を雑に拭い、険を含んだ目付きで睨むスワロー。 「何が哀しくておてて繋いで兄貴とおでかけしなきゃいけねーんだ」 「手は繋がないよ、迷子になる年じゃないだろ」 肩を竦めて窓の向こうへ視線を投げる。 穏やかな風がピンクゴールドの猫っ毛をかきまぜていく。眼下の通りでは子供たちがフラフープや縄跳びで遊び、ダウンタウンの名跡・悪運の法廷バッドラックコートには万国旗が翻っていた。アコーディオンの愉快なハーモニーに乗じカラフルな紙吹雪がここまで舞い込む。 「こんなにいい天気なんだ、でかけなきゃもったいない。そもそもアンデッドエンドに来てから観光らしいことしてないじゃないか、マーダーミュージアムには行ったけどさ。他にももっと見るべきものあるだろ」 「たとえば?」 「キマイライーター邸……は行ったか。悪運の法廷は始終待ち合わせに使ってるしいざ聞かれると出てこないな。と、ともかく見聞を広げたいんだ母さんへの土産話もストックできるし」 「ピンで行くって発想ねェの?」 スワローがコーラの瓶を口から離してしらけ、ピジョンは拗ねる。 「一人で見て回るのも楽しいけど、俺はお前と行きたいんだよ」 普通にデートしたいって、なんでわかってくれないんだよ。 夜遊びが激しくて遅くまで帰ってこない弟。頬杖付いて待ち惚けるピジョン。早く帰ってきたらきたでやることは決まってる、お喋りもそこそこにベッドに直行だ。情緒も何もあったもんじゃない。 兄弟で相棒で。 なのに恋人らしい雰囲気にはあんまりなったことがないスワローと「フリ」だけでもしてみたいというのはわがままだろうか? 「あのさあ……」 兄の複雑な心情を読み取ったか、スワローが大袈裟に仰け反る。ピジョンは立てた片膝に顎を埋める。 「言わなくてもわかる、うざいって思ってるんだろ」 「自覚症状はあんのか」 「弟離れできなくて気色悪いって思ってるんだろ」 スワローは腕を組む。 「否定はしねーけど卑下すんな」 「どうしたらいいんだよ!」 ピジョンがキレた。 「どうされてえかいえよ!」 スワローもキレた。 「……スナイパーライフルの手入れしてくる」 とぼとぼ退場する兄を見かねてか、イエローゴールドの髪の毛をかきみだしてスワローが宣言する。 「オーケー、デートしてやりゃいいんだな?」 「スワロー!」 虚を衝かれたピジョンに笑顔が広がっていく。いそいそと桟から飛び下りて駆け寄り、右から左から正面から辟易するスワローに纏わり付く。 「さすが俺の弟は話がわかるな、コートとってくる!」 「ストップ」 おもむろに手が伸びてピジョンの胸ぐらを引っ掴む。目の前に迫った綺麗な顔には悪だくみの色。 「行先は俺に決めさせろ。いいな」 邪悪にほくそ笑むスワローに気圧され、頷いてしまったのが運の尽き。ドタバタデートの一日が幕を開ける。 晴天の空の下、石畳を敷き詰めた悪運の法廷バッドラックコートは大勢の人出で賑わっていた。 「さあさ見といでよっといで、ひんやりおいしいアイスクリームだよ!」 「生クリームとフルーツたっぷりのクレープはいかが?」 帆布の天幕を張ったアイスクリーム売りが三段重ねのアイスをコーンによそり、クレープ売りが鉄板に薄く生地を広げ、綿飴売りは芯が回転する装置から雲を巻き取っていく。 大道芸人が犬やうさぎに見立てたバルーンアートを配るのを、ピジョンは物欲しげに見詰めていた。 「鳩リクエストしていいかな」 「やめとけこっぱずかしい」 「燕も頼んでやるよ」 「マジでよせ」 ともあれ絶好の行楽日和ときて、移動トラベリング遊園地カーニバルが展開する広場は賑わっていた。 周囲には簡易的なメリーゴーランドや観覧車、ミラーハウスなどのアトラクションが設営されている。 スタジャンを羽織った弟においてかれまいと足を速め、上機嫌に話しかける。 「お前のことだからマーダーミュージアムとかストリップハウスとかアダルトショップに連れてかれるんじゃないかびくびくしてた。無難な選択でよかった」 「候補には挙がったけど」 「移動遊園地で本当よかった」 スワローの性格上自分への嫌がらせでいかがわしい場所を選びそうなものだが……そうしなかったのは少しは成長した証だろうか? 移動遊園地は思い出深い場所だ。スワローは忘れているかもしれないが、前に一度来たことがある。まだ母と旅していた頃、トレーラーハウスが止まった町でカーニバルが催されたのだ。 小さい弟と手を繋ぎ、出し物を見て回った昔日をしみじみと懐かしむ。 「で、なんでここにしたんだ?」 「駄バトの放し飼いにゃちょうどいい。迷子になっちまっても広場から出なけりゃ帰ってこれる」 「俺の帰巣本能を馬鹿にするなよ」 姦しい嬌声を上げアトラクションに群がる子供たちを眺めるピジョンの目は、好奇心と追憶に輝いていた。 「前に二人で来たの覚えてない?お前ってばあの頃から落ち着きなくてぱっと走り出すからひやひやしたよ、迷子になる天才だよな。お金が足りないで観覧車乗れなくてさ……ってスワローどこだよ」 「タコス一丁。赤サルサ増し増しで」 「あいよ」 ピジョンがよそ見している隙にちゃっかり屋台に寄り、ヒスパニックの親父にタコスを注文するスワロー。具が零れ落ちそうなタコスを大胆に頬張って咀嚼する。 「人の話聞けよ」 「朝飯ふっへはんだ」 三口であっというまにたいらげてから、口元に付いたサルサソースを行儀悪く親指で拭ってなめとる。 「移動遊園地来てタコス食わねーのはモグリだろ」 「それは同感、俺は甘い方が好きだけど」 ピジョンが指さす方にはカンノーロの屋台が出ていた。 小麦粉ベースの生地を薄くのばしてスクエア状にカットし、中にリコッタチーズやバニラ、チョコレートを混ぜたクリームを詰めたシチリア菓子で、ピスタチオを振りかけたものやら苺を巻いたものやら彩り豊かに盛り付けられている。 「一個ください」 「あいよ」 いそいそと小銭を払いカンノーロを受け取る。先端を齧ればリコッタチーズとクリームの濃厚な甘みが口一杯に広がり、頬っぺたが落ちそうだ。 「カンノーロは豊饒の象徴として作られた縁起のいいお菓子なんだってさ」 「いちいちトリビアたれてドヤんの痛てぇからやめろ。って、ケツからぶにゅりと出てんじゃんざまあ」 「ケツっていうな、食欲が失せる」 カンノーロは筒状の構造をしているため、おもいきり頬張ると後ろからクリームがはみ出す。 「あっ、あっ、落ちる落ちる!」 「一人で踊ってんじゃねーよ」 「だって中身がブニュって!」 自慢ではないがピジョンはハンバーガーを食べるのが死ぬほど下手くそだ。てんやわんやする兄を見かね、ポケットに手を突っ込んだスワローがやれやれと顔を突き出す。 反対側の先端を咥えて齧っていけば、面食らって体温が急上昇する兄の顔が近付く。結局三分の二ほどたいらげてしまえば、ピジョンはしょんぼり肩を落としていた。 「俺のカンノーロ……ひどいじゃないか。食べたいならそういえよ、二人分買ってやったのに」 「間抜けから取り上げた方がうめぇし」 反省の素振りなど一切なく唇をなめ、ピジョンの口元に付いたクリームまですくって食べる。不自然なざわめきに目をやれば、色めきだった野次馬が二人を取り囲んでいた。 「ヒューヒュー、ラブラブー」 「ちゅーしないのー?」 「は!?違っ、今のは半分こだよ!」 悪ガキどもに口笛や指笛で囃し立てられ真っ赤なピジョン。そんな彼の前を素通りし、ミーハー小娘たちが生スワローに押しかける。 「ストレイスワロー!本物!?」 「一緒にいるのは彼氏?案外趣味悪いね」 「ちっ違います、コイツはただの弟で俺たちはただの兄弟!リトル・ピジョン・バード知りませんか、賞金稼ぎで狙撃手の」 「全然知んない」 「ですよね!ヤング・スワロー・バードに比べたら売れてないから知らなくても無理ないけど、一応組んで稼いでるんですよ。最近じゃ二人そろってバーズなんて呼ばれてて……まあ今いち定着してないんですけどね。ぶっちゃけ俺がいなかったらスワローもここまで大きくなってないっていうか今でもぴよぴよ巣の中で囀ってましたよあはは、今のは事故です兄弟間のコミュニケーションです、落ちたらもったいないから食べてもらっただけで他意も下心も一切ないんで誤解しないでください」 テンパって捲し立てるピジョンを全無視し、通りすがりのミーハー娘たちはスワローに握手やサインをせがんでいた。 「ねえねえ私たちと遊ばない?」 「兄貴とデートだから無理」 「話聞けよ!」 振り向きざま涙目で訴えればスワローがぞんざいに手を振り、浮足立ったファンを送り出す所だった。ピジョンは咳払いでコートの前を正す。 「でっ、デートとか人前で言うんじゃないよ」 「はあ?お前が来たがったんだろ」 「それはそうだけど」 「しゃらくせえ、とっとと行くぞ」 「待てよ!」 次に訪れたのは射的の屋台だ。客は親子連れやカップルが多く、玩具のライフルを構えて一喜一憂していた。壁に固定された棚には特大テディベアをはじめ様々な賞品が陳列されている。 「あーっまたハズレ!」 棚の最上段のテディベアに弾を弾かれ、幼い女の子が地団駄を踏む。遂には隣の父親の裾を引っ張りごね始める。 「クマさんとってよパパ」 「さっきお父さんがとった変な花じゃだめかい?」 「キモいのやだ!」 女の子が父の手からはたき落としたのは、以前ピジョンが制作したダンシングフラワー……の紛い物だった。 「えっ……」 「確かにキメェな」 足元にダンシングフラワーもどきに絶句するピジョンと無関心に評すスワロー。その後も娘のわがままに手を焼く父親を眺めていたが、ふと弟にゲームを持ちかける。 「勝負するか」 「賞金稼ぎお断りじゃねーの?本職が出張っちゃ商売上がったりじゃん」 スワローが意地悪く茶化す。興ざめな言動にピジョンは鼻白む。 「なんだよノリ悪いな。お前が選んだんだろ、ちょっとは童心に戻って楽しめよ」 「ここが一番近場だったんだよ。遠出は疲れる」 「いいよ俺だけやる、下がって見てろ」 「ヘイヘイ」 やる気のないスワローをよそに小銭を払って玩具のライフルを借りる。射的台に伏せ、最上段の中央にいい子でお座りするテディベアに狙い定める。 「あのサイズ、一発じゃ落ちないか」 頭の中で作戦を練り、コルクの弾を弾倉に詰めていく。片目を眇めて標的との距離を測り、風速や風向きを計算に入れる。 引鉄に掛けた指をゆっくり沈め……絞りきる前に振り返り、退屈そうなスワローに念を押す。 「バン!っていうなよ」 「いわねーよ」 再び正面に向き直り、人さし指に全神経を集中し引鉄を引く。 満を持して放たれたコルク弾はテディベアから逸れ、勢いよく壁に跳ね返る。 「ざまあ、はずれてやんの」 「どうかな」 兄の肩に手をかけ揶揄するスワローに不敵な笑みを返す。続けざま二発目、三発目を射出する。壁や床で跳ねたコルクの弾道が次第に収束し、テディベアに吸い込まれていく。 「細工は流々、仕上げを御覧じろってね」 複雑な弾道を描いたコルク弾が立て続けに命中し、テディベアが揺らいで落下する。子供たちがワッと歓声を上げピジョンの狙撃の腕前を持て囃す。開いた口が塞がらずスワローの腕がずり落ちていく。 「おめでとさん、可愛がってくんな」 「ありがとうございます」 「いいなあ」 礼儀正しい物腰で等身大テディベアを受け取るや、指を咥えた女の子に寄っていく。 「はいどうぞ」 「えっ?」 「欲しかったんだろ、あげるよ」 「いいの!?ありがとーおにいちゃん!!」 笑顔で頷けば女の子が大はしゃぐをし、両腕で抱き取ったテディベアをぶん回す。 「すいません娘がわがままを」 「うちにおいといても弟に虐待されるだけですから。可愛がってあげてくださいね。代わりにコレもらってってもいいですか」 「どうぞどうぞ、そんなのでよければいくらでも」 恐縮する父親に許可をとってダンシングフラワーもどきを回収、丁寧に土埃をはたき落とす。 テディベアを譲った女の子が去っていくのを見送り、心底あきれたスワローが憎まれ口を叩く。 「ゴミに出せよ」 「持ち帰ってコレクションに加える」 「お好きにどうぞ」 肩を竦めたスワローを押しのけ、やんちゃそうな男の子たちがピジョンにじゃれ付く。 「すげーっ、今のどうやったの?もっかい見せて!」 「ばびゅんばびゅんて弾とんでた、最初っから計算してたの?」 「ちょっとしたコツがいるんだ」 「教えて教えて!」 「順番に並んでごらん。抜かしちゃだめだよ、仲良くね」 ピジョンが子供たちを一列に並べ、手取り足取り狙撃の仕方を教えていく。 「あせらずよく狙って」 「こうかな」 「肘の角度はもっと内向きに……よし、上出来」 面倒見よく構え方を矯正し、手に手を添えて引鉄を引けば見事ぬいぐるみに当たって歓声が上がる。スワローは憮然とし、ピジョンの洗練された狙撃に見とれる男の子から銃をひったくる。 「僕の銃!」 「引っ込んでろ」 不満げな男の子を押しのけ最前列にきた弟にピジョンは苦言を呈す。 「返せ。大人げないぞ」 「勝ったら聞いてやる」 スワローが挑発的に笑って勝負をふっかけ、虚を衝かれたピジョンの顔に諦めと呆れが滲む。 「オーケー」 後方の子供たちが声援を送る中、スワローと並んでライフルを構える。スタート前、どちらからともなく一瞥を交わす。口元に負けん気の強い笑みが浮かぶ。 「吠え面かかせてやっから」 「ご自由に」 肩を竦めて宣戦布告を受け流し、羽毛の軽やかさで引き金を引く。ピジョンが送り出すコルク弾は百発百中、棚の端から景品を撃ち抜いていく。対するスワローは……。 「なんであたんねーんだ!」 「人には向き不向きがあるんだよ」 ライフルを立て、余裕で銃口を吹くピジョン。結果はヤング・スワロー・バードの惨敗。 「交換しろ」 「疑い深いな……ほら」 ライフルを取り換えた上で二回戦三回戦を繰り広げるが、十回戦までやっても結果は同じ。ギャラリーは飽きてまた一人また一人と抜けていく。 「お前の敗け」 勝ち誇って宣言され、とうとうブチギレたスワローがライフルを地面に叩き付け踏みにじる。かと思えば懐からナイフを取り出し、射的台に身を乗り出す。 「やっぱコレだな」 「ばかやめろ!」 弟がしでかす前に屋台から引き剥がす。 「あのねえ困るよお客さん、うちの棚総ざらいする気かい?景品根こそぎにされたら営業妨害だよ」 「すいませんすいません」 「ナイフもご法度。射的は撃って当てるの、投げて当てるのはルール違反」 「よく言って聞かせますんで。お前も謝れよ」 「やなこった」 おかんむりの親父に説教され、そっぽを向いた弟の分までへこへこ頭を下げる。 ナイフを振り回して暴れるスワローの首ねっこを掴み、すごすご退散したピジョンの目にピエロが入る。 「見ろスワロー、大道芸人だ」 ピエロメイクの曲芸師が両手に持ったピンを自由自在に操り、拍手喝采を浴びている。ピジョンも我を忘れてパフォーマンに見入り手を叩く。 「すごいなあ、掌に吸い付いてるみたいだ」 「あれ位俺でもできる」 スワローが小馬鹿にするように鼻を鳴らし、たまたま手に持っていたナイフを高く投げ上げた。 「そらよ」 陽光を弾いたナイフが回りながら落ちてくるのを鮮やかにキャッチ、交互の手でそれを繰り返す。 右手から左手へ、左手から右手へ、残像を曳いて投げ渡された得物が軽快な弧を描いて頭を飛び越える光景にギャラリーが沸く。上げた片足の下をくぐらせ、はっしと掴んだ柄に反動を付け投擲し、後ろ手で危うげなく受け止める。すぐそばで見ているピジョンは生きた心地がしない。 「危ないからよせよスワロー、人増えてるし!」 「一緒に踊る?的になんなら歓迎だぜ!」 周囲には二重三重の人垣ができていた。すかさずアコーディオン弾きが飛び入りし、キレの良い動作に合わせてアップテンポの旋律を紡ぐ。 即興演奏がさらに場を盛り上げ、老いも若きも男も女もこの場の誰も彼もがリズムに乗り、躁的に体を揺すっている。 極彩色の万国旗が翻る空の下、アコーディオンの蛇腹が撓む都度に紙吹雪が降り注ぎ、悪運の法廷バッドラックコートが幸運の法廷グッドラックコートに変貌を遂げていく。無礼講を物す祝祭の狂騒が空気を染め上げ、手拍子で賑やかすピジョンにも笑顔が生まれた。 「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損ってか」 野卑に茶化す声に振り向けば、移動遊園地に酷く場違いなペアがいた。片やネックレスを二連くぐらせた柄シャツに銀の光沢帯びたパイソンのレザーパンツ、黄色のサングラスで目元を覆った男。右半身はミュータントの出自を示す鱗で覆われている。 片やその荷物持ちをしているチンピラ。寝癖が付いたダークブラウンの髪の下、伊達眼鏡の奥に胡乱な瞳がよどんでいる。悪趣味でサイケデリックな柄シャツをはだけ、貧相な鎖骨を露出しているのは何かこだわりがあるのだろうか。 言うまでもなく呉と劉だ。 「やけにご機嫌だから来てみりゃ……すげー惨状。ハードラックとダンスってんの?」 「あっ、劉!そっちも遊園地見物?」 「哥哥と愛人のデートのお付きだよ」 本日は晴天なり。晴れでも曇りでも惰眠を貪りたい劉が悪運の法廷に出向いてた理由は簡単、おっかない上司の命令だから。 より正確には呉の愛人が遊園地に行きたいとうるさくねだり、気まぐれを起こした呉がよっしゃ行くかと腰を上げ、用心棒と書いておまけと読む劉が渋々付き添うはめになった。 「その愛人さんは」 「トイレだとさ」 踊り飽きたスワローが兄の肩に手をかけ乗り出す。 「男二人で遊園地とか寒ィな」 「寒くねェし。男二人女一人だし」 「女怖ェくせして横歩けんの?」 「後ろなら問題ねえよ、手荷物でちょうどいい具合に視界防げっし。香水漂ってくんのがキツいが」 絡みモード全開のスワローの胸ぐらが、鎌首もたげる蛇に似てしなやかに放たれた手に掴まれる。 「ストレイ・スワロー?」 呉が聞く。 「あ゛ぁ゛?」 スワローは最悪に不機嫌な顔になり……一切の予告なくナイフを抜く。 「よせっ!」 腱を切るのかと誤解したピジョンが慌て、劉が死角の指を巧妙に動かす。結果柄に巻き付いた不可視の糸が軌道を狂わせ、ピンクの前髪が数本ちぎれるだけにとどまった。 「おー怖、噂に違わず血気さかんだな」 「誰だよオッサン」 「ラトルスネイク。知らね?」 「知ってると得でもあんの?」 喧嘩腰で挑発するスワローと面白そうにニヤケる呉の間に割り込み、ピジョンが半笑いでとりなす。 「お久しぶりです呉さん、元気そうですね」 「あー……」 「まさか忘れました?」 「覚えてるよ、アウルの稚児だろ」 「どこから訂正したらいいかな……先生と俺は極めて健全な師弟関係です、そのピンクの頭の中で妄想されてるようなこと一切ないんで」 「じゃツバメのフン」 「わざとやってますよね」 情けなさそうに苦笑いするピジョン。親しげな二人の様子にスワローはますますへそを曲げる。 「誰この悪趣味なグラサン。お前の男?」 「先生の友達、マフィアの呉さん。ラトルスネイクって言えばわかるか、武闘派マフィアの……劉の兄貴分でもあるんだよね」 「まあな」 認めたくない表情で濁す劉をよそに、スワローはほんの少し興味を覚えて突っかかる。 「拳銃使い?固くて黒くてぶっといの持ってる?」 「見せようか?」 レザーパンツに指をひっかけほくそ笑む男。冗談か本気か判じかねる。ピジョンと劉は二人から離れてチュロスを買っていた。 「知り合いだったの?」 「言ってなかったっけ、教会で修行中に痛い目あわされたんだ」 粉砂糖をまぶしたチュロスを咥えるピジョンの横で劉は「ああ」と納得し、ずり落ちかけた紙袋を抱え直す。 「痛い目って具体的に」 「突っ込まれてはない」 「そりゃよかった、スワローがブチギレっから」 「蛇に噛まれたようなもんさ、すぐ忘れた。忘れるのは得意なんだ、昔っから」 チュロスを齧りながら呟くピジョンの視線の先、呉は蛇が彫られた二丁拳銃を鮮やかに回す。スワローは謎の対抗心を発揮し、ナイフで曲芸を見せていた。 「やるじゃんオッサン」 「曲撃ちも得意だぜ」 呉がいやらしく舌なめずりしスワローの細腰に手を添える。ズボンの膨らみが接するような抱擁。サングラスの奥、弓なりに反った琥珀の瞳がスワローを映す。 「抱かれたい&抱きたい賞金稼ぎ部門ダブル制覇はバンチはじまって以来の快挙だな」 「頼んでねェよ、俺に夢中なアホどもが勝手に票を入れたんだ。オッサンもそのクチ?」 「愛人契約は何万ヘルから?」 「契約は好きじゃねェな、抱きたい時に抱きたいヤツを抱いて抱かれたい時に抱かれたいヤツに抱かれるのが俺様の流儀なんでね」 「脈なしは切ねェな」 「暇ンなったら構ってやってもいいぜ、っぐ!?」 スワローの軽口が止まる。股間をおもいきり掴まれたのだ。ピジョンが真剣な表情で一歩踏み出し、劉が足で遮る。 「ツバメはいい声で鳴く。ベッドの上で宙返りしてくれんのが楽しみだ」 「蛇のセックスはねちっけえだろ、だから嫌われんだよ」 「あはは、もいじまうぞ」 股間を捻られる激痛に脂汗を滲ませ抗い、お返しとばかり呉の首の後ろに手を回す。 「侍らす魂胆ならお生憎様。先約が入ってんだ」 呉の後頭部を掴み、極端に顔を近付け、ぬるい吐息を絡めて囁く。すると呉は鼻白み、スワローの股間からパッと手を離す。 「弟をいじめないでください。イキりたい年頃なだけで根は悪いヤツじゃないんです」 心配そうに弟に駆け寄り、精一杯の虚勢で牽制する。 「お守りも大変だな?結構強くやったのに泣かなかったのは褒めてやらァ」 呉はふざけて両手を挙げ、劉に顎をしゃくって歩いていく。行く手には派手な女が待ち構えていた。 「もー哥哥、どこ行ってたの?迷子になっちゃったかと思ったでしょ」 「ナンパ。次はどこ行く?」 「射的やりたい、一番上の指輪とってよ!」 「|是的《シィダ》」 先程ピジョンたちが離脱した射的台に陣取り、貸し出されたライフルで狙い定める。怒りと屈辱に震えるワローと並び立ち、ピジョンは歯切れ悪くフォローする。 「災難だったな。蛇に噛まれたと思って忘れろ、っぐ!?ちょったんま、なんで俺にやり返すんだ理不尽だろいたたたた」 「ツバメのフン呼ばわりされて腹立たねェのか駄バト」 「もっとひどいことされたし」 「は?」 「あ、いや……すぐそーやってオラオラ突っかかってくけどさ、あー見えてあの人はすごいんだぞ。なんたって先生の友達、元相棒だって話。ラトルスネイクといえばアンデッドエンドきってのガンファイター、百発百中の腕前で片っ端から的をぶっ壊すって」 呉の素っ頓狂な声が届く。 「壊れてんじゃねーのコレ」 片腕でライフルを構えトリガーを引いて引いて引きまくる。放たれた弾丸はいずれも見当違いの方向に飛んでいく。 「なんで!?」 ピジョンが全力で突っ込む。スワローはあきれ顔。 「ノーコンじゃん。種まきの命中率が知れる」 「あー……うちの哥哥ライフルの扱いに慣れてねェんだよな、ピストルの腕前はキレッキレなんだけど。長虫が長物苦手って笑っちまうよな」 劉の嘆きを受けて呉の狙撃を観察、タイミングに正確を期すスナイパーの視点でガンファイターの粗と癖の強さを洗い直す。 「リーチと射程の問題だな。映え狙ってるのかもしれないけどライフル片手でぶっぱなすのは無理あるよ」 「豆鉄砲の無差別テロで死人がでるぜ」 劉が複雑に指を蠢かす。棚の上段、指輪が鎮座するビロードの台座が弾けたのを皮切りに連鎖的に景品が落ちていく。 蜘蛛の糸のサポートで景品を総取りした呉が「|好《ハオ》!」とガッツポーズし、「やっぱ呉哥哥すごーい」と愛人が頭をよしよしする茶番劇にあっけにとられ、スワローが心底同情する。 「付き人ってマジ大変だな」 「うるせえ」 「辛くなったら相談に来なよ」 「うぜえ」 「劉ーいくぞー」 愛人のキスマークを顔中に散りばめた呉に呼び立てられ、両手が塞がり煙草も喫えない劉がため息を吐く。 「あのさ、一個頼んでいい?」 「なんなりと」 「シャツの懐にモルネス入ってるから」 「ここ?」 「ははっばかそこじゃね、あひゃひゃ」 「ご、ごめん。こっち?」 「それ、箱から一本抜いて吸わせろ」 ピジョンにくすぐられて笑いだす劉にドン引くスワロー。モルネスを抜き取り、弟のライターを借りて点火。続いて一息に吸い込めば、メンソール特有の清涼感と煙の苦みが喉を通る。 「げほっえほっえほえぐっ」 片手に煙草を預け涙目でえずくピジョンに、スワローが理解不能な目を向ける。 「今のは?」 「火が消えちゃいそうだから燻しといた。俺ってば優しくない?優しいよな、はいどうぞ」 「悪ィ」 口半開きの劉。煙草を近付けるピジョン。接触の寸前、スワローがひったくってスパーッと一服。 「今のは?」 「消毒」 劉の顔面に盛大に紫煙を吐いて咳き込ませたのち、お口に栓をして離れ……ピジョンを引きずり歩み去る。広場に取り残された劉は両手に荷物を抱え、遠ざかるバーズの背中に一言。 「……だりー」

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