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20、暗闇

 目が覚めると、俺は暗く湿った場所にいた。  しかも身体が動かないし、身体のそここに濡れたような感覚がある。何かに締め付けられ、そこからちりちりと痺れるような何かが流し込まれているような……。  ——あれ……俺、朝、黒波のこと起こして……。朝ごはん、一緒に作ったりして……なんか、恋人みたいだなって……思ってた……よな?  幸せな目覚めだったはずだ。黒波と身体を繋げて、気持ちよくて幸せで、安らいだ気持ちのまま、黒波とずっと一緒にいられるんだな……なんて、思って……。  油断したらふわふわと空へ浮き上がってしまいそうなほどに軽い心を身体に繋ぎ止め、俺は確かに大学へ向かったはず。  黒波と身も心も通じたような感覚だった。  すごく幸せで、自転車のペダルを漕ぐ足もすごく軽くて、まるで雲の上を走ってるような感じがした。めずらしく鼻歌なんか口ずさんで、今日帰ったら何しようとか……ドキドキしながら道路を走っていたはずだった。  だけど……そこからの記憶がない。  ——なにがあった。どうして俺は、こんな暗いところにいるんだ……? ひょっとして、これまでの全部が夢だった、とか……?  そう思うとゾッとする。黒波と出会ってから始まった新たな物語が、すべて俺の妄想だったのか?  本当は十歳の頃からずっとこの暗い洞穴に囚われていて、そこで夢をみていただけだったのか……?  降って沸いた不穏な想像に、俺の不安はマックスまで高まった。はぁ、はぁ、と呼吸が荒くなり、身動きの取れない身体を必死で捩り、パニックになりながらうめき声をあげ続けた。  すると、ぬる……ぺちゃ……と、湿った音が俺の鼓膜を震わせた。どこか聞き覚えのある音だ。おぞましくて、恐怖を煽る邪悪な音。そして……。 「ひっ……」  ヌルリ……と、俺の頬を何かが撫ぜた。ぞわそわと全身を粟立たせるこの感覚。これは……。  ——十年前のあの時と同じ……!! 『ククク……目が覚めたか……』  ぎゅわんと歪んだ低い声がする。聞き覚えのある声だ。だって俺は……ずっとこの感覚に恐怖していた。 『お前はおれのものだ……くくく……旨そうだ、旨そうだ……』 「ん、あっ……」 『鬼のにおいがぷんぷんするなぁ……。おかげでお前をたやすくみつけだすことができたぞ? ふくくくく……』 「っ……」  ——鬼の、匂い……。  昨日、黒波とセックスをしたせいだろう。静司さんが俺に付与していた呪の力を超えるほどの鬼気が、俺の身体には付着したようだ。  べちゃり、ぺちょ……と何かが服の中へと這い回る。昨日黒波にさんざんいじられ、朝もまだツンと尖っていた胸のそれに、じゅわりと熱か濡れたものが触れてくる。 「んん、っ……やだ、やめろ……っ! ぁっ……」  抵抗して身を捩るものの、俺の手足はヌルついた何かでがっちりと固定されていた。大の字に寝かされた状態で、ヌルヌルと濡れたものに全身を這いまわられている。  気持ち悪くてたまらないのに、昨日の濃厚の愛撫の残滓が俺の感覚を鋭敏にしているようだった。それに、妖——確か『虚無盧』といっただろうか——の触手から滴る体液に浸されてゆくにつれ、ゾワゾワと妙な感覚が腹の奥から込み上げてくる。 『ようやくみつけたおれの餌だ……。ぁあ……ようやく、ようやく……』 「くそっ……離せ!! はなせよっ……ア、ん……」  ビクン、ビクッ……と、腰を捩って打ち震える俺の反応が楽しいのか、触手がさらに深くまで絡みついてきた。  ズボンの中へ中へと押し入ってきた細い何かに太ももや脚の付け根をヌルヌルと擦られ、ずるりと下着ごとずり下げられてしまう。露わにされた下半身をねっとりと濡れたもので撫で回され、俺は思わず「あん……ッ!」とだらしなく声を上げてしまった。  ——いやだ、いやだこんな……!! なんなんだよ、コイツ……ッ!! 「やめろ……っ! ん、はぁ……やだぁ……っ」  だが、俺が嫌がれば嫌がるほど、触手の責め立ては強く、執拗になった。  無理やり勃たされたペニスにぬちょぬちょと絡みつかれ、絶妙な力加減で扱かれる。腰を引いてなんとかそこから逃れようとするけれど、身動きが取れないのでうまくいかない。 「あん……っ、やだ、やめっ……ァ」  やがて、俺の真上で妖の目がねっとりと見開かれた。  あの時と同じだ。子どもの頃も、コイツに似たようなことをされた。  だけどあの時と違うのは、俺に浄霊スキルがついたこと。……こんな状態だが祝詞を唱えれば、こいつを追い払えるかもしれない……!!  ——そうだ、やられっぱなしじゃ我慢ならねぇ。しかもこいつ、関係ない人にも憑いちまう危険な妖だ。ここでなんとかしておかないと……!!  巣に引っ張り込まれたことを好機と捉えた俺は、暗闇の奥にかすかに蠢く黒い影をじっと見据えた。そしてすうっと息を吸う。  ……だが、重苦しいほどの瘴気に満ち満ちた空気が肺に満ち、俺は思わず咳き込んだ。涙目になりつつ俺は掠れた声で祝詞を口にしようとした。 『掛けまくも……かしこき、伊邪那岐の大神……っ、ゲホっ……ッ』  だが、べちょりとした太い触手が俺の声を遮った。口を塞がれて言葉まで奪われた上、とうとう、触手の先端が俺の後孔のあたりにまで這い回ってくる。 「やっ……んん——っ!! っ……んん、」  ——くっそ……くそぉ!! 気持ち悪い、気持ち悪いのに……っ。  必死で力を入れると、今度はぺちょぺちょと両方の乳首をこねくり回されて腰が砕けそうになる。すると、身悶える俺を見下ろす妖の目は半月のような形を成す。……どう見ても、スケベな笑みを浮かべているようにしか見えない。マジでなんなんだこいつ……っ!  ——このやろう……!! ショタの俺にもこんなことした挙句、大学生の俺にまで……!!  しかも、黒波とのエッチの痕跡をわざわざ辿るように俺を舐め回すのも気に入らない。まるで、俺を通じて黒波の妖気を味わっているようにも感じられて、それもまた気に食わなかった。  だが、力を発することのできない俺が何を怒ろうとも、状況は悪化する一方だ。  ペニスを扱かれ、乳首をぬろぬろと舐め回され、窄まりにまで侵入されそうになっている。下半身に力を入れているけれど、他の性感帯をじゅるじゅるとぬめったもので弄ばれてしまうと、どうしても力が抜けてしまう。  ——あっ……!! やばい……っ……!!  ツンツンと俺の窄まりをノックするように突いていた触手の先端が、つぷんとそこをこじ開ける感覚に背筋が凍る。  ——い、いやだ……!! こんな化け物に犯されるなんてイヤだ……!!  「んんーっ……!! んぐっ……っ……」  おぞおぞと口の中に突っ込まれかけた触手に歯を立てると、一瞬、口の戒めがふっと緩んだ。  俺はすかさずその隙をつき、大声で叫んだ。 「くろ、は……っ!! 黒波ぁ……っ!!」  だが、再び俺の口は甘苦い粘液を滴らせた触手によって塞がれてしまう。それは俺の舌に絡みつきながら、喉のほうへと腕を伸ばしてゆくのだ。込み上げてくる吐き気のせいで涙が溢れ、もはやここまでかと諦観の念が俺の全身を支配し始めたそのとき……。  ドゴォォ……!! ドォォン……!! と、暗闇を空間ごと揺るがすほどの振動が走った。  驚いて辺りを見回すと、虚無盧もまたあたりを窺うように、ピタリと触手の動きを止めた。

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