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第8話

「大誠さん、家に帰らなかったの?」 千輝が店でバタバタと準備をしていた時、何度か十和田からメッセージをもらっていた。 千輝は店で準備をしていると伝えていたが、そのメッセージを見て来てくれたのかと少し嬉しくなる。 「俺がもう帰るって送ったメッセージ見てないのか?」 あっ、と思いエプロンのポケットからスマホを出してみるとメッセージと一緒に何度か着信も入っていた。 「ごめんなさい。忙しくてバタバタしてて…」 「店が出来上がったか。よかったな。いつオープンするんだ?」 十和田が店の中を見渡しながら千輝に聞いていた。 「あっ、知ってる。十和田大誠だ!簾、ミステリー作家の十和田大誠だよ。雑誌で見たことある」 暁斗が小声で簾に話しかけた声が聞こえた。 「一緒に働く子?だよな。二人ともそう?初めまして」 十和田がニヤッと笑い挨拶をすると、二人ともぺこりと頭を下げて挨拶を交わす。 「ね、ね、千輝さん知り合いなの?すごい!俺ファンだよ。爆破シリーズ読んでるもん」と、暁斗が十和田の代表作を興奮気味に千輝に伝えている。 「おっ、ありがとうな」と機嫌よく十和田は答えていた。 電車で帰らなくてよくなった四人で、急遽オープン記念として前夜祭をすることにした。 アルコールは無いけど、試作品として作った料理はある。少しずつ十和田に出して食べてもらった。 「へえ…そんで、大誠さんと千輝さんは今一緒に暮らしてるんですね。なるほど」 もぐもぐとつまみながら暁斗が答えている。 十和田が掻い摘んで二人に経緯を説明している。元彼に金を騙し取られたとは言わず、ちょっとしたアクシデントで一時的に銀行に凍結された為、十和田がその間面倒を見ていると言ってくれていた。 千輝には無神経な発言をいつもしている十和田だが、簾と暁斗には千輝の失態を知られないように配慮しているのがわかる。 十和田は、スーツの上着を脱ぎ、くだけた格好になっているが、それでも十分カッコいい。普段と違いからかもしれない。 「これと、これは千輝が作ったよな?こっちは違う…簾が作ったのか?」 「すごい…よくわかりますね。そうです、こっちは俺が作ったものです。ダメですかね」 簾がびっくりした顔で答えている。試作品を食べている十和田は、初めて食べたものでも千輝が作ったものはわかるらしい。 「どっちも美味しいよ。俺は千輝の味がわかるってだけだよ」 へえ、と二人は感心した顔をしていた。 それを聞いて千輝も驚く。いつも何も言わずに食べていた十和田から、そんなことを言われて胸に嬉しさが広がる。 十和田は外に停まっていたバイクを指差して、あれ誰の?と聞いた。 「あ、あれ俺のです」 「ちょっと見せて」 簾のバイクを見に二人は外に出て行った。 「ね、ね、十和田大誠ってイメージ違う!もっとおっかない人かと思ってた。昔、雑誌の対談記事を読んだことあるけど、その時はずっと不機嫌な感じが文字に出てたよ。あんな感じに料理を褒めるなんて思えないよ。それにさ、でっかくてカッコいいよね!渋いってやつ?」 暁斗がまだ興奮気味に千輝の腕を鷲掴みにして、十和田の話をしている。 「暁斗くん、ミステリー小説読んでるんだね。大誠さんの本ってちょっと過激なところがあって怖いけど面白いよね。トリックが凄いし」 「そうなんですよ!バイオレンス要素があるし。俺、トリックのところ読むの大好きだもん」 暁斗と二人で十和田の話で盛り上がっていたところに外でバイクを見ていた二人が戻ってきた。 「マジで?大誠さん太っ腹!いいの?」 簾が興奮して十和田と話をしながら席に着く。バイクを通じてすっかり仲良くなっているようだ。 「ああ、多分大丈夫だと思うぞ。今度持ってくるからやってみろよ。あのパーツだと上手くいくと思うんだよな」 十和田は何やら考えながら話をしている。 なになにと、暁斗と千輝は二人の話に入っていくがバイクの部品のことなのでよくわからない。 十和田が持っているバイクのパーツが、簾のバイクにも合うはずだから「やるよ」と言ってくれたそうだ。 それは簾が欲しくて探しているものだと言っていた。 「大誠さんのバイク見たいですよ。音、響く?三拍子でしょ?大誠さんだと似合うと思うな…マジで羨ましいっすよ」 いつも冷静な簾が興奮して話をしているのを千輝は初めて見る。 千輝と暁斗にはよくわからない会話をしているが、二人の共通点であるバイクの話で盛り上がっているので、見ているこっちも楽しくなってくる。 なんだかんだで暁斗も簾も十和田とは仲良くなり、夜遅くまで会話が続いた。 「すっかり遅くなっちゃったから、明日は昼過ぎに集合しよう。最終チェックして明後日からのプレオープン頑張ろうね」 千輝の合図でこの場はお開きとなった。 外に出たところで簾がバイクを運転し、後ろに暁斗を乗せて帰って行く。 簾はバイクにまたがったまま、また十和田とバイクの話を続けていたので暁斗に「早くしろよ」とヘルメット越しに頭突きを食らっていて、それを見た十和田と千輝はゲラゲラと笑った。 賑やかだった二人と別れて、十和田と千輝は歩きながら帰ることになる。人通りもなく静かな夜だった。 駅前を通り住宅街へ登る坂道で、ちょっと肌寒くなってきたなと感じる。季節は夏から秋に変わっていた。 「少し寒くなってきましたね」 「そうだな。涼しくて俺にはいいけどな」 「もうビーチサンダルじゃ寒いかもしれませんよ?」 「えーっ、俺は一年中ビーサンだよ?」 夜遅く誰もいない坂道で二人はクスクスと笑い合い、たわいもない会話を繰り返している。 左手を十和田が差し出してきたので、千輝は不思議に思い首を傾げた。 「どうした?」 何故、左手を差し出したのかと聞く千輝に、坂道だからだろ?と答えが届く。 千輝の手を握り、機嫌良くそのまま手を繋いで十和田は坂道を上がって行く。相変わらず十和田の行動はわからない時があるが、手を繋いで歩くのは心がキュッとして嬉しい。 毎日歩いている坂道が、もう少し長く続けばいいのにと思ってしまう。 「あっ、この木ってあれですよ。なんだっけ?名前が出てこない…綺麗な黄色い花が咲くんですよね冬に。僕、好きなんですよ。この木に咲く花が」 坂の途中にある木を指して千輝は十和田に話しかけた。 「知らん。なんだ?そりゃ」 十和田らしい答えにクスッと笑う。 もう少しこのままでいたい。 千輝はゆっくり歩き話し始める。十和田も何となく歩幅を合わせてくれて、ゆっくりと歩いてくれている。 繋いだ手を眺めた。 大きな手だった。

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