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祝日、ゆったりとした時間。

 祝日の昼、起きてから六時間経っても会社から連絡がないってことはつまり、今日はさすがに強制出勤がないってことだ。スマホの電源は消してしまって、ダイニングテーブルに伏せておいた。幸福感に満ちた日にあんなものは必要ないから。  ふと隣に目をやる。(のどか)がタイマーを見つめてカウントダウンをしてる、待ち遠しそうに。こんなのがそばにいれば、思わず笑顔にだってなる。  俺が見つめてたことに気付いたのか、和がこっちを見た。「ふふ、嬉しいね」 「なにが?」 「だって、ふたりでキッチンに並ぶなんてさ、あんまりないことじゃない?」 「まあそうだな」  ゼロ、と言われたので火を止めてシンクでお湯を切る。冷たい水を流しながら、鍋からパスタが出ていく様子を見つめる和は、料理の過程を初めて間近に見る幼い子どものようだ。 「ね、ひめちゃん、今日はどしたの?」 「ん? なにが?」 「だってさ、やけに上機嫌じゃない?」  いつもだったら否定するところだが、今日は本当に機嫌がいい。なんてったってふたりきりで過ごせる祝日なんて久しぶりだから。それに、隠しきれていないのは自覚してる。 「ふふん、まあな」  お湯を切ったパスタを、(あらかじ)め作っておいたソースにあえる。色のなかった部分が徐々に赤く染まっていく。 「おいしそ〜!」 「よし、じゃあ盛り付けるから皿――」 「ん、おれがやるよ?」 「……そ、じゃあ皿持ってくるわ」  和によって盛り付けられていくナポリタン。どっかの店で出せそうなくらい見た目がいい、たぶん同じくらい味もいいはずだ。今回は俺だけじゃなくて和も手伝ってくれたからな。  手伝ってくれた、とは言え、あいつがやったのは俺が洗って皮剥いて切った食材たちを炒めたり、俺が茹でたパスタの湯切りをするときに水を出したり、それくらいではあるけど。  でもこうやってふたりでキッチンに並んでるってだけで楽しいし、和が自分から「おれがやる」って言ってくれるのが嬉しい。まあ、たまに迷惑だけど。  和が盛り付けたりナポリタンをテーブルに運ぶ。やっぱり、あいつはセンスがいい。何をどこにどう置くのがいちばん美味そうに見えるかわかってるんだろうな。無意識、だろうか。  ちゃっちゃと食器の準備をして席に着く和。何がそんな風にさせるのか、嬉しそうに楽しそうに料理を見つめている。どうしてそうなのか、本当にかわいらしく見えるもんだから腹立たしい。いや、俺も、そんなとこが好きなんだろうけど。 「ん? 食べないの?」  俺が和を凝視(ぎょうし)してたのに気付いたのか、不思議そうな顔をこっちに向けてきた。 「あー、その……」 「なぁに?」 「昨日さ、祝日に備えていいもん買って帰ろうと思って」 「……ってことは、もしかして?」  冷蔵庫から箱を取り出す。白地に赤文字で書かれているのは、ふたりの気に入りの店の名前。 「スイーツがあります!」 「わーい! 何買ってきたの、いちごケーキ?」 「ん」 「えへへ、嬉しいなぁ、俺の好物にしてくれたんだ。もしかして、おれと食べたくて買ってきたの?」 「は? 何だそれ、俺が食べたくて買ってきたんだけど」  和が小さく頬を(ふく)らませるのが見えて、少しため息を吐く。 「うるさいなぁ、俺がお前と食べたくて、だよ」  満足そうに微笑んだ和は机をぽんぽん叩く。 「じゃ、ご飯食べよ。ふたりでご飯食べて、ふたりでケーキ食べよ?」  わざわざ「ふたりで」を強調してくるところがこいつらしいよな……。  和は豆から挽いたコーヒー、俺は市販の紅茶味の豆乳とナポリタン。ゆっくり食べて、ゆったりした時間を過ごす。こんなの、幸せ以外の何でもない。 「なんかさ」ナポリタンを頬張りながら、和は言う。「こんな感じでご飯食べてると、喫茶店みたいだね」 「あぁ、確かにそうかもな」  紅茶を一口。 「ずっと祝日ならいいのになぁ。そしたら毎日こうやって、ふたりで楽しくお食事だってできるのに。ね」 「……そう、だな」  和は食べながらもずっと喋ってる。それに対してテキトーな返事をしながらナポリタンを頬張る。やっぱり美味いな。  ふと目の前を見ると、にこにこしながらこっちを見てる和と目が合う。ずっと喋ってたくせに、いつ食べ終わってんだよ。楽しく会話を続けながらご飯を食べられるなんて、何気に凄いスキルなんじゃないか。  ――だからこそ夜の仕事なんてやってられたんだろうな、なんて。  無意識にネガティブな思考に持っていってしまうのが俺の悪いところだとわかっていながら、止められない。こいつはこうやって上手に世渡りしてきたんだな、こうやって上手く金を稼いできたんだな。(みにく)嫉妬(しっと)だ。 「ね、ひめちゃん」それを知ってか知らずか、和は穏やかに口を開く。 「おれたちがおじいちゃんになったらさ、ふたりで喫茶店開こうよ。こんな風にゆったりした空間作って、みんなにゆっくりしてもらうの。どう?」 「いや、どうって……」  そんなことできたらそれ以上ないくらい良いけど、嬉しいと思うけど。 「お前、料理全部俺にやらせるつもりだろ。コーヒー淹れるのと客に運ぶのしかやらない気でいる、な?」  ――けど、ぎゅっと自分を押さえつける。 「そんなやつと店なんて開きませ〜ん」 「あれれ、バレちった?」 「……ほら、ケーキ食うぞ」  立ち上がって、冷蔵庫へ向かう。  ――でも、その妄想が本当になったらいいな、なんて。だってそれ、いつまでも俺と一緒にいてくれるって意味で受け取っていいんだよな?  これが俺だけの妄想じゃないことを祈る。 お題:スイーツ/喫茶店

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