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第13話

 水族館を出ると再び海に戻り、海に面した大きな駐車場にバイクを停め二人は砂浜に降りた。  風が強く吹いており、その塩気を含む風はベタベタと肌に張り付いてくる。大小の波が規則正しく形成されていくのを理月は、ぼうっと眺めてた。海にはさすがに泳いでいる人はいなかったが、砂浜には親子連れと男女のカップルが散歩をしていたり、足だけ海に浸かっている人や沖にはあまり上手とは言えないサーファーの姿が目に入る。随分と自分たちは浮いている気がする。  (俺も将星も海ってガラじゃねえもんな)  そう思うと、苦笑が漏れた。  気付けば、楽しんでいる自分がいる。過去、理月は友達という存在を作る事はしてはこなかった。その為、友達と呼べる存在は理月にはいないと言えた。  二人は砂浜に腰を下ろし暫し、打ち寄せる波を眺めていた。  通りからバイクのマフラー音がし、五台ほどのバイクが纏まって通り過ぎた。無意識なのか将星はその音の方に目を向けている。 「今でもケルベロスの奴らとは会ってんのか?」  理月の口からふとそんな言葉出た。 「そうだな、正月と盆は地元帰って会ってるな……そうそう、紅羽っていただろ? 覚えてるか?」  もちろん忘れられるはずもない。将星と自分を引き合わせた張本人だ。 「ああ、秋吉の……」 「あいつ、その秋吉と結婚して子供産まれたんだぜ」 「ホントか?!」 「先月の盆に帰った時、報告受けた」 「そうか……」  秋吉とはあの後も何となく気が合い、学校で共に行動するようなっていた。  そういう意味では秋吉も数少ない友達と言える存在だったのかもしれない。卒業してからは全く連絡を取っていなかった為、その後の二人がどうなったのかは気になっていた。 「そっか……幸せそうで良かったよ」  心の底からそう思った。 「俺たちがキューピットって事だな」 「まぁ、そうなるな」  その後あった事を考えると正直、紅羽に対する気持ちは複雑だ。 「地元帰ってるんだな」  自分とは違い、家族との関係に問題はないように思った。 「でも、実家には帰ってない。俺、縁切ってるから」  その言葉に理月は目を見開いた。 「これはあまり話した事ねえんだけど、理月には知っていてほしい」  そう言って、将星はブルゾンのポケットからタバコを取り出し咥えた。ライターの火を左手で壁を作り風を遮るように火を点けようとしているが、風で思うように上手くつかないようだ。見兼ねた理月は将星が作った壁に自分の手をかざして、更に壁を作ってやった。  ジリジリとタバコに火が点くのを見届けると、手を離す。至近距離で将星の顔を見た途端、心臓が大きく跳ねた。それを誤魔化すように理月もタバコを咥えると、将星が自分が吸っていたタバコを差し出す。それで火を点けろ、という事だろう。火を点け終えると、それを将星に返し、大きく一口肺に入れた。 「駅前にある《宝クリニック》知ってるか?」  理月と将星の地元にある、県内でも有名な総合病院だ。内科外科に産婦人科、脳神経外科から小児科までなんでもある大きな病院だ。 「ああ、もちろん」 「あそこ、俺んちなんだ」  その言葉に咥えていたタバコが落ちそうになった。 「マジか……」  何となく将星は育ちがいいのではないかと理月は思っていたが、そこまでだとは思わなかった。 「俺以外、皆んな医者なんだ。俺は宝来家始まって以来の落ちこぼれなんだよ」  そう言って将星は悲しそうに笑った。 「昔から勉強より、体動かしてる方が好きでよ。それでも俺も医者になるんだと漠然と思ってたから、それなりに勉強はしてきたつもりだった。けど、中学校に入る頃、既に親は俺が医者になるのは諦めてたみたいで、もう俺には無関心だった」  風のせいでタバコの減りが早く、既に将星のタバコは短くなっていた。まだ吸い足りないのか、将星は再びタバコを一本取り出し、吸っていたタバコで火を点けた。 「上に二人兄貴がいて、散々バカにされてよ。その頃、ボクシング初めたから思いっきりぶん殴ってやったよ。そしたら、《お前は脳みそまで筋肉でできてる脳筋ヤローだ!》って言われたな」  その時の事を思い出しているのか、苦笑いを浮かべている。 「中学校で荒れて、その当時ケルベロスのリーダーやってた人に拾われて、ケルベロスに入った。あの人に拾われてなかったら、今頃どうなってたか分かんねえな……ヤクザにでもなってたかもなぁ……」 そう懐かしむように、将星は空を見上げた。その横顔に男の色気のようなものを感じ、そんな将星に理月は見入ってしまった。 「アルファだからって、皆んなが皆んな出来がいいとも限らないし、家だって裕福だとも限らねえんだぜ? 現に、ケルベロスのメンバーにアルファは何人かいるけど、皆んなバカばっかだよ」  そう言って笑いを溢し、 「皆んなアルファに産まれたが為に勝手に期待されて、期待に沿えないと途端興味を無くされるんだよ」  それを将星は身を以て知ったのだろう。  オメガばかりが不幸だと思っていた。たが、現実はアルファなりの悩みも辛い思いをしている人間もたくさんいるのだと、将星の話で初めて知った。 「あまり知られてないけど、ケルベロスはアルファの落ちこぼれの集まりなんだ」 「そう、なのか……」  理月の口からは気の利いた言葉が出てくるはずもなく、黙って聞く事しか出来なかった。 「中学校卒業して実家飛び出したけど、まぁ、ガキが一人で生きていけるわけはなくて、唯一味方は父親だった。父親は婿さんで、肩身の狭い思いしてる俺の気持ちが分かったんだろうな。金銭面援助してくれたり、何かと気にかけてくれてる」  現在系になっている事から、まだ父親は健在なのだろう。 「親父さんとは今でも?」 「ああ、連絡は取り合ってる。地元帰れば親父と酒飲んだりしてるよ」 「そうか」  そこは自分と大きな違いだと思った。理月の両親、特に父親は理月を汚らわしい物を眺めるような目で理月を見る。オメガを差別している典型的な人間だった。  将星からの話を聞き、将星に親近感を覚えたのは確かだ。父親以外との家族との繋がりもなく、アルファという性に悩んできた。アルファに産まれるだけで幸せだと思っていたが、そうではないようだった。  将星はなぜ、急にそんな事を話そうと思ったのだろうか。 「なんで、そんな話……俺に」 「単純に理月には隠し事をしたくないって思った」 将星は真っ直ぐな視線を理月に向けると、そう言った。 (将星……) 将星から時折、計り知れない熱の篭った視線を感じる事がある。その目を見ると、腹の奥がぎゅっと掴まれたような感覚になるのだ。 「俺は……」  既に短くなったタバコを砂浜に埋めて消すと、将星が携帯灰皿を差し出してきた。そこに吸い殻を捨てるとひと呼吸置いた。 「俺の叔父さんが……オメガだった」  理月が話し始めると、すかさず将星が声で遮った。 「理月……俺は俺が話したいから話しただけだ。おまえは無理して話さなくていい」 「いや……俺もおまえには聞いてほしい」  将星には話しておくべきだと思った。なぜ自分がオメガとして生きていく事を頑なに拒否しているのかを。

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