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第42話 会社での立場は
筧の提案した一週間の休みが終わり、二人は緊張しながら出社した。
けれど二人の心配は杞憂だった。なぜなら二人がいない間に、筧と佐々木が社内規定を見直し、パートナーシップ制度を取り入れる動きを見せていたのだ。
もちろん、社内規定なので社内のみに適応されるものだけれど、パワハラ、セクハラの規定に同性へのハラスメントはもちろん、アウティングに関する事項も組み込まれ、祐輔たちの立場を守ろうとしていたのだ。
時代の流れからして遅くはないか、とも思ったけれど、きっかけがなければ動かなかったでしょう、と言ったのは佐々木だ。
しかも一週間の間に匿名アンケートも取ったらしく、どうやら同性パートナーがいる社員がいること、そして同性愛に寛大であるべきだとの意見が多かったとのことなので、突貫工事で規定をつくった、ということらしい。
「おかげで残業続きですよ。桃澤課長には、休んだ分しっかり働いてもらいますからね」
そう言った佐々木は、以前は暗いイメージだったのに何だかイキイキしているように見える。何かあったのだろうか。
「何か……すみません。まさか会社に受け入れられるとは思わなくて……」
「社員が働きやすい環境をつくるのが、総務の仕事ですよね。結果的に自分も過ごしやすくなるから、協力したまでです」
「……え?」
それってどういう意味だ? と祐輔は考える。そんな祐輔を見て、佐々木はイラッとしたように続けた。
「鈍いですね課長。……ま、私は今のところ、相手はいませんけど」
そう言って、佐々木はどこかへ行ってしまう。祐輔はやはり理解が追い付かないまま呆然としていると、蓮香に肩を叩かれた。
「佐々木係長は影の協力者だったんですね」
暗いけど、と付け足す彼は笑っている。
そういえば蓮香の休職理由も、手当などの処理をするのは彼だから、知らないはずはないのだ。易々と口にしなかったのは社員として当然だし、やはり筧の「仕事はできるがとにかく暗い!」という評価は合っていた。
本当に、みないいひとだ。いいひと過ぎて、頭が上がらない。
「蓮香さん、二人でみんなに謝りに行きますよ」
「はい」
不安はない。先日はものすごく怖かったのに、なぜか大丈夫だという確信があった。筧と佐々木という協力者がいることもそうだけれど、祐輔が今まで築き上げてきた信頼は、そう容易く崩れるものではない、と思えたからだ。
◇◇
その後、祐輔と蓮香は、芳川のことについて騒いだことを謝りに行った。やはりみな、二人が芳川に絡まれているという認識をしていて、大変だったねと言われ苦笑する。
「ああいうやつ、俺ホント許せないんだよな」
どの口が言う、と思ったのは笹川だ。鶴田に、似たもの同士の同族嫌悪と言われていて、珍しく笹川が凹んでいたけれど。どうやらこの二人のパワーバランスも変わりつつあり、このまま鶴田が上手く笹川を転がしてくれないかな、と祐輔は思う。
「私がいくらアプローチしても、効いてる様子がなかったのは、そういうことだったんですね」
「え、いや……」
「ああ、無理しなくていいです。桃澤課長がゲイでも、仕事上で私の憧れというのは変わりませんから」
そしてなぜか祐輔が同性愛者だから、アプローチが効かなかったと思い込んでいる鶴田は、祐輔の弁解も聞かずに笹川について外出してしまった。まさか気付いていなかったとは言えない。蓮香は小声で「気付いてもらえなかった鶴田さんかわいそう」と思ってもいないことを呟いている。
いいひとを演じるあまり、自分の気持ちにも、他人からの気持ちにも鈍くなっていたらしい。素を出すのも大事なのかな、と蓮香を見上げると、彼は嬉しそうに笑っていた。
「いいじゃないですか、誤解させておけば」
「いや、でも……」
弁解しなくても、まだまだここにいるなら、そのうち分かってくれますって、と蓮香は上機嫌だ。おおかた、これで堂々とそばにいられるとでも思っているのだろう。
でもそれが、かわいいと思ってしまう自分がいる。
「蓮香」
会社では滅多にしない呼び捨て。彼は形のいい目をこちらに向けた。
「週末、片付けの続きやろう」
そう言うと、彼は眩しいものを見るかのように目を細める。そして、この話をする時はいつも苦笑いだった蓮香が、綺麗な笑みを浮かべたのだ。
「……はい」
彼の笑顔は、素直にカッコイイと思う。それも、自分にだけは特別な笑顔を見せてくれると思えば、かわいいなぁ、愛しいなぁ、と胸がほっこりするのだ。
「よし、じゃあ今日も頑張りますか」
「はい」
二人で顔を見合わせると、お互い右手を上げ、ハイタッチをした。
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