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bride-to-be
ピジョンは常々不満に思っていた。
「どうしてスアロはピジョに優しくないの?」
今日も今日とてピジョンはべそをかいている。原因はスワローのいたずらだ。ピジョンが草むらから大喜びで拾ってきたボルトを、窓からおもいきりぶん投げたのだ。ピジョンが泣きじゃくり抗議したら、反対にぶってくるから手に負えない。
「スアローめっ、どうしてピジョにいたいことするの!」
「ピジョが泣くと面白い」
「ピジョは楽しくない!」
ピジョンは珍しくおかんむりだ。基本的に二歳下の弟には優しいピジョンだが、度重なる無体な仕打ちが腹に据えかね、面と向かってお説教を開始する。
トレーラーハウスの中には幼い兄弟ふたりだけ、母は買い出しで留守にしていた。
ピジョンは真面目くさってきかん坊を諭す。
「いーいスアロ、よく聞いて。ピジョをぶたないで。ピジョが拾ってきたもの捨てるのもだめ」
「がらくたじゃん」
「宝物だよ。大事大事にしまうんだよ」
「ゴミじゃん」
「ゴミじゃないもん」
ピジョンがむきになって言い返す。スワローは既に話を聞いてない。プイとよそ見をしてトイレットペーパーをむしっている。ピジョンは慌てて止めに入る。
「お部屋散らかしちゃだめだよ、後片付け大変でしょ」
スワローはピジョンをガン無視しトイレットペーパーをちぎりまくる。ピジョンはスワローをとてとて追いかけるも弟はすばしっこく、部屋中に紙をまきちらし敷き詰めていく。
漸く羽交い絞めに成功したものの、怪獣みたいな声を上げて暴れ狂うので大変だ。
「捕まえた!」
「はなせばかピジョ!」
「いたっいたいよスアロっピジョの髪の毛むしっちゃだめ!」
スワローが振り回す握り拳や足がピジョンにあたり、理不尽な痛みで涙が滲む。その上手首まで噛んできた。ピジョンは小刻みに震え、腕の中で仰け反る弟を窘める。
「ピジョ食べちゃだめ!おいしくない、ぺっして!」
ママはまだ帰らない、スワローとピジョンはふたりぼっちだ。お留守番にも弟の子守りにも慣れているけど、スワローは日に日に凶暴になる。今じゃピジョンよりかけっこが速くて喧嘩も強い。
「こらスアロ、ピジョのことかじらないでって言ってるでしょ!」
「しょっぱ」
全身を使ってスワローを押さえこむピジョンの耳に、風に吹き散らされて無邪気な笑い声が届く。
じたばたするスワローをひきずって窓辺に行けば、街の子どもたちが楽しげに遊んでいた。手を繋いでいる男の子と女の子は兄妹だろうか。
「おにいちゃん見てーテントウムシ!」
「でかしたぞ」
女の子がにこにこ笑い、手のひらに包んだテントウムシを兄に見せる。報告を受けた男の子は嬉しげに笑い、妹の頭をなでる。女の子が得意満面宣言する。
「あたしおっきくなったらおにいちゃんのお嫁さんになる!」
実に微笑ましい光景。
互いを思いやる兄と妹のやりとりを羨んで、腕の中からずり落ち気味に伸びたスワローに視線を戻す。
その時ピジョンは思ってしまった。
自分も素直で可愛い妹がほしかった、と。
スワローを持ってったら交換してくれないかなともほんの一瞬考えたが、これはすぐ撤回する。そんな事したらスワローが可哀想だ。あの子だってお兄ちゃんと引き離されるのは望まないだろうし、第一男の子が手放すはずない。
妥協案があるとすれば……
「スアロ……女の子になる?」
大胆にシャツがめくれ、おへそ丸出しのスワローが理解不能の表情で見上げてくる。
そうときまれば話は早い、善は急げと行動に移す。スワローをお座りさせて母のドレッサーをひっかき回し、化粧道具を持ってくる。
手にもったパフでファンデーションをすくい、スワローの顔に分厚く粉をぬりたくる。
「けほけほっ」
「じっとして」
「なにすんだ」
「スアロを女の子にするの」
「やだ!」
「動かないで!あ~あ、ずれちゃった……」
スワローが飛び起きた拍子に口紅がはみ出し耳まで裂けてしまった。
手元が狂ったピジョンは落胆し、まとめて掴んだティッシュで弟の顔を拭ってやる。序でに洟も噛んでやった。スワローは終始ぶすっとしてる。
「女になんかなんのやだ」
「どうしてさ、かわいいお洋服いっぱい着れるよ。スアロはママそっくりの美人さんだから、きっとすっごいかわいくなるよ。みんながスアロのこと好きになっちゃうよ」
「みんなじゃなくていい」
むくれて下唇を突き出す。
ピジョンは懸命に説得する。
「女の子になればスアロも大人しくなるでしょ?ピジョのこと蹴ったりぶったりしないで、毎日大好きでいてくれるでしょ」
もとよりスワローは大変愛くるしい顔立ちをしている、だから女の子に生まれ変わらせるのは簡単だ。
一直線に結ばれた唇に口紅を塗り、すべらかな頬にパフをはたいてファンデーションをまぶし、紫色のアイシャドウで瞼を濃く縁取る。
トウモロコシの房みたいなイエローゴールドの髪にブラシを通し、仕上げにシースルーのショールを被せれば、ふくれっ面の花嫁が誕生した。
「見て見てスアロ」
渋るスワローの手を引っ張り、鏡の前に連れて行く。半透明のショールをたらしたスワローはジト目のまま、隣のピジョンはにこにこ笑っていた。
「結婚式だ」
「だれの?」
「ピジョの」
「ピジョとケッコンすんの?」
「スアロ、お嫁さんになる?」
早々に愛想が尽きてショールを毟らんとする弟を制し、ピジョンが声を張って宣言する。
「えーと……やめるときもすこやかなるときもともにあるとちかいます」
期待に満ちた眼差しで覗き込んだ瞬間、逆にショールを被せられた。
「こっちがいい」
きっぱり断言する弟に対し、ピジョンは困った顔をする。
「ピジョは男の子だし、お兄ちゃんだから花嫁さんになれないよ」
「だれが決めたの」
「神様……?」
「ピジョも知らないんじゃん。だったらほっとけ」
「でも」
ベール代わりのショールを巻き付け、面映ゆそうに俯くピジョンにむずむずして、スワローが拳を振り上げる。
「いたっ!なんで殴るの!」
「スアロで遊んだから」
「かわいくしてあげたのに……」
しょんぼりしたピジョンがショールを外しにかかるのを許さず、先にめくって素顔を暴く。
ピジョンが不思議そうに小首を傾げ、目と鼻の先に迫るスワローを見返す。
「スアロ?」
本当に綺麗な顔をしている。スワローの瞳は夕焼けみたいだ。
束の間言葉を忘れて弟の美しさに見とれていると、唇と唇が触れ合ってくすぐったさを生む。
ゆっくり離れていくスワローは、大きすぎる独占欲のもどかしさに表情を歪めていた。
「……ピジョはスアロのだから」
意固地に告げる弟に何故かドキドキし、両手でショールを引っ張ってうなだれる。
その後ピジョンとスワローは部屋中トイレットペーパーを散らかし、化粧道具にイタズラした事を見咎められ、母にたっぷり怒られたのだった。
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