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第五章 千景と玲於

 交代要員が早く現れ、客の出入りも普段より少なかった事から連日の遅番を鑑みた店長から早めに上がって良いと告げられた玲於は珍しく十九時過ぎにアルバイト先のカフェを後にした。  冬も真っ只中となれば十九時でも辺りは暗く、過保護な千景が心配する為自宅から徒歩十分程度の駅前でのアルバイトしか許されなかった玲於だったが、普段より少し早い帰宅が叶う事から今日ばかりは起きて千景の帰りを待とうと決めていた。  今朝は目を覚ますとベッドで眠っていた。それは千景を待つつもりでリビングで待っていた筈が寝落ちてベッドへと運ばれた事を示していた。その千景は玲於が目を覚ました時は既に出勤してしまっており、食卓には普段と変わらず朝食の用意と「行ってきます」のホワイトボードが置かれていた。千景が態と朝早く出勤し、夜遅くまで帰らないようにしている訳ではないと玲於は分かっていた。それでも初めて別々に眠ったあの晩から千景と顔を合わせる事は無く、玲於自身も千景に飢えていた。  虎太郎に忠告されたストーカーの話を千景に相談する件についても同様の理由で、千景と会えていない時点で相談も出来ないままだった。メールや電話で話せるような内容でない訳では無い為、やはり相談をするならば顔を見て話したいと考える玲於はメールやチャットでの文面上の遣り取りを必要最低限に抑えていた。  どんなに眠くなっても今日だけは起きて千景を出迎えるつもりでいた玲於は、帰り道の途中でコンビニへ立ち寄り眠気覚ましのカフェインが入ったドリンク剤を購入した。まだコーヒーを砂糖やミルク無しでは飲めない玲於だったが、時折千景が飲み干した空き瓶をよく見る事からきっと毒では無いと思っていた。  コンビニを出れば自宅までは半分ほど、公園と住宅が立ち並び灯りは一定間隔に立ち並ぶ街灯のみ。  玲於はコンビニを出て歩き始めた直後から五メートル程背後に自分の後を尾ける人物の存在を感じていた。思えばコンビニへ入る前からその気配はあった。玲於がコンビニに入ってもその人物はコンビニへは入らず、玲於がコンビニを出てからまた背後を付かず離れず着いて来る。一体いつから後を尾けられていたのか、今日の帰宅時間はイレギュラーで普段よりずっと早い。自分がバイトを上がる時間までずっと店の側で見張っていたのか、そう考えた時玲於の全身に鳥肌が立った。  誰かが着いて来ていると感じた時、そのまま真っ直ぐ家に帰宅してはいけないという虎太郎の言葉を思い出した玲於は、普段は曲がるべき場所ではない路地で唐突に左折する。めちゃくちゃに歩き回って、相手の姿が近くから消えてから落ち着いて家に帰ろうと玲於は逸る気持ちを抑えつつも少しだけ早足で歩き始める。速度を上げても玲於と一定の間隔を保ったまま着いてくる足音に気付いた時玲於の喉がひゅっと鳴った。偶然同じ方向へ歩いている訳ではなく明らかに自分を尾けて来ている。どこからどう見ても自分は身長が百八十を超える男で、後を尾けてくる存在も玲於の目視に間違いが無ければ男だった。  他に虎太郎から教えられた事は無かったかと考えた玲於は諸刃の剣ではあるが最後の手段として使えと言われた方法を思い出した。冷静を保ち、決して背後の相手に悟られないようポケットからスマートフォンを取り出した玲於は着信履歴の中から千景を選んで発信ボタンを押す。 『――レオ?』  発信ボタンを押して直ぐ千景の声が受話口から聞こえた玲於は安堵する。千景の背後はざわざわと静寂の中の騒がしさがあり、はっきりとした言葉は聞き取れなかったが恐らくまだ仕事中で職場に居るのだろうという事が理解出来た。通話相手が居ると相手は下手な手出しが出来ない筈だと虎太郎から聞かされていた玲於はこのまま千景との会話を繋ぎ、背後の相手が諦めて姿を消すのを待とうと思った。 「ごめんねいきなり。今大丈夫だった?」  但し尾けられている事を背後の相手に悟られてはならない、気付かれていると知られたら逆に相手が何をしてくるのか分からないので、あくまで自然に通話をし続けなければならないと玲於は虎太郎から教え込まれていた。 『大丈夫だよ。何かあったのか?』 「ううん、ただちょっと……声が聞きたくなって」  電話越しであってもこうやって千景と言葉を交わすのは何日振りとなるだろうか。耳元で直接紡がれる言葉に心が温かくなる一方、電話ではなく直接千景に触れたいという気持ちが玲於の中で高まる。  連日帰宅が遅く、朝も玲於より先に起きて仕事に出てしまう千景自身はちゃんと食事を摂れているのか、声から体調の異変を汲み取る事は出来なかったが、千景は以前からそういった自身の不調を隠す事に長けていた。それが顕著だったのは一年ほど前、玲於が風邪を引き熱を出した時千景も同様に高熱が出ていたのにも関わらず、それを玲於へ一切悟らせず隠しきったところにある。  玲於の前では半分保護者の役割も兼ねて弱い部分を一切見せようとしない千景だからこそ、その奥深くに隠された本当の千景の姿を見てみたいと考えてしまう玲於の雄としての征服心は、抑えようとする度心の内側で燻り焦げ付いていく。 『今外か?』 「あ、うん。今日は少し早く上がれたんだあ」  燻る黒い欲望を千景の声で振り払うも、早めにバイトを上がれたからこそ見知らぬ誰かに尾行されている今の現実が玲於の背後から重くのしかかってくる。 『俺も後一、二時間くらいで帰れると思うから』 「あ、あのねちか兄……」  この時間から後数時間で帰宅出来るという事はこれまでの千景の帰宅時間から考えれば早いほうだった。千景は帰宅をしたら一番に風呂に入るだろうか、それとも夕食が先だろうか、勿論自分自身を所望されても構わないと妄想世界に片足を入れかけた玲於の耳にコツンと足音が響く。  先程までよりも確かに近くなっている背後の足音に玲於は生唾を呑み込む。コンビニを出た時は確かに五メートル近く後ろから聞こえていた足音が、気付けば聞こえる先は自らの真後ろ。確認する為に振り返る事など玲於には出来なかった。片手にスマートフォンを握り締めたまま、視線のみを僅かに足元へと落とすと街灯に灯され伸びた二人分の影。そして視界の隅に確かに見えた大きな男の手。 『レオ?』  呼び掛けておきながら何も話さない事を不思議に思った千景は玲於に問い掛ける。もしかして助けを求めようとしたと勘違いをされ、強硬手段に出ようとしているのかもしれないと感じた玲於は上手く言葉を出せなくなった。次の言葉を発しようとした瞬間口を塞がれ、襲われでもしたら―― 「――か、帰ってくるの、待ってても良い……?」  自分が帰宅しなければ心配する相手が存在している事を匂わせると、確かに見えていた手がすっと引いていくのが見えた。しかし手が引かれただけで、足音は変わらず玲於の後ろを離れず着いて来る。 『良いけど……眠くなったら無理しなくても良いからな』 「んふっ、今日は秘策があるんだー」 『へえ、何だろうな』  恐怖心から声が上擦っていないか、最新の注意を払いながら玲於はもしこの次の瞬間に何かがあって二度と千景と会話が出来なくなっても後悔しないように、今一番伝えたい言葉を千景へと伝える事にした。徐々に歩く速度を落としていった玲於は、街灯の真下まで辿り着くと両足を揃えてその場に立ち止まる。 「大好きだよ、ちか兄。僕は世界中の誰よりも一番ちか兄の事を愛してるから」 『レオ、いきなりなに――』  千景の返事を待つ前に一方的に通話を切った玲於はその片手にスマートフォンを握り締め、ゆっくりと深呼吸をした後意を決して背後を振り返る。  そこにはもう誰も居なかった。 「レオ、っ!」  玲於が帰宅してまだ寸刻も立たぬ内、玄関の扉が勢いよく開かれたと思えば慌ただしく上着を脱ぎ捨てた千景がリビングの扉を開けて姿を見せた。 「ち、か兄……?」  先程電話をした時分では今日中には帰宅出来ると言っていた筈の千景がそれよりもずっと早い時間に帰宅してきた事に玲於は驚きを隠せず、帰宅直後に寸前まで相手の手が迫っていた恐怖がぶり返し、上着も脱がないままリビングにへたり込んでいた。そんな玲於を見た千景は鞄を床へ放り投げ即座に玲於へと駆け寄る。 「……電話、様子おかしかった、から」  玲於からの通話を終了した直後全ての仕事を切り上げて急いで帰路に着いた千景は、上がりきった呼吸を整える事も出来ないまま、玲於と視線を合わせる為屈み込み様子を伺うように玲於の頬へ手を添える。 「ちか、にい……ちか兄っ……」  数日振りに愛しい恋人の姿を目の当たりにした玲於はそれまでの緊張感から解放され、衝動的に目の前に居る本物の千景へと両腕を伸ばして抱き着く。  声が聞きたいという理由だけで玲於が仕事中に電話をしてくる理由が千景には不明瞭だった。勿論急を要する場合はいつでも電話をしてきて良いと玲於には伝えてはあったが、まだ帰宅もしていない状態の玲於が外から発信してきたという事は、玲於にとって屋外で急を要するような状況が起こったと考える事が妥当であると千景は判断した。微かに震える玲於の身体を抱き締め返し、そっとその背中を撫でる。 「何かあったんだな。もう大丈夫だぞ……」  ただでさえ数ヶ月前までは家から出る事も殆ど無かった引き籠もりの玲於が、この数ヶ月はアルバイトの為週五で外に出て働き始めた。その成長は千景にとっては喜ばしいものであったが、家の近くとはいえいつ何が起こるかも分からない。控えめに言っても玲於は人目を惹く容姿をしている。邪な思いを抱く相手が一人二人いてもおかしくはないと千景は常日頃から感じていた。それでも玲於はアルバイト先で起こった『嫌な事』を千景に話す事は無かった。千景に話す内容は毎回褒められた事や嬉しかった事ばかりで、玲於が社会生活を楽しんでいる姿を見守っていた千景だったが、今ここにきて千景に話していなかった『嫌な事』を押し隠していた事実と、それに気付いてやる事が出来なかった自分自身の愚かさに千景は怒りを覚えていた。 「……知らない、男の人に……ずっと、尾けられてて……」 「――――――いつから?」  長い沈黙の後、千景が放った質問は普段よりずっと怒気を孕んでいた。ぴりっと弾ける空気は玲於にも感じられ、腕の中で玲於が小さく跳ねた事に気付いた千景は内側から止め処無く溢れ出す殺気を相殺させる為、玲於の首筋へと額を押し付けて長い息を吐き出す。 「えっと、半月くらい前、からかな……?」  雰囲気がいつもの千景に戻ったと安心した玲於は強く千景へと抱き着いていた腕を緩め、首筋へと顔を埋める千景の顔を両手で包み込むと視線を合わせるように額同士をくっつける。 「あのね、とら兄には少しだけ相談してたんだよ」 「……とらは俺に伝えなかったから今度会った時泣かす」 「え、いや、でもっとら兄はちか兄にもちゃんと相談しろって言ってくれてて……」  玲於は顔を傾けながら千景に口付ける。するりと滑り込む玲於の舌を受け入れた千景は、より深くまでと望む玲於の誘いに応じ玲於の舌を下から掬い上げ側面同士を擦り合わせる。数分間無言のまま口付けを交わした二人は浅い呼吸を繰り返したまま再度視線を絡ませる。 「バイト、辞めるか? 外に出るの怖いだろ」  本家から生活費の援助が毎月ある事から、玲於がアルバイトを辞めても二人で生活をしていく事に支障は無い。玲於が自分が働いて稼いだ給料で千景へのプロポーズの指輪を購入したかったのならば、その目的はとうに達成されている。無理をしてまで今後もアルバイトを続ける理由は無かった。  千景としても、玲於がずっと家に居てくれるのならば、今回のように擦れ違いで数日顔を合わせなくなるという事も無くなる。ただそれを決めるのは千景ではなく玲於だった。 「……ううん。まだ、少し怖いけど……バイトは辞めない」  千景に養われるだけの男になんて玲於はなりたくはなかった。働かなければ千景に釣り合う男になれたとは言えない。  千景を守れる男になる為にはまだ何もかもが足りない。先日の寮での出来事も、本当ならば自らの気持ちを整理する為分かれて眠るのでは無く、傷付いているであろう千景に寄り添うべきでは無かったのだろうか。そんな簡単な事にも今まで気付けずただ千景の優しさに甘え続けていた自分自身を玲於は恥じた。この上でバイトを辞める選択など玲於が選ぶ筈が無かった。 「僕、もっと頑張りたいんだ……」 「……分かったよ。玲於が続けたいのなら俺は止めない」  千景は玲於の決断を受け入れるしか無かった。ストーカーの件については千景に考えがあり、大切な玲於に怖い思いをさせた相手を千景はこのまま許すつもりは無かった。  玲於も帰宅したばかりでコートも着た状態だった事に気付いた千景は、甲斐甲斐しく世話を焼くように脱がせた玲於のコートを小脇に抱え、自らが帰宅した時廊下に脱ぎ捨てた上着を回収に行こうと片膝をついて立ち上がる。ふと気付けば千景が立ち上がると共に玲於も立ち上がりしっかりと千景のシャツの裾を掴んでいた。 「どうした?」 「……怒ってる?」 「え、何を?」  玲於のストーカーにならともかく、玲於自身に怒る謂れは千景に無かった。 「上着、拾ってくるだけなんだけど……」 「一緒に行っても、良い?」  自分より高身長の玲於が頼りなさげに小首を傾げる姿に千景は心臓を鷲掴みにされる。この可愛い生き物は時折狙ったように千景の弱い所を突いてくる時がある。十年以上を経ても変わらぬ根本的な愛らしさに抗う方法を知らない千景は裾を掴む玲於の手を取って上着が散らばる廊下と向かう扉を開ける。 「……ちか兄と別々に寝て、僕思ったんだ」 「何を思ったんだ?」  上着を拾い上げると玲於のコートと一緒に抱え込み、リビングへと戻ろうとする千景は振り返って玲於に視線を向ける。その瞬間、玲於は不意打ちを狙って千景の唇を奪う。 「もう一瞬だってちか兄と離れたくない」  顔を近付けた玲於にぞくりとする色気を感じ、千景の喉が上下する。今晩抱かれるだろう、千景にはそれが分かってしまった。  急遽帰宅を決めた千景は本日中に片付けなければならない仕事を持ち帰ってきていた。専用のUSBを自宅のパソコンに繋ぐ事で職場にある専用端末へのアクセスが可能になると、煙草を口に咥えたまま必要な申請手続きや権限の設定を米国時間に合わせて行う。  軽くシャワーを浴び簡単な夕食を摂る間も玲於は千景から離れようとせず、これはまるで引き取った当初のようだと苦笑を浮かべながら一連の作業が完了するとメール画面を立ち上げ、恐らくまだ職場に居るであろう四條へ宛ててメールを認める。 「終わった?」 「終わったよ」  メールの送信が完了し、千景がUSBを抜いてパソコンの電源を落とすのを待ってから玲於は千景に声を掛ける。そわそわと、しかし邪魔をしないように大人しく、背後から千景を抱き締め腹部にずっと両腕を回していた玲於は千景の持ち帰った仕事が終わった事を確認すると振り返った千景と唇を重ね長く深く口付けを交わす。 「……レオ、煙草危ない」  ジジッと音を立てる煙草の巻紙が焦げる音に、玲於は千景の言葉を受けその指から煙草を抜き取るとテーブルの上へ置かれた灰皿の上へと押し付け消火する。我ながら仕事が終わるまで良く待てた方だと、爆発寸前の気持ちを必死に抑えながら背後から千景の下着の中へと手を忍ばせる。たった数日、それだけでも長い間離れていたような感覚があり、愛撫する玲於の指に熱が篭る。 「っ、レオ、……」  玲於の指先が裏側の筋を伝い先端との付け根部分を執拗に嬲れば、玲於に背中を預けた千景の身体が腕の中で大きく跳ね、漏れる蜜で玲於の手を汚す。 「ちか兄、もうこんななってる……もしかして、一人でシてなかったの?」 「んっ、先、のほうっ……やめ、」  若い玲於と違いそれなりに自制心もある千景は玲於の指摘通りこの数日の間自己処理をする事もなく、かといって性欲が皆無な訳でもなく、玲於が直接触れた事で溜め込んでいた精が堰を切ったように溢れ出した。 「先っぽ、好きだよね? すっごいどくどくしてる……」  尋ねながらも玲於の指先は絶えず先走りを滴らせる口を指の腹を使って撫で回し、耳元で直接囁かれる言葉と触れる吐息にびくと背筋を震わせる千景は玲於の利き手に自らの手を重ね指を絡ませながら手を握る。 「……だ、め。……も、イきそっ」  玲於の訴えに目を細めて笑みを浮かべた玲於は大人しく手を引くも、代わりに千景の両足を下から掬い上げるようにして抱え上げ慣れた手付きで寝巻きと下着を併せて脱がせていく。向かい合う形で千景を抱き直した玲於は適度に開いた両足の上を千景に跨がせ、千景はそのままくたりと玲於に身を預ける。 「……一人で、してない」 「嬉しい……ちか兄、大好き、愛してる」  欲に塗れた淫らな顔はこれからも自分だけのものと、切羽詰まって吐息を漏らす目の前の千景の表情をじっと確認しながら玲於は避妊具の封を破り手際よく己の屹立に装着する。すぐにでも千景の中へと穿ちたい気持ちを抑え、具合良く足を左右に開かせた事で触れ易くなった蕾へと両手の指を埋めて行く。 「ちか兄、今すっごいエロい顔してる……」  ごくりと生唾を呑み込む音は千景の耳にも届き、自分がどんな表情をしているかなどに微塵も興味が無い千景も、玲於から伝えられる言葉に若干の気恥ずかしさを覚えつつ、不安定にびくつく両足で自らの身体を支えながら玲於の首へと両腕を回し崩れ落ちないように捕まる。 「……たぶん、挿れたら……すぐ、イくぞ俺……」  千景の警告を受けつつ指で丹念に解した蕾へ宛てがった熱を押し込んでいくと、体内が侵食されていく感覚に千景が痙攣するように震える回数が増えていく。 「僕の為に溜めといてくれた、ちか兄のイく顔……ちゃんと見たい」 「……れ、おっ」  無意識なのか、達する時口を固く閉ざし声を抑えようとする千景の口の中へと玲於はするりと指を押し込み、指先で千景の舌を挟む。唾液でぬるつく舌先は玲於の指先でも上手く捉える事が出来ず、何度も取り逃がす度口内から自然と湧き上がる唾液が玲於の指から手を伝う。 「……っは、ぁ、う……ぅ、あッ!」  普段なら漏れる声を奥歯を噛み締め堪えるものの、玲於の指ごと噛み締める事は出来ず、玲於の熱が千景の中を進んで行く感覚に腰が大きく跳ねると寸前まで抑えていた熱が弾け玲於の寝巻きを白濁が汚す。  背中を大きく上下させながら呼吸を落ち着かせる千景の中でゆっくりと律動を繰り返していく玲於は、千景の唾液に塗れた指に自らの舌先を絡ませ恍惚の笑みを浮かべる。 「ちか兄の、一滴残さず全部僕の……ね、僕以外に抱かれないで……」 「……ぁ、……約束、するっ……レオだけだ、レオだけ、愛してる……」  もし今後玲於以外の人間に身体を許す事があったとしたら、今度こそその穢れた身体を持ってそのまま死のうと千景は玲於に触れるだけの軽いキスをした。 「……レオ、っ」 「……ん、なあに?」  千景の中で果てたいと思う反面まだ繋がっていたいと願う玲於は、なるべくすぐに果てないようごく遅い速度で千景の中を繰り返し突き上げながら、徐々に体力を取り戻してきた千景の言葉に首を傾ける。 「……ストーカーの件、ああいうのは心配だから、……次からもっと早く言え」 「うん、分かった」 「ッ、レオ、いきなり、そこッ……」  千景の忠告に笑顔で応える玲於だったが、それと同時に千景の一番弱い部分を狙って腰を打ち付ける。日常生活では半分玲於の保護者として玲於の面倒を見てどこまでも甘やかす千景も、行為の際主導権を握られてしまえば成す術なく玲於が望むままその肉体を扱われる。好きにして良い代わりに避妊具だけは決して忘れるなと玲於は千景から厳重に言われていた。 「……もうイく? イっちゃうそうちか兄?」  このように消えてしまいたい程恥ずかしい姿を恥辱というのだと玲於は以前テレビか何かで聞いた事があった。恥辱を感じている時の千景の表情はとても扇情的で、玲於の欲望を駆り立てるには充分過ぎる。  もし千景が女だったならば――虎太郎に告げたように孕ませてしまえばずっと話は早かった。籍を一つにしただけでは飽き足らず、湯水のように湧き出てしまう独占欲という欲望はいつか千景を壊してしまうのかもしれない。 「……も、イ、っく……」 「も。キスして、ちか兄」  自然に玲於の口から出た『俺』という一人称に千景は気付いただろうか。元々玲於の一人称は『俺』だった。それを『僕』に変えたのは玲於が始めたアルバイトの影響だった。  千景にとって玲於は天使にも等しい存在だった。元々十歳年下で四歳の時から知っていた玲於に対する千景の印象は、自分を無邪気に慕う可愛い弟のような存在で、一緒に暮らし始めてからもその気持ちが大きく変わる事は無かった。しかし今の様に時折見せるぞくりとするような雄の表情に、千景の中にもこれまでとは違う変化が訪れようとしていた。 「……れ、おっ……れお、っすき……」  玲於を求め、縋ってしまいたくなるような欲求、その小さな芽を玲於が少しずつ育てていっているのが分かっていた。本当は玲於より千景の方がもっと玲於の存在を必要としていた。それを保護者であるからという理由を盾に、本当の気持ちを押し殺し続けてきた。身体を重ねている時だけそれをほんの少しだけ隠さずに済む。千景は玲於の為ならば鬼や悪魔にでもなれるだろう。  二人の唾液が混ざり合い、どちらのものとも分からない唾液を互いに交換して啜り合う。 「……レオ、好き、大好き……」  もっと素直に貪欲に、求める事が出来たのならばどれほど玲於を安心させられるだろうか。一度だけでは足りない、何度も、何度だって。どうしようもなく体中の全てを玲於だけで満たしたくなる。  身体の奥で一層強く脈打つ玲於を感じ千景は二人の身体の間にそんなどろどろとした汚い欲を吐き出す。 「……ちか兄以外、何も要らない」  玲於がまだ兄と呼んでくれている事が千景にとっての救いだった。

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