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第25話
携帯のアラームが鳴り、いつもある場所に手を伸ばしアラームを止め、暫し思考が停止する。
将星がいるであろう隣に手を伸ばすと、そこにはシーツの冷たい感触。
「将星……?」
そこには将星はいなかった。起き上がり部屋を見渡してみるも、将星の姿はなかった。
時計を見ると、八時を回っている。
(もう仕事行ったのか?)
携帯を見ると、将星からメッセージが届いていた。
《おはよう。仕事だから出るな。また連絡する》
メッセージの時間は七時二十分だった。
おそらく、着替える為に一度自分のアパートに戻ったのだろう。
理月はモソモソと起き上がると、大学に行くべく準備を開始した。
授業を終え、病院の面会時間内になんとか間に合うと、楽人の病室へ急いだ。
表札を確認し、ノックをする。
「はーい」
楽人の返事を聞き中に入ると上半身だけ体を起こし、こちらに顔を向けている楽人の姿。顔には所々にガーゼが貼ってあり、それが痛々しかった。
「理月」
理月を呼ぶ口元が緩み、嬉しそうなのが分かる。
「具合どうだ?」
ベッド脇にあるパイプ椅子を引き寄せると、そこに腰を下ろす。テーブルに途中で買ったプリンの入った紙袋を置いた。
「プリンだ。ありがとう……まだ少し熱はあるけど、もう全然大丈夫」
「そうか……」
思いのほか元気そうでホッとする。
「おまえをやったのって、やっぱりあいつらだろ?」
早速プリンを食べようと、楽人は袋からプリンを取り出している。
理月は自分用に買ってきたコーヒーをテーブルに置き、楽人の言葉を待った。
「うん……」
「あいつら何なんだ?」
「山上連合っていう、粋がった半グレ集団だよ。山口ってやつと上田ってやつが中心になって結成されてる。俺は、山口の女やってた」
理月も食べる? そう聞かれたが、首を振った。
「裏で結構悪どい事してたり、乱暴だし……最近妙に威張りだして、もう離れたいと思ってたから切れてちょうど良かったよ」
一口プリンを頬張ると、口の中が切れているのか、「いてっ」と顔をしかめた。
「これでもう気が済んだろうから、何もしなくていいからね」
理月が仇打ちをしようと企んでいるのは、筒抜けだったようだ。
「最近、 神場会 っていうヤクザのバックを付けて、更に調子乗ってタチ悪いから、関わらない方がいいよ」
将星の言う通り、どうやらバックには反社会の人間がいるようだ。
理月は返事をせず、黙っていた。そんなことを聞いても引く気はない。絶対に潰してやる、そう心に決めていた。
ノックの音がし、扉が開くと瓜生医師が顔を出した。
「やあ、天音くん」
「どーも」
軽く頭を下げる。
瓜生が楽人に触診をしているのをジッと眺めた。
「うん、安定してる」
「なあ、いつ退院できそう?」
「まだ気が早いよ。あと、二、三日は様子見ないと」
その言葉に楽人は口を尖らせている。
「そうそう、天音くん、彼から少し気になる話しを聞いたんだけど」
「気になる話?」
「ヒートなのに、匂いがしなかったって」
あの時の事は、自分でもよく覚えていない。将星が現れた瞬間、もう自分の目には将星しか写ってなかったのだから。
「この後、話聞けないかな?」
「でも、俺、よく……覚えてません……」
寧ろ、楽人の方が分かるのではないか。
「楽人のが状況がわかるんじゃないでしょうか」
そう言ってチラリと楽人を見る。本当はそんな話は聞きたくないとも思うが、理月自身気になっていたことだ。瓜生はどう思うのかも知りたい。
「最初、匂いが全然しなくて……匂いが急に強くなったと思ったら、将星が現れた。まるで、理月のフェロモンが将星を呼んだみたいだった」
楽人のその例えに、瓜生は目を見開いている。
「フェロモンに意思があるって? 面白い考えだね」
瓜生は日が沈み始めた外に目を向けると、カーテンを引いた。
「天音くんは、ヒートがない特殊な体質だった。でも、手首を噛まれた事で仮の番として契約され、フェロモンが彼にしか反応しなくなった。天音くんのフェロモンが彼を呼び寄せて、きちんと契約する事を促している……なるほど、意思を持つフェロモンか……」
瓜生はブツブツと独り言のように呟いているのを、理月と楽人は眺めていたが、
「何、その仮の番って」
楽人は瓜生の言葉にキョトンとしている。
理月は、三年前の将星との事は楽人に打ち明けた。同じオメガとして楽人はどう思うのだろうか。
「えー? でも俺、アルファに何度か首以外噛まれた事あるけど、そんな風になったことないよ。噛まれる度にそんな風になってたら、キリなくない?」
理月は楽人の言葉に妙に納得してしまった。
「それって、ヒートの時に噛まれたって事? アルファに?」
瓜生はそう尋ねると、楽人は頷き、
「うん、基本、俺アルファとしかしない主義だから。ヒートの時にセックスして、さっさとヒート終わらせるようにしてた」
「そんな危ない事を……」
楽人の言葉に瓜生は頭を抱えている。
「しょうがないじゃん! 金なくて、病院行けない時もあるんだよ!」
それを言われてしまった瓜生は言葉を詰まらせ、
「すまない……」
自分が悪いわけではないはずだったが、バース科の医師として申し訳なく思ったのだろうか。
「という事は、オメガとアルファという縛り以外に何か条件があるのかもしれない……特定の人物に対してだけそうなるってことか?」
暫し沈黙が流れ、
「「運命の番!?」」
楽人と瓜生はほぼ同時に言葉を発した。
口に含んだコーヒーを吹き出しそうになるのを、理月はなんとか堪えた。
「な、何言ってんだよ!」
「理月の運命の番は将星なんだよ! で、運命の番の将星にしか反応しない事ってじゃない?!」
運命の番、と聞いて楽人は目を輝かせている。
楽人の言葉に瓜生までもが大きく頷いている。
「いやいや……」
運命の番なんて都市伝説で絵空事だ。実際あったとして、出会う確率など未知数だ。
「でも、辻褄は合う気がする。運命の番で仮の番になって、天音くんのフェロモンが運命の番である彼にしか反応しない。運命の番、特有の現象なのかもしれない。もし、それが本当なら《運命の番》は都市伝説や御伽噺でもなく科学的に証明出来る可能性もある! 運命の番に出会ったオメガのフェロモンは意思持つのかもしれない……」
理月は混乱していた。
(俺と将星が運命の番……)
将星は自分を運命の番だと思っている様だったが、そんな言葉は後から幾らでも言えるだろう。
「でも運命の番って、こう……出会った瞬間分かるとかって言いません? 俺は別になかったけど……」
確かに気になる存在だとは思ったが、噂で聞くように、出会った瞬間恋に落ちる、というロマンチックな事は一切なかった気がする。
「理月が鈍いんじゃないの?」
「はあ?!」
楽人のその言葉に理月は睨んだ。
「まあ、それは人それぞれの感じ方だろうからね」
瓜生は苦笑を浮かべている。
「運命の番っていう存在が、現実的になってきた気がする。次の学会でのテーマにさせてもらうよ。協力、宜しくね天音くん」
そう言って肩をポンっと叩かれ、ニッコリと微笑んでいる。肩に置かれた手には力が篭っており、瓜生から《逃すものか》という心の声が聞こえた気がして、理月はゾッとしたのだった。
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