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第1話

「ちょっとレム!はやく!」 「ユウ、お前早いって......そんな急がなくてもゲームは逃げねぇ......」 「俺は少しでも急ぎたいのよ!」 「はいはい分かったから......」  レムと呼ばれる男、向井玲夢は少し遠くで腕を組んで自分を待つ男をチラリと見て大きく息を吐いた。彼の名前は風見悠。同じ大学の同級生である。  同じ高校から共に大学に入学し、テニスサークルに入った2人。どこに行くにもいつも一緒、周りからもセット扱いされる程の仲の良さ。そんなこんなで充実した日々を送っていた。 「あぁ〜こんなことしてる間に俺が欲しいの売り切れるかもしれないなぁ......」 「ッ分かったって!急げば良いんでしょ!」 「おっ」  そして彼らの共通の楽しみはゲームをすることだ。今日の2人の目的地は中古ゲーム店。なかなか手に入らないレアなソフトが入荷したと聞き、講義を終えて急いで向かっているところであった。  自分より背の高いユウの歩幅に負けないように大股で歩き出したレム。それを見たユウはクスリと笑って、それから彼の後ろを着いて歩く。 「やばい、手に入った。これはやばい。やばい」 「レムの語彙力が」 「どうしようついに手に入っちゃった......」  無事に店に到着し、まだ残っていたゲーム機ソフトを手に入れた2人。少々値が張るが割り勘して購入したそれを、レムはじっと見つめて瞳を輝かせていた。  ユウが欲しがっているように見えたこのソフト、実はレムの方が昔からずっと探していたものである。売り切れていた時にガッカリしたくないと抑えていた気持ちが、手に入ったと同時に溢れ出していた。 「ふふ、レムってそういう可愛いとこあるよなぁ」 「はぁ?可愛くねぇしボケカス」 「あのさ、俺にだけ辛辣なのどうにかなんない?」  レムとユウは同じアパートで一人暮らし中。いつも互いの部屋に入り浸っては、課題をしたりゲームをしたり。今日はこの後、このままユウの家に泊まって夜通しこのゲームをするのだ。  家に向かって歩き出してもずっとパッケージを見つめたままのレム。ユウはそっと彼の肩に手を添えて、車や自転車にぶつかる事がないよう警戒している。 「レム〜?鞄に入れとかないと落とすよ?」 「お前よりしっかりしてるから俺」 「うーん貶されたけど否定はできない!」 「......まぁでも確かに危ないからな」  そう言って立ち止まったレムは、肩に掛けていた鞄を下ろして、傷つけないよう優しくゲームソフトを仕舞った。 「おし、これでおっけ」 「タオルの間に挟むの天才の所業」 「だろ」  ふふんと鼻を鳴らして、再び鞄を掴んで立ち上がろうとしたレム。しかし、その手は何故か空を切る。  何事かと顔を上げた先には、自分の鞄を持って走っていく男の姿が。 「え"」 「は!?ちょ、俺追いかける」 「ユウ!?待って、えっどうしよ」  それだけ言い残して走り出したユウ。一般大学生の鞄の中なんて、金目のものは何もないのに何故。そう思うが、今あの鞄の中には先程買ったカセットがあるので、自分達にとっては一大事だ。  パニックになりながらも、取り敢えずユウを追いかける事にしたレム。逃げる犯人とそれを追うユウを追いかけ続けていると、橋に差しかかった所で此方を振り向いた男。 「おい!それ返せ、」 「え、うそ」  ユウが男に詰め寄ると同時に、何を血迷ったのか、男は橋の上から鞄を投げ捨てた。高く空に舞い上がった鞄。身を乗り出して掴もうとしたユウだったが、その手は空を切りバランスを崩す。 「ぅわ」 「ユウ!!!」  ヤバい、という顔をしたユウだったが、時すでに遅し。ずるりと手摺から滑り落ちた身体。ようやく追いついたレムは慌てて川に落ちそうな彼の手を掴むが、勢いに耐えきれず2人揃って真っ逆さま。  この橋の高さってどれくらいだっけ。死ぬ高さではなかったよな、取り敢えず息は止めないと、目も瞑っとかないと。  やけに冷静な脳。浮遊感を感じながらレムが目を瞑ると、不意に意識が薄れる。遠くでユウが自分を呼んでいるような気がした。 「ぅ......ん?」  気を失ったレムが目覚めると、視界には青空が広がっていた。目を擦って起き上がると、そこは大きな建物に囲まれていた。木や花壇、ベンチなんかがあるあたり、どうも中庭らしい。  辺りを見回すと突然、背後から聞こえた呻き声にレムは肩を揺らす。 「ユウ!?」  もしかして、と声の主の方を見れば見慣れぬ黒髪。何やら苦しそうに眉を顰めているが、それでも異常なほどに整った顔。 「え......うそ」  レムは自分の見ているものが信じられず目を擦る。なんと言ってもそこにいたのはユウ。しかし、ユウはユウでも、彼は紛れもなく以前プレイしたゲームの世界の『ユウ・ベルテ』だ。 「夢......か。そうだよな!はは、まさかそんな!」  ズキズキと痛む頭と腰を無視して、レムは1人頷く。自分が着ている服がゲーム内の物と全く同じで、夢にしてはやけに現実感があるように思えることもきっと気のせいだ。  うるさい心臓をどうにか押さえつけていると、さっきから視界に入っていた彼が僅かに目を開いた。視線が交わると同時に、男は瞳を見開いた。 「......え、レムだ。なにこれ、夢?あぁ夢か、俺さっき川に落ちたもんな。ん?まさか死んだ?」  むくりと起き上がってレムに近づくと、顔をペタペタと触り始めた彼。あまりにもリアルなその感触にゾッとして、顔を背けるレム。 「どうしよ。これマジで『Magic symphony』の中?俺、まさかレムに転生したとか......いやでも......」  何が起こっているのか理解しようと、レムは独りごつ。  『Magic symphony』というのはよくある西洋風の学園系乙女ゲームだ。舞台は魔法が衰退した世界。名残りとして人々にはマジックと呼ばれる特別な能力が一つだけ備わっているらしい。勿論その能力は生涯開花しない者も、生まれつき使える者もいる。  登場人物たちは皆、高貴な生まれで主人公はミイナという白髪ウェーブが美しい女性。彼女に秘められていると噂のマジックを求め、多くの生徒が詰め寄るというストーリーだ。 「えっレム!?もしかして向井!?ちょ、俺!俺、ユウ!」 「はっ?」  ガシリと肩を掴まれ、目を点にするレム。そりゃお前はユウだろう。見れば分かる。  ふわふわの黒髪と赤い瞳は公爵家の息子であり、このゲームの中では珍しい生粋の悪役。確か、どう頑張っても死亡ルートしかないとかで、世間の女子が嘆いていた。  でも彼は今、自分の事を向井と呼んだ。俄には信じがたいが、いくら鈍感でもこれが意味する事ぐらい分かる。 「......お前ほんとにユウ?」 「ほんとだって!ほ、ほら何か質問してみな!?」 「じゃあ......俺の嫌いなものなーんだ」 「おばけと生卵」 「ぶっぶー。正解はお前」 「こんな時までふざけるんじゃありません!」  両手で此方の頬を潰してくる彼に思わず笑う。今ので確信した。彼は自分のよく知っているユウ、風見悠だ。  そして分かったことがもう一つ。俺は今、このゲームの中の攻略対象の一人、レム・ポリアナになっている。  レム・ポリアナというのはユウの執事。華奢な体に明るい茶髪、そして可愛らしい顔立ち。ユウに虐められる可哀想な役だが、その優しく少し控えめな性格と、持ち前のビジュアルからとても人気が高い。 「やっぱりあれだよ!異世界転生!」 「んなこと信じられるか。あんなのファンタジーだろ」 「この状況で!?」  互いがユウとレムである事を確信し、安心すると共に絶望が襲い掛かる。なんと言っても転生先は残念ながら、自分達と同じ名前のキャラがいると盛り上がって買った乙女ゲームの世界。  しかもユウは悪役として殺される予定の王子で、レムが攻略対象の執事だ。シナリオではレムたちの策略でユウが死に導かれたり、追放されたりと散々な目に遭う。 「お前俺に殺されるかも......」 「いやメグルはそんなことしないでしょ」 「......」 「ねぇちょっと!なんか言ってよ!怖っ!」  いつも通りの会話のテンポに落ち着きを取り戻しつつ記憶を辿り、恐らくここはユウの屋敷の中庭だという結論に落ち着いた。  偶然周りに誰もいないのを良いことにそのまま2人は、ゲームの設定やシナリオを振り返る。 「つまり俺はお前が殺されないようにしなきゃいけない、と」 「俺も気をつけないと......で、レムは攻略対象だもんなぁ」 「ふふ、ハーレム待ったなし」 「この薄情者!!」  俺のレムを渡すかー!と何故か抱きついてきたユウを受け止めるレム。  大体の流れは把握できるが、問題はゲーム内でも明かされなかったマジックの数々。自分たちのマジックも分からないのはかなり痛手だ。  しかし悩んでばかりもいられない。まずは危険要素になるものを潰していかないとユウが危ない。 「最初のフラグは、マリーとユウが婚約する場面じゃね?」 「あー、確かにアレと婚約したのが破滅の始まりだからなぁ」 「じゃあ一旦俺たちの目標は......」  真剣に話し合っていた二人だったが、その穏やかな時間は突然崩れ去ることになる。  俯いていた顔を上げたレムは、ユウの背後に立つ男に気がついて目を見開いた。後ろ、と声をかける前に強い衝撃が走る体。 「は......レム!?」 「ッごほ、......ぅ"、けほっ」 蹴り飛ばされ後ろに転がったレムに慌てて駆け寄るユウ。突然の衝撃に咳き込むレムの前に、ユウが立ちふさがると男は怪訝な顔をする。 「ユウ様、役立たずがまたご無礼を働きましたか?私におっしゃって頂ければ直ぐに立ち去らせましたのに」 「は?お前、何を......」  痛む腹を抑えて自分を蹴り飛ばした男を見るレム。どうやら彼はユウの執事の1人のようだった。  レムは半ば放心状態ながらも、状況をまずいと読み間に割って入る。なんたって原作のレムは、ユウに酷く嫌われ貶されている。それなのに急に彼が自分の肩を持ち始めたら変に思われるに違いない。 「ッユウ、様」 「へっ?......ぁ」  怪訝な顔をしたユウだったが、彼の目線から瞬時に彼の意図するところを読み取ったユウ。キュッと唇を結んでから息を吐いた彼は、何事もなかったように男の方を見る。 「......あぁ、別に。俺が教育してあげてただけだから。で、何か用?」  直ぐに態度を変えたユウに感心しながらも、静かに息を潜めて話を聞くレム。どうやら今日行われる会合の予定を伝えに来たようだ。 「優秀な者を同行させましょう。......ソレは邪魔になるだけでしょうから」  ちらりと向けられた冷たい視線に、レムはびくりと肩を揺らす。いつもお付きである筈のレムは会合には連れて行かず、別の人を用意するとのこと。  流石は虐められキャラ、といったところだが。しかしこの会合は恐らく、回想シーンにあるユウとマリーの婚約が決まる場面であり、どうにかして2人で参加しておきたい。  レムが必死に何とかしろと伝えてくるのを横目に、ユウは脳内で策を立てる。キャラの性格をそのままにということは、レムを貶すことになるのだ。一瞬躊躇ったが、これも彼の為と意を決して口を開いたユウ。 「コレがいれば俺が際立つし、いい恥さらしにもなるでしょ。……連れていくけど文句ないよね」  蔑むような目でレムを見て口角を上げる様子は、正しく「ユウ」そのもので驚きつつも、メグルも態と俯き目を伏せる。有無を言わさぬ口調に男も了承したのか、恭しく礼をして去っていく。  上手く機転を利かせた彼に、感心したレム。ユウを褒めようと顔を上げたが、体に何かがぶつかる衝撃と共に彼の姿が目の前から消える。 「ごめ、マジでごめんレム......お、俺死んだほうがいい?」 「は?」 「泣かせちゃった、俺もうダメ、死ぬ」 「ばぁか泣いてねぇよ」  抱きつかれたのだと気づいたレムは、軽く彼の背中を叩く。男がいなくなった瞬間泣きそうな顔をして、謝り倒すユウを見て苦笑する。さっきの気概はどこにいった。

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