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第3話
涼真と瑞稀の予定が合ったのは、焼肉屋での食事から3週間ほど経ってからだった。今回の待ち合わせ場所は、涼真のアパートから徒歩10分の駅。瑞稀が車での送迎を提案する前に、涼真が「今回は電車で行きませんか?」と言い出したのだ。瑞稀にとっても森がいないということは自由に羽を伸ばせるということなので、それに賛成した。ということで、駅で落ち合うことにしたのである。
「・・・あ、」
午前10時55分。待ち合わせ時間より5分ほど早く到着した瑞稀は、駅前の人混みの中を見回した。そして見覚えのある茶髪頭を見つける。彼は背が高いので、周りよりも頭一つ分抜けていた。
「原田くん、こっちこっち」
瑞稀が手を挙げて手招きすると、名前を呼ばれた涼真が気づいて駆け寄ってきた。その様はさながら大型犬のようで、瑞稀はくすりと笑う。尻尾がついていたら、おそらくちぎれんばかりに振っているのだろう。
「こんちはっす!お待たせしました!」
「ううん、僕も来たところだよ。じゃあ行こうか。って言っても、今日は原田くんに案内してもらわないとだね」
「任せてください!ちょっと時間はかかるけど、この駅からだったら乗り継ぎはないんで!」
涼真が行くことを提案してくれた施設は、どうやら電車で40分ほどの場所にあるらしい。植物園と動物園が合体したような場所で、大きなドーム型の温室が一番の目玉だとか。動物園といっても小型動物専門で、動物の種類によってはふれあいコーナーもあるとのこと。涼真にとっては、そのふれあいコーナーが一番のおススメでもあり、楽しみでもあるようだ。
「電車なんていつぶりだろう。もう全然乗ってないな」
2人は改札を通って、電車を待つ列に加わる。日曜日だからか、ホームには家族連れやカップルなど、賑やかな人混みができていた。この喧騒や駅の放送も、瑞稀にとってはあまり親しみのないものだ。彼はキョロキョロと珍しそうに辺りを見た。
「あーそっか。移動はいつも車なんすか?」
「うん。その方が楽だからさ」
「そりゃそうっすよねえ。オレも免許持ってるんで、ほんとなら車乗りたいとこなんすけど・・・」
「大学通ってるとそうもいかないよね」
「そうなんすよ!金かかるし、置くとこないし!今はもう電車でどこでも行けるからいいっすけど、ぶっちゃけ上京してきたばっかの頃はマジで電車乗るのビビってましたからね」
「あ、そうなんだ?慣れてなかったの?」
「そりゃあ!あんな路線図がうねうねしてるのなんて、見たことなかったし!乗り換えとか接続とか、マジで意味分かんなかったっす。オレの地元の駅は路線も何も、1時間に1本くらいしか電車来ないとこなんで」
「確かに、そういうところで育つと乗り換えなんて概念ないか」
「そうっすね」
そこで、駅の中にアナウンスが響く。乗るべき電車がホームに入ってきたようだ。人の流れに沿って、2人は電車の車内へと進む。運よく端の席が2つ空いていたので、そこに座ることにした。
「そういや竜田さんはこっち出身なんすか?」
「うん、そうだよ。でも、電車は子供の頃からあんまり乗らなかったかな。それこそ、学生時代に乗ったくらい」
「あ、そっか。竜田さんちって、ずっと会社やってるって言ってましたもんね。最初から車で送り迎えか~。あ~セレブだ~」
「あはは、そんなんじゃないよ。母親が心配症でね」
「いいお母さんじゃないっすか。オレなんか同じ車でも軽トラの荷台っすよ!姉貴と2人でお袋にぽいって放り込まれて!」
「荷台に乗るの?それはそれで楽しそうだね。ちょっと乗ってみたいかも」
「わはは!竜田さんと軽トラとか、全然想像できない組み合わせっすね」
他愛もない話をしながら、電車に揺られること40分。目的地の施設は、駅から徒歩5分といったところらしい。電車から降りて駅の出口まで歩いていくと、早々に施設の派手な看板が目に入った。瑞稀の横から、幼い男の子たちが駆けていく。彼らもあの施設が目当てのようだ。
「こらー!走らない!」
「だってー!早く行きたいもん!」
「パパー!ママ―!早く―!」
「待って待って、引っ張らなくても大丈夫だよ」
陽だまりがそのまま姿を成したような明るい声が聞こえてきた。男の子2人が競うように、父親と母親の手を引っ張って急かしている。何とも平和な光景だ。瑞稀は思わず目がくらんでしまいそうだった。こんな光景を身近で見る事なんて、今までほとんどなかったからだ。
龍櫻会という極道一家に生まれて、自分の育った環境が特殊であるということを瑞稀が自覚したのは、小学校に上がった頃だった。極道一家、それも組長の息子である瑞稀には、普通の家庭というものが無縁だったのだ。生まれ育った屋敷には強面で入れ墨だらけの屈強な男たちが出入りし、その男たちを一喝してまとめ上げるのが自分の父親。父の大きな背中には見事なほど鮮やかな桜と厳しい顔をした龍の彫り物があったが、それが当たり前だった瑞稀にとってはさほど怖いものではなかった。だが、小学校で出会った周囲の同級生たちとのズレが、やがて瑞稀の自覚を芽生えさせた。そして早々に周りに馴染むことを諦めた瑞稀は、自分の家庭環境の特殊さも自ら受け入れた。周りとは違っていても、父や母のことは幼いなりに尊敬していたからだ。しかし、瑞稀の中には、他の誰にでもあるような父母との思い出はない。家族で出かけたこともほとんど無いし、家族そろって食事をしたことも数回しかない。瑞稀にとって、目の前の家族が過ごしている日常は、物語の中にしかないものだった。
「・・・たさん?」
「・・・・・・」
「竜田さん?」
肩をトントンと叩かれて、瑞稀はハッと我に返った。気づけば、先ほど釘付けになっていた家族たちは前の方を歩いている。瑞稀の隣には、心配そうな顔をした涼真がいた。
「どうしたんすか?」
「あ、ああ、ごめんね。何でもないよ」
「ほんとに?大丈夫っすか?」
「え?」
「何か、しんどそうな顔してる気が・・・」
瑞稀を覗き込む涼真は、どうやら彼の表情の変化に気づいたらしい。動揺が顔に出ることなどめったにない瑞稀は、2つの意味で驚いた。自分が誰かに悟られるくらい、表情を歪めていたこと。気取られにくい瑞稀の表情の変化に、涼真が気づいたこと。本当に、原田涼真とは不思議な人間だ。いつの間にか懐に入ってきて、そしてそれを嫌だと思わせない。誤魔化すことはいくらでもできたが、少しくらい本音を零したくなってしまった。
「・・・ちょっと、昔のことを思い出して」
「昔のこと?」
「家族で、こういうところに来たことなかったなって」
「!」
平坦な声だった。悲しんでいるようには聞こえないけれど、彼の中で昇華できているとも思えないような。涼真は少しだけ複雑そうな顔をしたが、すぐにいつものお人好しな笑顔になった。
「そっか、じゃあ今日は子供の頃来れなかった分も楽しみましょ!」
「・・・!」
「大人になってから初めてっていうのも、案外楽しいかもっすよ!ハマっちゃったりして!」
「そう・・・かな。ハマっちゃうかな」
瑞稀は涼真につられて、眉を下げて笑った。その笑い顔は、今までに見たことがなかった。いつも笑みを湛えて余裕があって、どこか底知れぬ雰囲気をまとっていた彼が見せた、初めての顔。ほんの少しだけでも竜田瑞稀という人間を知れた気がして、涼真は嬉しくなった。
「竜田さん、鳥好きでしょ?絶対ハマりますって!よっしゃ、れっつごー!」
涼真の元気な掛け声に、瑞稀は笑顔のまま頷いた。入場ゲートを通って最初に2人を出迎えたのは、大きくて鮮やかな赤い羽のオウム。入場者を歓迎しているらしく、陽気な鳴き声が聞こえてきた。
「コンニチハー!コンニチハー!」
「うお、しゃべってる!お前賢いな~!」
「カシコイナー!カシコイナー!」
「えっ!」
「あはは、原田くんの真似してるのかな?」
「カシコイナー!」
「な、何か真似されるとムズムズするっすね・・・」
オウムの前を通り抜け歩いていると、次に目に入ったのは「ふれあいコーナー」という文字。どうやら、ここでは小動物や鳥と触れ合えるらしい。瑞稀は何も言わなかったが彼の目がふれあいコーナーから離れなかったので、涼真は察して彼の手を引っ張った。
「行きましょ!オレ、ひよこ触りたいっす!」
「ひよこ?ひよこに触れるの?」
「ほら、あそこ!」
涼真が指さす先には、黄色いころころふわふわの何かがたくさん集まっていた。子供たちがそのころふわ達の周りを囲んで、目をキラキラさせている。近づいてみると、ピヨピヨと可愛らしい鳴き声がしているのに気づいた。
「お兄さんたちも触りますか?」
「あ、触りたいっす!」
「ではこちらにどうぞ!ひよこちゃんは繊細なので、下から掬うようにして優しく抱っこしてあげてくださいね!」
近くにいたスタッフの言葉にうなずき、ひよこコーナーの端っこにしゃがみ込む涼真と瑞稀。スタッフの言う通りにひよこの体の下に手を差し入れると、案外すんなり手のひらに乗ってきた。瑞稀の手に、ふわふわのひよこが一羽ちょこんと座る。
「わっ・・・!」
「お、竜田さん上手!」
「えっえっ、どうしたらいいんだろう・・・!?」
「そのままそのまま!」
ひよこを乗せたまま、固まる瑞稀。涼真は自分の手に乗っていたひよこも、彼の手に移してやった。ふわふわのひよこが2羽、瑞稀の手のひらに収まる。
「えっ、原田くんっ、」
「どーっすか?ふわふわですか?」
涼真が歯を見せてニッと笑う。瑞稀は戸惑いながらも、手の中の存在を見つめた。
「うん、ふわふわ・・・かわいい・・・」
完全に独り言だったが、涼真にはばっちり聞こえた。かわいい、と瑞稀がもう一度呟く。彼のまなじりは完全に下がっていて、口元は緩んでしまうのに耐えるので必死なようだった。
「・・・竜田さんって、」
「?」
「かわいいっすね」
それは、完全に無意識の言葉だった。瑞稀の様子を見ていた涼真の口から、勝手に転がり落ちたのだ。一呼吸おいて、瑞稀はようやく何を言われたのかに気づいた。そして涼真の方も、瑞稀の方を見てハッとする。どうやら、何を言ったのかやっと自覚したらしい。
「あっ、す、すんません!」
「いや・・・うん、大丈夫・・・」
何が大丈夫なのだろう。2人の間に何とも言えない空気が漂う。気まずいような、少し甘いような。何か言わなければならない気がするのに、どうにも言葉がまとまらない。なんてことのないはずの4文字が、2人を大いに揺るがせた。
「あ、あー、次!次あっちも行きます?」
「う、うん、そうだね。あっちには何がいるのかな?」
三文芝居のような誤魔化し方だったが、それはお互いさま。ひよこをそっと降ろした後、2人は少し進んで「エサやり体験コーナー」という区画に入った。このコーナーの中では、100円でエサを買って好きな鳥や小動物に食べさせられるようだ。さらに、エサを使って鳥を肩に乗せたりもできるらしい。
「瑞稀さん、どの子にしますか?オレ、あのくちばしがでっけーヤツにしよ!乗ってくれるかな~」
「僕は・・・この小さい子たちにしようかな。どうやってエサあげたらいいんだろう・・・」
「指で持ったら噛まれるらしいんで、手のひらに乗せたらいいんじゃないっすかね?」
「なるほど・・・。こうかな?」
瑞稀が手のひらにひまわりの種や雑穀が混ざったエサを乗せると、小鳥たちがすぐに寄ってきた。人慣れしているらしく、何の警戒もなく瑞稀の手に乗る。中には、瑞稀の肩にちょこんと座る小鳥も。
「お~!竜田さんモテモテっすね!写真撮りましょうか?」
「えっ、」
「せっかく初めてなんだし、記念に!」
「照れくさいな・・・」
スマートフォンを構えた涼真に、瑞稀は恥ずかしそうに笑いながら応えた。カシャ、カシャと数回シャッター音を鳴らして、涼真は鳥に囲まれている瑞稀の姿を写真に収める。
「後で送るっすね!」
「ありがとう。それにしても、鳥ってこんなに寄ってくるものなんだね・・・」
瑞稀の手の上では、相変わらず鳥たちが雑穀を啄んでいる。肩に乗っている文鳥も、動こうとはしない。涼真はその様子に微笑んだ。
「いやー、竜田さんがいい人だからじゃないっすか?」
「!」
涼真が何気なく言ったであろうその一言に、瑞稀は微かに目を見開いた。いい人、だなんて。自分を形容するにはあまりにも似つかわしくない言葉だ。涼真は本心で言ってくれているのだろうが、だからこそ到底受け入れがたかった。
「・・・いい人じゃないよ、僕は」
「え?」
黒い染みのように、瑞稀の呟きは地面に落ちた。よく聞こえなかったらしく、涼真は首をかしげる。瑞稀は何でもないよ、といつもの笑みに戻る。
「ほら、原田くんも楽しんで。あの大きい子が良いって言ってたよね」
「あ、そうっすね!よっしゃ、来てくれっかな~」
涼真が肩に乗せたいと意気込んでいるのは、小鳥たちがいるスペースよりも上にある木にとまっている、大きな黄色いくちばしの鳥だった。フルーツが好物だと解説パネルに書いてあったので、涼真はフルーツが入っているエサ入れを手に取る。そして鳥に向かってフルーツを見せてアピールした。だが、アピールを受けている鳥は涼真の方を見向きもしない。
「おーい!腹減ってねえの~?ブドウあるぞ!」
「こっち向いてくれないね・・・」
「やっぱそう簡単には・・・・・うわっ!?」
「ん?」
突然聞こえた大きな声に、瑞稀は涼真を見上げた。彼の頭の上に、先ほどまではいなかったはずの青いオウムが乗っている。どうやら、涼真たちの背後にいたオウムがブドウめがけて飛んできたらしい。オウムは器用に首を伸ばして、上に差し出されていた涼真の手からブドウを摘まみ取っていた。
「えっえっ!?なに!?何か頭に降ってきたんすけど!?」
「ぷっ・・・あははは!原田くん、あたま、ははっ!」
「ちょっ、竜田さん!?ツボってる!?何で!?てかオレの頭に何が起こってるんすか!?」
自分の頭の上なのだから、涼真には何が起こっているのか当然見えていない。瑞稀は状況を説明してやろうとするが、慌てる彼と素知らぬ顔でブドウを食べているオウムのコントラストが妙に面白くて、笑うのを止められなかった。
「ふふっ、あっはっはっは!」
「えーちょっと!竜田さん笑ってないで助けてくださいよ~!オレの頭に何が居るんすか!?」
「ごめ、おうむ、オウムがね、ははっ、」
「オウム!?えっ、この重たいのオウムなんだ!?どっから来たんだよ~!」
振り落とすわけにもいかず、かといってそのまま落ち着けるわけもなく。涼真がおろおろとしていると、彼の声を聞いたスタッフが駆け寄ってきた。そして持っていたオヤツを見せて、オウムを誘導する。オウムは存外素直に応じて、いそいそと木の上に戻っていった。
「すみません、この子ブドウが好きで・・・!お怪我はなかったですか?」
「あ、ないっす!大丈夫!そっか、ブドウ食いにきたのか・・・」
涼真が納得したように手元を見ると、つい先ほどまでブドウやらリンゴやらが入っていたエサ入れのカップは、すっかり空になっていた。彼が慌てている間に、あのオウムが平らげてしまったらしい。まあ仕方ないか、と涼真は苦笑いだ。
「やー、まさかのハプニングだったなあ・・・」
「ごめんね、笑っちゃって・・・」
オウムがいなくなったことで、瑞稀の笑いも落ち着いたようだ。瑞稀はしゅんとした顔で、申し訳なさそうに涼真を見上げた。涼真としては不快でもなんでもなかったので、いいですよと手を振る。
「オレが竜田さんの立場でも、絶対笑いますもん。面白すぎじゃないっすか?後ろからオウムって!」
「うん、ほんとに面白かった。原田くん、持ってるんだね」
「確かに、これは持ってるわ~オレ。動画撮ってたらバズってたかも」
そんなことを言いながら、2人はふれあいコーナーを後にした。まだまだこの施設は広いので、他の場所も回らなければもったいない。時間は限られているのですべては見られないだろうが、涼真としては瑞稀が好きだと言っていた鳥がいそうなところは回るつもりだった。
「あ、あの辺にカッコいい鳥いるっぽいっすよ!」
「カッコいい鳥?」
「えーと何だっけ、ワシとかタカとか?」
「ああ、猛禽類か。確かにカッコいいね」
2人が次に足を止めたのは、猛禽類が飼育されているコーナーだった。さすがに先ほどとは違って柵越しだが、鋭い瞳や爪は間近で見ると迫力満点だ。瑞稀はタカたちを食い入るように見つめた。
「こんなに近くで見たの初めてだな・・・」
「っすよね。実家の近所はトンビとか普通に飛んでたけど、こっちだとほぼ見ないし。何か、思ったよりデカいっすね!」
「ワシは特に、羽を広げると大きいからね。飛んでる姿は綺麗なんだろうな・・・」
「あ、そういや竜田さんは鳥が飛んでるとこが好きって言ってましたもんね」
「うん。自由に空を飛べるのが羨ましいなって、思ったことがあるんだ」
「!」
瑞稀は視線をタカたちから外さないまま、静かに言った。その横顔は凪いでいたけれど、どこか子どものように幼い。自分のことをあまり話さない彼だから、どんな事情を抱えているのか涼真には図りかねるところがあるが、きっと彼は「自由に空を飛んでみたい」と思ったことがあるんだろう。
聞いてみたい、と思った。出会ってまだ日が浅いし、彼の心の奥に触れる気がして問う勇気はないけれど、どうして空を飛びたいと思ったのか話してほしい。彼のことなら何でも知りたい。涼真は不思議とそう思った。今まで他人に抱いたことのない類の感情だ。なぜ彼のことを深く知りたいと思うんだろうか。涼真は1人疑問を抱くが、答えが見つかるわけはなかった。
「子どもの頃って、1回は空飛んでみてえ!って思うことありますよね。背中から羽生えねえかなーとか!」
自分の疑問をしまい込んで、涼真は少し大げさにおどけて両手で羽ばたく仕草をした。瑞稀はそれを見て、眉を下げて楽しそうに笑う。
「あはは、原田くんもそう思ったことあるの?」
「そりゃもちろん!ロボットに乗って空飛びたいって思ったこともあるし、鳥みたいにバサバサ飛んでみて―!って思ったこともありますよ」
「そっか。やっぱり空を飛ぶってロマンがあるよね。この子たちもたまには飛んだりするのかな?」
「檻の天井高いし、飛ぶんじゃないっすかね?飛ばないとつまんないだろうし・・・。あ、竜田さんこれ見ます?」
「うん?」
檻の端に目を向けた涼真が、何かに気づいたようで指を差した。彼の指先にあるのは、電子掲示板。そこには「本日の鷹匠ショーは13時からです」という文字が浮かんでいた。
「鷹匠って、鷹のトレーナーみたいなヤツっすよね?これなら飛んでるの見れそうっすよ!」
「ほんとだ。でも付き合ってもらっていいの?」
「全然!オレも見たいし!見ましょーよ!」
「じゃあ、お言葉に甘えて見させてもらおうかな。楽しそう」
鷹匠ショーを13時から見るということは、それまでにランチを済ませた方がよさそうだ。2人は頷き合って、施設内のカフェへと向かった。現在11時50分。ちょうどいい頃合いだ。
「お昼からも色々回りましょうね!」
「うん、そうだね」
―――・・・・・。
結局、2人は夕方の閉園時間まで滞在した。夕陽が差す中、満足感を抱えて電車に乗り込む。仕事も何もなしに1日を過ごしたのなんて、いつぶりだろう。瑞稀は心地よい疲労感に包まれながら、ぼんやりと考えた。
「はー、楽しかった!やっぱ動物とか植物って癒されるっすね」
「そうだね。原田くん、今日は本当にありがとう」
「いやいや!こちらこそ!」
電車に揺られながら、2人はお互いにぺこりと頭を下げる。出会って間もないのに以前からの仲のように過ごせたのは、間違いなく涼真の人柄のおかげだろう。瑞稀はもう一度礼を言った。
「原田くんに連れてきてもらわなかったら、一生来なかったと思うな」
「まあ確かに、大人になってから行くってなかなかっすもんね。オレも高校んとき以来だったし。楽しんでもらえたなら何よりっす!」
「うん。本当に楽しかったよ。こんなに楽しんじゃって申し訳ないくらい」
「いやー、そこまで言ってもらえたら誘って良かったっすよ。ぶっちゃけ、こんな年下のヤツと行ってくれるかなーとか思ってたんで」
「それを言うのは僕の方だよ。こんなおじさんに付き合ってくれてありがとうね」
「え、竜田さんはオッサンじゃないでしょ!」
「いやいや、原田くんくらい若い子から見たら十分おじさんだよ」
「竜田さんとオッサンって単語、恐ろしく似合わないっすね・・・。や、でもマジで超楽しかったんで、また一緒にどっか行かないっすか?」
「・・・!」
「絶対忙しいとは思うんすけど、なんかこう、息抜き的なのになればいいかなーって」
恐らく、涼真の目にも瑞稀が心から楽しんでいるのが分かったのだろう。自分と過ごせば安らげるのではないかと、瑞稀を気遣ってくれているようだ。優しいな、と瑞稀は柔らかく微笑んだ。瑞稀にとって、打算も駆け引きもなく会話をできる相手はごくわずかだ。龍櫻会の中でも、心の底から信頼できるのは側近である竜司だけ。組員たちのことは家族のように大切に想っているが、それは信頼ではなく組長としての責任だ。どうしたって、瑞稀は龍櫻会を背負って生きている。そんな彼の懐に、涼真はするりと入ってきた。気づけば、瑞稀は彼の言葉にうなずいていた。
「ありがとう。ぜひまた誘ってほしいな」
「お、やった!どっかいいとこ探しときますね!」
涼真は嬉しそうに、歯を見せて笑う。赤い夕陽に照らされたその表情は底抜けに明るくて、瑞稀は眩しそうに目を細めた。
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