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よくできました 1
見慣れた姿が視界に飛び込んできた。
日本人離れの180cmを超える長身に、明るめの真っ直ぐな茶髪を1つに結んで、濃い深いグレーのトレンチコートを膝の辺りで揺らしながら、長い腕を両方とも目一杯使って、一生懸命大きく振っている。
普段からかけているサングラスを通してでも、珀英は目立っていたし、周りの人がびっくりしてたり、チラチラ見てくすくす笑っていたり。
とにかく、抜きん出て目立っていた。
半径30mくらいの人全員が見てるんじゃないかってくらい、ものすごく目立っていた。
オレはロンドンから引きずってきたキャリーバックを引いて、到着口を慌てて小走りで抜けると、迎えに来た珀英の所まで駆け寄る。
そのオレの様子を珀英が嬉しそうに、本当に嬉しそうにぱあっと顔を輝かせる。
別にお前に早く会いたいから走ってきたわけじゃない。
「緋音さんっっっんんん・・・!!会いたか・・・」
「声がでかい・・・!」
オレを抱きしめようと両手を広げる珀英の腕を、オレはしゃがんで華麗にかわして、珀英の口に手を押し当てて塞(ふさ)ぐと、小さい声で珀英を叱咤(しった)してから、周りをさっと見回した。
珀英は何が何だかわかっていない顔をしながら、オレのすることには絶対服従なので、大人しくそのまま待っている。
これはこれでだいぶおかしい状態だが、さっきみたいに騒がれるよりは、まだましだった。
珀英が大人しくなったので、周りの人の関心が外れていき、それぞれの待ち人を出迎えたり、いそいそと交通機関の方へ移動していったりしてくれたので、思わず肩から力が抜ける。
しばらくすると、ようやくオレ達に注意を向けている人がいなくなったので、オレはほっとして、珀英の口から手を離した。
思わず全身から大きく息を吐き出してしまったオレに、珀英はおどおどしながら、小さくなって謝ってくる。
「あの・・・すみません・・・」
「わかってる」
「緋音さんが帰ってきたのが嬉しくて・・・つい・・・」
「もういい」
珀英が嬉しくて嬉しくて、オレがやっと日本に帰って来たことが、嬉しくて仕方なくて、テンション上がって、上がりまくってることくらい、知ってる。
3日前くらいからろくに眠れなくて、無駄に睡眠不足になってて。
アホだからオレの好物いっぱい作って、食べ切れないくらい冷蔵庫に仕舞い込んでて。
掃除もやたらとやりまくって隅々(すみずみ)まで綺麗にして、普段なかなか洗わないベッドのマットレスとか業者に頼んで綺麗にしてもらったり。
そういうの言わなくてもいいのに、いちいちLINEで知らせてきては、オレに怒られてる。
そんな状態だったから、今のこの状況も、諦めがついていた。
飛行機は日本時間で16時くらいに到着したので、迎えにこれないようならこなくても良いと言っておいたけど、やっぱりアホだから迎えにきていた。
きっと仕事のスケジュールとか無理言って変更してもらっているだろうことは、予想がついた。
とにかくアホだからオレの帰国に合わせて、色々やって、やりすぎている。
結果寝不足だけどやたらとテンションは高い状態になっている。
だから珀英が普段しないような歓迎をしたことも、仕方ないとは、思っている。
普段ならファンの子に見つかったりしたら大変だから、ここまで目立つ行動は絶対にしない珀英が、嬉しさと寝不足で正常な思考ができないでいるんだろう。
まあでもやりすぎだから、締めるところは締めるけど。
そんな状態だから、オレにちょっと叱られただけで、珀英は逆にものすごい勢いで、テンションだだ下りになっている。
オレはデカい図体しながら、しゅんと縮こまっている珀英を見つめた。
久しぶりに見たけど、本当に犬。
デカい耳がぺたんと寝てて、長い尻尾(しっぽ)が丸まってるのが見えるような、この感じ。
実際に座ってるわけじゃないのに、犬がお座りして、キュンキュン鳴いてるような、この感じ。
珀英の伏せられた大きな瞳や、泣きそうによせられた眉、何か言いたそうに震える厚めの口唇。
何か言いたくても、何か言ったらオレが怒るんじゃないかと、不安になりながら、オレをちらちらと見てくる。
犬だな・・・ここまで犬だと、むしろ感動すら覚える。
本当にオレのことばっかり考えている。
オレがどう思っているのか、機嫌がいいのか悪いのか、何が好きで何が嫌いか、何がしたくて何がしたくないのか。
自分のことはいつも後回しで。
そこまでしなくていいと言っているのに、珀英はオレを中心に生きてしまう。
気持ち悪いとか頭おかしいとか、照れ隠しに悪態ついても、オレがそれを嫌に思っていないことも、ちゃんとわかってて笑ってくれて。
オレのことしか考えてない、オレのことだけ好きでいてくれる、珀英が。
たった数ヶ月会えなかっただけなのに、懐かしくて、愛おしくて。
大好き
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