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第7話:おまけのゴウキ~あられもないのに~

 田中ゴウキ。十四歳。中二。  俺はゲイだ。つまり、男が好きだ。 「ねぇ、ゴウキ。私と付き合ってよ」  そう言って、塾の中にある自動販売機の隅で、俺にデカイ胸を押し付けてく一人の女子。同じ中学ではない。塾でしか絡まないヤツ。 「ねぇってばぁ」 中二にしてはデカイ胸。世間一般で言えば、充分可愛いとされる顔。コイツも、自分でもそれを分かっているんだろう。  俺へのアプローチは、いつも驚く程積極的だ。  このタイミングで、もう一度言おう。 俺は男が好きだ。 「あー、今。勉強に集中したいし。付き合うとかって考えらんねぇわ」 「えぇっ!ゴウキ真面目過ぎ!ねぇ、いいじゃん。勉強ばっかじゃ息詰まっちゃうし。ちょっとくらい。……ねぇ?」  ねぇ、と更に胸を押し付けられる。「ちょっとくらい」俺は何をしたらいいんだろうか。いや、分かるさ。俺も男だ。 しかし、悲しいかな。全く体が反応しない。つーか、まず心も反応しない。無理。 そりゃあそうだ。何度も言う。俺はゲイだ。男が好きだ。 そんな訳で、全然悲しくはなかった。 「ゴウキぃ」 「んー?」 「はぐらかさないでよぉ」  面倒くせぇ。 こんな調子で、俺は顔がそこそこ良いせいで、やたらと女にモテる。これは嫌味でもなく、誰かへのマウントでもなく、圧倒的事実だ。 純粋に困っている。俺は、別に女にモテたいなんて、生まれてこのかた思った事がないのだから。 「ねぇ、ゴウキってばぁ」 「んあ?」  俺が、どうしたモンかとべったりとくっついて来る女子に、次の手を考えていた時だった。 キーンコーンカーンコーン。 タイミングよく、次のコマを知らせるチャイムが鳴り響いた。あぁ、助かった。 「授業始まるから、行こうぜ」 「もー!ゴウキはいっつもそう!ねぇ、学校に彼女とかは居ないんでしょ?」 「彼女は、いない」 「ならいいじゃーん」  よくない。  俺は彼女が居ないと言っただけで、恋人が居ないとは言っていない。俺には可愛い可愛い恋人が居る。 -------ゴウキー!塾終わるまで、あそこのコンビニで待ってるー! 「っはぁ」  あられ。可愛い可愛い俺のあられ。早く、早くあられに会いたい。 「……あ、やべ」 「え?ゴウキ?」 「……先生に、俺、便所で遅れるっつっといて」 「えっ!?今から!?」  後ろから投げかけられる声を無視して、俺は足早にトイレへと駆けこんだ。思春期の緊急事態発生。 「っはぁっ、あられ。かわいい。かわいいっ」  どんなにデカイ胸を押し付けられても勃たなかった俺のちんこが、あられを思い出しただけで完全に勃っていた。 外からもハッキリ分かる程に張り詰めたソコは、なんとも欲望に忠実で、最近ちっとも俺の言う事を聞かない。 「……まぁ、俺の言う事聞いてこうなってんのか」  それなら仕方ない。まぁ、反応しなくなる方が困るからな。許す。 俺はトイレの個室に入り込むと、そこから一心不乱にあられの事を思い出しながら、固くなったを扱いた。 「っはぁ」  俺のオカズはずっと原武さんだけだったのに、もう最近じゃ、原武さんの動画なんて欠片も見ていない。 ずっと、俺の頭ん中を占めるのは、あられだけだ。 早く、早く塾なんて終わらせて、あられに会いたい。 「っく」  俺は自分の手の中に吐き出された欲望を見つめながら、コンビニで俺の事を待っているだろうあられを思い、熱い溜息を吐いた。 きっと、コンビニのイートインスペースで、俺の事を考えて、俺の事だけ想って待っているに違いない。 「かわいい……」  あられのせいで、最近の俺の語彙は完全に消失してしまっていた。「かわいい」以外出てこねぇ。でも、ただただ思う。 「あられ、かわいい。挿れたい。ヤりたい。また……抱きたい」 そう、欲望の完全に詰まったその言葉に、俺はこの場所がどこであるのかも忘れて、記憶の中に居るあられを、両手で必死にたぐり寄せた。 その中で、一番直近の、最高の記憶。 これを思い出したら、もう止まれない。 --------おれぇ、これでゴウキの、いちばんになれる? --------ゴウキ、おれ、ハラムさんみたいに出来てる? --------ゴウキ、きもちい? 「っはぁぁぁぁっ!あん時のあられ、可愛かったなぁ」  早く授業に戻らねぇとヤバイのに、俺のは再び元気になってしまっていた。 「あー、ちくしょー」 仕方ないだろ。あられを初めて抱いた日の記憶だぞ。俺はこの記憶だけで、何回ヌいたか分からない。 そうだ。“初めて”は人生で一回しかない。この記憶は永久保存版だ。俺、記憶力良くて本当に良かった。でも、一つだけ後悔してる。 どうせならハメ撮りして、動画でも撮っときゃ良かった。 「っはぁっ。くっ、あられ。お前、可愛すぎ。原武さんより、お前のが可愛いっ」 先程出した精液が潤滑油になって、シゴく手が滑らかに動く。 あの日のあられは、本当に最高だった。  俺の一番になりたいなんて言って、可愛くシクシク泣きやがる。そんなあられを連れて帰った家には、俺とあられの二人きり。  そんなモン、抱くしかねぇだろ。 「っはぁ、止まんねぇ。あぁ、あられっ、あられあられあられっ。俺には、お前しか居ないっ」 十四歳。中二。思春期。ゲイ。 今まで、周囲に俺の性癖を話せるヤツなんて誰一人として居なかった。バレたら終わり。そんな気持ちで毎日生活してた。  だから、学校でも塾でも、そして家でも。いつも本当のトコロで、俺は一人だった。 -------ゴウキ、友達も、彼女もいっぱいいた。  違う。 俺はこんな性質だから、誰にも心が開けない。ゲイだってバレる訳にもいかねぇから、必死に“普通”の自分を作ってどうにか上手くやって来た。  本当の俺を曝け出せる場所なんて、自分の部屋のベッドの上。スマホの中の原武さんにだけだった。  なのに、 --------その動画!最後まで見せて!  そこに、あられ。お前が現れたんだ。  バカの癖に、ゲイでもない癖に、女が好きな癖に。俺のこんな性質に引かずに、ずっと一緒に居て、俺の事を好きだって言ってくれた。  俺の一番になりたいって言ってくれた。 「っはぁ、あられ。きもちいか?なぁ、あられ。言ってみろよ」 -------あぅっ。きもちっ、これしゅき。ゴウキのおっきいの、ぜんぶしゅき。  ハイ、最高。  正直、自分でも完全に気持ちわりぃと思う。 でも、今やってんのはオナニーじゃねぇ。セックスだ。俺は、自分の右手をあられの中だと思って、記憶の中のあられとセックスをしている。 「なんでだ?あられ。なんで、そんなに可愛い?なぁ、なぁなぁなぁ?」 -------んっ、んっ。ぁんっ!わかりゃ、なっい。おれぇ、かわいいの?  ああ、最高に可愛い。  つーか、マジで気色ワリィな、俺。でも、もう止めらんねぇんだよ。 頭ん中が全部、あられなんだよ。完全に頭がおかしくなってる。もう、四六時中あられだけだ。平気な顔して俺は最近、家でも学校でも塾でも、あられでイき散らかしている。  だって!仕方ねぇだろ! あられ、俺と原武さんの動画ばっか見てきたせいで、ヤってる時の動きから、言動から、表情から、そしてケツから! ぜぇぇぇんぶ、原武さんっぽいんだよ! --------おれも、ゴウキを気持ちよくしたい。おれも、ゴウキの舐めていい? 「はぁっっ。美味そうに舐めやがって。はぁっ、その顔。その舐め方。まんま原武さんの【絶頂二十連射】ん時の顔じゃねぇか?最高だよ、あられ」 --------っふ、ん。はぁっ。ごうき。 「キスして頬ずりって、なんだよ。お前、そんなの原武さんはしてなかっただろーが。誰に習った?天然か?あぁ、クソ。だらか、お前は可愛すぎんだよ。もう、お前が俺の最高峰だわ」 --------俺な?原武さんみたいになりたくて、自分でおしり触ったりしてたけど、ぜんぜん気持ちよくなかった。なのに、なんでゴウキが触ると、こんなにキモチ良いんだろ。 「ウソだろ。早く言えよ。つーか、一人でケツ触ってたって何だよ。自分で触ってんじゃねぇよ。全部俺にヤらせろよ」  頭がグラグラする。  まるで、永久に終わる事のないAVを見ているようで、たまらない気分だ。気持ち良いを通りこして、頭がガンガンする。  なのに、だ。 「っはぁっ、っはぁ」  俺の昂ぶりは全然止まらない。何回出しても満足いかない。 ここがどこだとか。今が何時かとか。何回イッったとか。 「あられ、あられ、あられあられっ」 もう俺には全部どうでも良かった。あられだけ、俺はあられだけ居てくれればいい。 --------ゴウキ!俺、ゴウキが一番好き! 「っく、あられっ」 キーンコーンカーンコーン。 「……あ?」  その瞬間、俺は意識を一気に現実へと引き戻された。没頭し過ぎて九十分一コマの授業時間。それを全部、オナニーに使ってしまった。 「マジかよ」  俺は精液まみれのトイレに茫然と立ち尽くすと、ともかく早いところホンモノのあられに会いに行くべく―― 「あーーーっ。また、ヤっちまった」  トイレ掃除から始めたのであった。         〇 「あっ!ゴウキだ!」  俺はひとしきり塾の便所の掃除を終えると、コンビニで俺の事を待つあられの元へと向かった。 そこには、もちろん妄想よりも実物が一番。俺の可愛い可愛いあられが居た。 「お前さぁ。千円渡してんだから、もっとちゃんとしたモン買って食ってろよ」 「ん?俺、ブラックサンダーも好きだよ!安くて美味しいし!」  そう言って渡したお金の殆どを返してくるあられに、俺は軽く溜息を吐いた。 あられの家は貧乏だ。だからなのか何なのか。いくら金を渡しても数十円の菓子だけしか買わない。 もったいないとか何とか言って。  そんで、ひたすらコンビニのイートインスペースに腰かけて俺を待っている。しかも、食べ終わったら席を立たなきゃいけないと思ってるからだろう。 あの小さな菓子を九十分間、ちょびちょび食べながら、ひたすら俺を待ち続けるのだ。 あ?何でそんな事俺が知ってるかって? 「あられ、痩せすぎ。もっと食え。次からは最低でも五百円以上は使えよ」 「えぇっ!?五百円も!そんなのもったいないよ!」  一回、塾サボって、ずっと外からあられの事を見ていたからだ。気色ワリィな、おい。マジでキメェよ、俺。 そして、あられは可愛い。 「ダメだ。約束しろ」 「……うぅ、わかった。がんばる」 「おう、ガンバレ」  俺があられの頭を撫でてやりながら言うと、あられはくすぐったそうに笑って「うん」と再び頷いた。あられは俺に頭を撫でられるのが好きだ。  そして、俺はあられの体なら、どこを触るのも好きだ。いつも触っていたい。 「……あれ?ゴウキ」 「ん?」 「塾で何か良い事あった?スゴく嬉しそう」 「あ、あー。なんか、スゲェ勉強捗って」  嘘だ。 なにしろ、俺はは一分も授業に出ていない。捗ったのは勉強ではなく、オナニーだ。 「そっかぁ!ゴウキ、頭良いもんな!」 「あられよりはな」 「うん!俺より頭良い!」  嘘だ。 俺はバカだ。もう、とっくにイカれてる。あられバカになってる。多分そろそろ、ぶっ壊れる頃だろう。でもいい。それはそれで最高じゃねぇか。 「じゃ、行こうぜ。あられ」 「うん!公園?」 「今日は俺ん家」 「ゴウキん家!今日は何する?楽しみだなー!」 「……ナニすっかなぁ」  俺は、先程死ぬ程イったにも関わらず、下半身が熱くなるのを全く止められなかった。なにせ、今日は“あの日”以来初めての、 「あられ。俺は買うモンあっから。先に外で待ってろ」 「うん!分かった!」  親の居ない、金曜日の夜だ。  俺はコンビニの棚からコンドームの箱を手に取ると、意気揚々とレジに並んだのだった。 おわり

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