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エピローグ
「おかえりなさい」
ユキが帰宅するとケイが駆け寄る。Tシャツにジーンズという格好の上から黒のエプロンを身につけている。
本当はユキから贈られた、フリフリのエプロンがあるのだけど、そんなものをつけてしまえばどうなるかわかっているから、タンスの奥にしまい込んだままだった。だって、わかっていて身につけたらそれは誘っているということになってしまう。それはまだちょっと恥ずかしい。
あの日、ケイはユキの『お嫁さん』になった。本当はそのまま学校を辞めて家に居て欲しいと言われたのを何とか説得して大学まで進むことを許してもらった。
ユキからの愛情は気づいてみればなかなかのもので、独占欲もどうやら強いらしい。ケイが学校で誰かにアプローチされるのではないかとしきりに心配していたが、そんな物好きはユキくらいのものだと思う。
とにかくそうして学業と『お嫁さん業』を両立して……家ではたっぷりユキを甘やかしている今日この頃。
「ただいま、ケイ君」
ユキは帰宅すると靴を脱ぐよりも何よりも先にカバンをそこらに放り投げ、玄関まで迎えに来ていたケイを正面から抱きしめる。そのまま匂いでも嗅いでいるのか、すーはーと深呼吸して、それから首筋に鼻を埋める。
最初はくすぐったくて嫌だったのに、今ではそれだけの刺激で勃起してしまいそうになる。
「くすぐったい、ユキさん」
「うん……もう少し。ケイ君を補給させて」
朝もそうして嗅いでいたくせに、半日ほど離れただけでこれだ。出張とかになったらどうするんだろう。ユキなら数日の出張にもケイを連れていこうとしそうで少し怖い。
朝は仕事に行きたくないと駄々をこね、夜は寂しかったと擦り寄ってくるユキが、最近ではすごく可愛い生き物に思えていた。年上の、綺麗な、旦那様なのに。子供みたいでいつまでも甘やかしてやりたいと思ってしまう。
「ユキさん、ご飯食べよ……」
「ケイ君がいいな」
「俺の作ったご飯、食べたくないの?」
「食べたいです」
ユキのワガママを、どうすればたしなめられるのかもすっかりわかってしまって。その甲斐あって大学行きだって許して貰えたのだ。ユキのツボもずいぶんわかってきた。
――俺、ユキさん以外絶対好きにならないよ。どうせ卒業したらずっと家にいるんだから、最初の数年くらい『大学生のお嫁さん』っていうシチュエーションを楽しんでも良くない?
あの時のユキの真剣すぎる表情は、何度思い出しても笑いそうになる。
「ご飯食べたら一緒にお風呂入ろ。明日は休みでしょ」
ユキが放り投げたカバンを拾ってやり、それからリビングへ向かおうとする。
「ケイ君、待ってください」
呼び止められ、振り返るとやけに神妙な顔のユキ。
……もしかして、明日は休みじゃなくなったのだろうか。だとしたら今夜の夫婦の営みは簡易バージョンにならざるを得ない。もしくはケイだけがめいっぱい可愛がられるか、だ。
「おかえりなさいのキスがまだです」
「――ふはっ」
真剣にそんなことを言うのだから、思わず吹き出してしまう。
うちの旦那様は、可愛すぎではないか。こんなところをユキのファンたちが見たら百年の恋も冷めるのかもしれないし、逆に可愛すぎて別のファンが生まれてしまうかもしれない。
何はともあれ、こんな表情を知るのもケイだけだ。
「おかえりなさい、ユキさん」
目を閉じて、そっと触れるだけのキスを。
それから我慢できずに舌をねじ込んできたユキを押し返し、何とか夕食にあり着いたのだった。
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