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依頼

 独居老人の依頼は小さな事だった。  一緒に散歩をして、花を探してほしい、それだけだった。 「こんにちは。  ギルドから来ました、ルイです」  一軒家の玄関先で声を掛けると、優しそうな老婦人が顔を覗かせた。 「あらあら、こんなに綺麗な人が冒険者さんなの?」 「綺麗はちょっと違うかもですが、探し物のお花はどんなお花ですか?」  早速本題に入って聞こうとすると、散歩に行く先にあるはずだと言い出した。 「じゃあ、早速行きましょうか」 「ええ、嬉しいわ」  老婦人のエスコートをしながら、望むままに歩いていると、お花が見つかったから取ってきて欲しいと言い出した。  散歩している場所は海辺。  花なんかどこにも咲いていない。 「この海辺に咲いてるんですか?」 「あら、あの花よ?  あれしか花はないじゃない」  達成できない理由が分かった気がした。    多分、普通の目を持つ者には見ることができないか、もしくは認知症では無いかと見受けられた。 「貴方も、私がボケだと思ってるのかしら?」  にこにこと笑う老婦人がそう言って来た。 「あ、いえ、ただ普通の人には見えないのかも、と思って」 「そうかも。  今まで来た人全員、そんな花は無いって言うの。   でも、私は見えるし触れる」    そう言われて、真実の目を使うことにした。 「真実の目」  スキルを発動させると、マーカーがそこかしこに現れて、妖精の寝床、と表記された。  半透明な花びらがゆらゆら揺れているのがわかると、妖精の世界の植物だと言うことが書かれていた。 「これ! 妖精の寝床なんてユーモアのある名前なのね!」  老婦人は子供の様にはしゃいで、やっと名前が分かったと喜んでいた。 「妖精界の花じゃ普通は見れませんよ」  きっと、老婦人の心は子供の様に純粋な時へと戻っているんだ。  だから、見えたんだ。 「僕のスキルで、このお花を鉢に植えて持って帰りましょう」 「いいえ、咲いてるところがちゃんと見えて、名前も分かったし、それだけで良いのよ」  欲のない言葉に、安心感を覚えた。 「ありがとう、すてきな髪の方」  依頼達成できたみたいだった。  衛兵を待機させてから、似顔絵を作成しローレンツォの捜索へと動き出すまでに二日を要してしまった。  しかも、十数枚の似顔絵が微妙過ぎて、不安しかなかった。 「二日も経ってしまった。  無一文では食事も出来ないだろうし、准男爵の元へ帰っていない以上、野宿しかないだろう」  きっと泣き濡れているに違いない。 「旦那様、奥様はスキルを封印されていなければ、生きていくのは問題ないかと思われますが」 「ローレンツォは」 「旦那様! 奥様はこれまで平民より酷い生活のなかで生きてこられた方です!  公爵家に連れ戻してどうするおつもりですか!」  執事が主人に声を荒げた事に気持ちが向き、初めてここより最悪な状況は無いと思い知らされた。 「しかし、無一文で追い出す事は無かったと反省しているから、この一年の生活費を渡したいと思っている」  そうだ、慰謝料も渡さなかったのだ。 「私が育て方を間違えたようです」 「何を言っている、ここが一番最悪な環境だったとしても、使用人も一掃した、これからは私もローレンツォを夫として守ってやれば、この様な事は二度と起きぬ!  幸せにしてやる事も出来るではないか。  嫌な思い出を幸せな未来で上書きしてやりたい」 「どの口が」 「ん?」 「いえ、その決意はご立派ですが、既に契約は破棄されており、再契約は困難かと」 「結び直せば良い」  執事は口を開きかけて、押し黙った。  

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