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57、第9話「好きだ」
玄関を開けると「お帰りー!」と母さんの声が聞こえてくる。
宮部と靴を脱いでリビングに入ると、母さんは皿をダイニングに運びながらもう一度「お帰り!」と笑った。
「ただいま」
はにかむ宮部がちょっとかわいい、と思いつつ俺はリュックを投げてソファーに座る。
宮部は丁寧にリュックを下ろすと、ネクタイを外して手を洗いに行った。
そのまま手伝いを始める宮部を目で追う。
あっという間に季節は夏で、夏休みも近い。
この一学期、中間も期末も赤点はなく、授業もサボらなかった俺に工藤はかなり驚いていた。
だが、宮部と一緒の姿も何度も見られているからか
「お互いよかったな」
ホッとしたように言った工藤に意味を尋ねたがそれは教えてくれなかった。
お互い……?
宮部にとって俺と居てプラスになった何かがあるのか?
考えているとスマホが鳴って、俺はポケットから取り出してその画面を見る。
凛華からのメッセージを見て『気が向いたら』それだけを返してスマホは机に置いた。
「ちょっと村瀬くん、こっち持って」
「はー?何で俺が」
面倒臭そうに返事しながらも箱からホットプレートを出そうとして引っかかったまま苦戦している宮部の姿にキュンとする。
「せいくんが手伝ってくれてるんだから琉生も手伝いなさい」
「へいへい」
“聖人”は母親の忘れられない男の名で、たぶん自分の父親の名であるというのを聞いたのは少し前。
母さんたちはそんなの聞いていないくせにいつの間にか宮部を“せいくん”と呼ぶようになっていた。
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