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第1話

「湊……」 「…………」 「頼む、もう限界だ……」 「…………ダメ」 ふかふかなラグマットの上に座る俺を後ろから抱きしめて、背中にぐりぐりと頭を押しつけてくる彰良。その体勢のまま俺に懇願してくる声は弱弱しい。いつもならその声に負けて許していたけど、今回ばかりは簡単に許すわけにはいかない。頑張れ俺! 「いくら彰良がしょぼくれた大型犬みたいに可愛くしても、俺は許すつもりはないから!今回は本当に怒ってるの!」 「この前は本当に悪かった……! まさか俺もあそこまで酔うとは思わなかったんだ」 「でもいくらなんでもあれは酷いよ! 俺がどれだけ大変な目にあったか覚えてる⁉」 夜ご飯は食べれなかったし! すっごい中途半端な所で寝落ちされるし! お尻を枕にされるし‼ 思い出すだけで腹が立ってきた。 ――あれは先週の金曜日のことだった。仕事が修羅場ってしまった彰良は、一週間それはもう頑張った。自分の疲れ具合が分からないくらいには頑張ってしまったのだ。その状態でお酒を大量に飲んだ彰良は、絡み酒を発動してしまい――俺はとんでもない目に遭ってしまったんだ……。 「……なんとなく覚えてる、気がする。やたらと枕が良い弾力だったなって思ったのは覚えてるんだが」 「そんなことは覚えてなくていい‼ とにかく! 俺はまだ怒ってるの!」 俺のお尻を枕にした感想だなんてどうでもいい! 「だから悪かったってば……。ちゃんと反省してる。その証拠に、ちゃんと先週分も含めて二週間禁欲生活してるだろ」 「先週の分は知らない!」 「湊……」 事件が起きた次の日の朝。俺のお尻を枕にした気持ち良い眠りから目が覚めた彰良が最初に見たのは、彰良を睨みつける俺の激怒した顔だった。俺にした数々の所業だけでも許しがたいのに、酔っていた間のことを彰良は覚えておらず、俺は今までに無い程キレた。一週間の禁欲生活を彰良に命じたのだ。仕事に忙殺された先週分も含めれば、二週間の禁欲になるわけだけど、この程度で許していいのか迷うところだ。 「なぁ、湊……」 ぽすっと肩に彰良の顎が乗せられる。うっ、可愛い……。でも負けない! 俺は後ろから伝わってくる無言の主張を無視して、テレビのリモコンを手に取った。彰良の存在を忘れるために、録画して溜まっていた映画を観ることにする。選んだのは感動の名作と有名になった犬の映画。知らぬ間に泣いてたって裕也が言っていて、ずっと気になってたやつ。感動系ならその気にもならないだろうっていう打算もあるけど。 「湊、映画見るくらいなら俺とヤッてくれ」 ついに直接的な誘いになった大型犬はまだ構ってやらない。これはお仕置きなんだから。 とりあえず、この映画が終わるまでは放っておこう。 「…………」 「ひゃっ⁉」 始まってすぐ、主人公とその飼い犬ジョンが出会うシーン。まだ子犬であるジョンに癒されていると、項をぺろっと舐められた。不意打ちの刺激に思わず声が出る。本当なら振り返って文句の一つでも言いたいところだけど、ここで反応すると余計に調子に乗りそうだ。 「ぅぐッ⁉」 ぺろぺろと舐めまくってくる駄犬に無言で肘鉄を食らわせてやった。しばらく悶えてろ。俺はふんっと鼻を鳴らして、CMを早送りした。 『ジョン! ジョン‼』 「し、死ぬなぁ! ジョンー‼」 映画を観始めてから一時間半。本編百二十分程の映画は、一番の盛り上がりを見せていた。 彰良は相変わらず俺を後ろから抱きしめているが、大人しくしている。しばらくはCMが入る度に腰を撫でられたり服に手を突っ込まれたりと妨害を受けた。でもそれに対して肘鉄や頭突き、手を抓ったりすることで撃退。開始三十分が経った頃には、無事に映画に没頭することができたのだ。そして俺は感動によって完全に彰良のことを忘れてしまっていた――。 「えっ、ここでCMは大罪だろ!」 本当に良いところでCMが入り、早く続きが観たい俺はCMを早送りしようとリモコンに手を伸ばした。しかし、隣に置いていたはずのリモコンが無い。 「あれ?」 右を見て左を見るが、どこにも無い。そして後ろを振り向こうとして、ようやく俺は彰良の存在を思い出した。もう完全に背もたれクッションと化していた彰良を見ると、その手には探していたリモコンがあった。 「もー、彰良何するの」 早く返してと、リモコンを取り返そうとした手を掴まれる。そこで俺は思い出した。そういえば、彰良のこと無視してたんだった……。めちゃくちゃ普通に話しちゃったぞ。 どうしようと焦る俺を余所に、彰良はテレビを消した。流れていたCMの声が聞こえ無くなったことでそれに気が付いた俺は、またしても普通に怒ってしまっていた。 「あ! ちょ、今めちゃくちゃ良いところだったのに‼」 「…………」 怒る俺に彰良は無言を返して立ち上がった……と思ったら、そのまま流れるように抱き上げられた。突然のことに声を上げる俺を無視して彰良が向かったのは、寝室。朝抜け出たままのベッドの上に下ろされる。 「あ、彰良……?」 「湊、俺は十分我慢したよな?」 「ひっ⁉」 服を脱ぎながら上に圧し掛かって来た彰良の目は据わっていて、ただ隠し切れない欲情だけが俺を貫いていた――。 「ひっ、あ……あぅ、ひゃあ……!」 「ん……」 「あ……うっ、ひ、あ……ぅあッ、同時は、っ……ああッ‼」 彰良の指が二本、好き勝手に俺の中を搔き回している。性急に、しかし丁寧に解されているそこは、久しぶりだというのにもう十分すぎるほどに蕩けていて、気持ちがいい箇所を抉られる度にキュウっと締め付けては彰良の指に媚びている。それだけでも頭がおかしくなりそうな程の快感が襲ってきているのに、彰良は先走りを零す俺の中心を咥えて、熱い口内と舌で俺を快楽責めしてきて――もう、何がなんだか分からない……。 「も、ダメぇ! イ、くっ、でちゃうからぁッ! 口、放し……あぁんッ⁉」 達しそうになったから彰良の頭を押して放そうとしたのに、逆に強く吸い付かれる羽目になり……不意打ちのように急激に押し寄せてくる絶頂の波に抗えず、彰良の口の中で果ててしまった。ギュウっと後孔が収縮し、彰良の指をギュウっと強く締め付ける。コクっと飲み込む音がして、彰良が俺が出したものを飲んだことが分かったけど、非難する元気もない程の快感だった。 「ん……濃いな。お前もしてなかったんだな」 「うぅ……え、ひゃッ⁉」 絶頂後の倦怠感を感じる間もなく、俺の中心から口を離した彰良は挿入していた指を増やして絶頂の余韻にひくつく俺の中を広げるように回すと、ぽてっと膨らんだ縁に曲げた指先を引っかけるように抜いた。その刺激で跳ねる身体を抑えつけるように圧し掛かって来た彰良は、強引だった前戯とは裏腹に優しい手つきで俺の頬を軽く叩いた。 「湊、大丈夫か」 「んぇ……? あ、きら……もうむりぃ」 「まだ俺がイってない。それと、ちゃんとした意識があるうちに言っておくが」 「ぅえ……? ひっ⁉ や、今ダメ! ひぅ、あっ、あ、んんん――っ‼」 「俺が満足するまで、終わらせないからな」 両足のふくらはぎを持たれてグイっと折り曲げられたと思えば、愛撫によって蜜壺と化した無防備な後孔に限界まで滾った怒張が突き入れられた。 「――――ッ‼」 前立腺や擦り上げて奥まで勢いよく侵入してきた熱の塊は、結腸口の手前で止まった。じくじくと疼く下腹部が、勝手に彰良のペニスを締め付けて刺激してしまう。それに触発されたように、奥まで自身を納めて息をついていた彰良が動き始めた。 「ひぅ! あっ、あ、んやっ、ああッ、は、ぁう、ン――‼」 「はっ……ん、ぐ……」 まるでオナホを使っているかのように、熱くうねる俺の中を無遠慮に暴かれる。肌がぶつかり合う音と、抑えることを忘れた俺の嬌声。そして余裕のない彰良の呻き。 真昼間だというのに、この寝室だけは真夜中みたいだ。俺たちを照らす窓から入る陽光に、背徳感を感じてしまう。 「はっ、湊……もっと締めろ」 「やぁッ! ち、くび舐めちゃダメぇ……! あっ、抓らなッ……あぅ!」 ピンと立っていた胸の頂を舐められる。膝は肩につきそうなほど折り曲げられて、若干苦しい。それに腰もぐいぐいと押しつけてくるから、より深くに彰良のモノが入ってくる。下から与えられる快楽と、上から与えられる快楽で脳がシュートしそうだ。 ほんのり色づいていた乳首は、舐められたり抓られたりしている間にすっかり真っ赤になってしまった。弄られすぎて若干大きくなった気がする乳首を、喘ぎながらも眺めることしかできない。 散々抓られてジンジンする乳首の片方を、今度は唾液をたっぷり絡んだ赤い舌が覆う。先端の窪みを舌先で抉るようにちろちろと舐められたと思えば、根本をがじがじと甘噛みされ、労わるようにねっとりと舐め回される。 もう片方は弾かれたり、摘ままれてこりこりと弄られる。少し痛いくらいの刺激にツンと尖った先端を爪の先で引っかかれると、甘い痺れが腰の奥にまで響いてしまう。 「あきらぁ……! も、ああっ……イッちゃ、う……んんッ、あああぁ……‼」 「もう、少し……っ! 我慢しろっ!」 「ひゃぁッ⁉」 ぐずぐずに蕩けた腹の奥を捏ねくり回されて、全身をビクつかせながらも迫る絶頂に声を上げる。しかし、彰良は限界まで起ちあがっていた俺自身を不意に掴むと、雁首を指で作った輪で締め付けてきた。解放されない焦燥感に俺は自身を戒める手を外そうとするけれど、もう片方の彰良の手で両手ごと抑えつけられてしまった。 「んぁっ……あぅ……イキたいっ……放し、て、あッん‼」 「ぅ、く……一緒に……ッ」 「ひっ、あっ……く、ぁン……はっ、は……あぁああ‼」 先ほどまでの動きとは明らかに違う俺の最奥を容赦なく穿つ荒々しい腰使いに、俺の腰も勝手に動いて同調する。吐精を封じられた陰茎は解放を待ちわびて震え、吐精を伴わない甘い絶頂を繰り返している。脊髄を駆け上がる快楽が、理性を根こそぎ奪っていく。 「湊っ……!」 「あ、きらぁ、っ……ああぁああああッ――‼」 ちかちかと脳内に星が飛んだような絶頂。熱い快楽の証が注がれて濡れる体内。息をすることもできないくらいの快感の中、俺は彰良に抱き着き、その背中に無意識に爪を立てていた。その痛みに顔を歪めている彰良を、射精後のぼんやりとした意識の中で見つめていると、今の俺には強すぎる刺激が中心に走った。 「ひゃあッ、んっ‼」 「まだ、終わりじゃねぇぞ」 う、嘘…………。 前をゆるゆると手で扱かれて起ちあがる陰茎。そして俺の中に埋まったままの彰良のソレがまた硬く育っていくのを感じて、俺は絶望した。 「あああぁああんんんん――‼」 「二週間分っ、キッチリ満足させてもらうからな‼」 再び腰を掴まれ再開される抽挿に、俺の身体は無意識に逃げをうつ。しかしそれを彰良は許すはずもなく、顔の横に両手を縫い留める形で固定され、無理ヤだ止めてを繰り返す口は呼吸を奪う程の激しい口づけで塞がれてしまった。 「んんっ! んぅ……んぁっ、ん!」 口内でめちゃくちゃに暴れる舌は、それでも的確に俺の感じる箇所を責めたてる。一番弱い上顎を舌先でちろちろと舐められ、奥に引っ込んでしまった俺の舌を絡めとられて引っ張り出されると、俺はもうとろとろに蕩けてしまう。 「はっ、はあッ、う、ああッ、んん……」 快感で蕩けてしまってしまう思考の隅で、俺はこれだけは忘れないと誓った。 (もうっ、エッチ禁止令はしない‼) 「湊、湊……」 「…………」 「また襲われたいのか?」 「っ……ぢがう‼」 「ははっ。酷い声だな」 誰のせいだ‼ そう叫びたいのに、喉が潰れてしまっていて出来ないことにイライラする。 彰良は宣言通り、満足するまで俺を抱いた。今はもう夜だ。夕日が沈むのを抱かれながら見たよ! 「ほら、リンゴ擦って来た」 「……だべざぜで」 「んんっ……分かった」 また笑った。彰良のせいなのに、笑うなんて酷くないか? 俺は腹立たしいことを表現するために、ベッドの縁に座っている彰良に枕をぶつけた。 「こら、危ないだろ」 「ゔるざい!」 「はいはい、俺が悪かった。ほら、零れるから大人しく口開けろ」 むうっと眉間に皺を寄せて睨んでみても、彰良は面白そうに笑うだけ。仕方なく、差し出されたスプーンに乗っている擦り潰されたリンゴを口に入れる。冷たいシャリっとした触感が、熱く腫れた喉を癒す。その気持ち良さに、思わず頬が緩んでしまった。 「美味しいか?」 「ん。もっど」 「はいはい」 ぱかっと口を開けて、スプーンが差し出されるのを待つ。それを数回繰り返してリンゴが無くなったら、蜂蜜レモンののど飴を口に放り込まれた。甘酸っぱい味が口いっぱいに広がって、唾液が分泌される。それを飲み込む度に溶けた飴のねっとりとした感触が喉に張り付いて、擦り切れた神経が覆われるような気がした。 「どうだ? マシになったか?」 「んー……ん。少し」 「そうか」 放す声に濁音が無くなったことから俺の喉が少しだけ改善されたことが分かり、ほっとしたようなため息を漏らした彰良を、俺は睨みつけた。 「彰良が激しすぎたのが悪い」 「もとはと言えば、お前が二週間も我慢させたのが悪い」 「俺は先週のこともまだ許してない!」 「だから、あれは悪かったって言ってるだろ」 「俺がどんだけ辛かったか分からせてやろうと思ったのにー!」 「はいはい。十分身を持って分かりました」 「俺を犠牲にしてだろ! げほっ!」 ヒートアップする言い争いは、俺の喉が限界を迎えたことで強制終了させられた。ころころと口の中で飴を転がしながらもごもごと声にならない恨み言を訴える俺に、彰良は苦笑した。 「お前の好きなビーフシチュー、作ってやるから機嫌直せ」 「……お肉、とろとろになるまで煮込んで」 「分かった。他にして欲しいことは?」 「……さっきの映画、最初から最後まで一緒に観て。ぎゅって後ろから抱きしめてくれないとダメだよ。俺専用のソファなんだからね!」 「我慢できなくなったらしていい?」 「ダメに決まってるでしょ!」 分かった分かったと笑う彰良に、俺はもう一度枕をぶつけたのだった。

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