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よくできました 3

珀英が何かを言いたそうに口を開きかけたので、オレはその厚めの口唇をそっと指で封印する。柔らかくて暖かいその感触を楽しみながら、少し力を込めた。 オレは周りに誰もいないことを確認して、それでもできるだけ体を下げて車に隠れるようにしながら。 犬が『待て』をされている状態の表情(かお)をしている珀英を愉(たの)しんで、オレは面白くて思わず笑いながら、珀英の顔にそっと・・・近づいた。 珀英の口唇を封印していた指を外して、ゆっくりと顔を近づけると、珀英が緊張したように、ゴクリと、喉仏を動かした。 ゆっくりと、しっとりと吐息が触れて、口唇に少し熱を感じる。 もう少し近づくと、口唇だけじゃなくて、鼻にも頬にも額にも、珀英の体温が伝わってきた。 ずっとずっと欲しかった熱。 口唇に頬に、額に、首筋に、背中に腰に、内腿にお尻に、オレの・・・内部(なか)に。 ずっと欲しくて堪(たま)らなかった。 珀英の熱が、掠(かす)めて心地が良い・・・。 珀英の少し厚めの柔らかい口唇に、触れるだけの口吻(くちづ)けをした。 ずっと触れるだけすら、できなくて。淋しかった。 珀英の口唇の感触が、熱さが、匂いが・・・全部が懐かしくて、愛しくて、涙が出そうになる。 ユニットのレコーディングでロンドンに渡って、途中数日だけ珀英がロンドンに来てくれたけど、二ヶ月と少し、離れていた。 本当は二ヶ月かからないくらいの予定だったのに、集まったメンバーが職人レベルの人達ばかりだから、あーだこーだと色々修正しまくって、録り直しまくってたらオーバーしてしまって、しかもまだ終わっていない。 それぞれ次のスケジュールが入っていたから、ギリギリまで作業して、もうどうしようも致し方ない日まで作業してそれぞれ持ち帰ることになった。 締め切りもギリギリまで伸ばしてもらっているが、それも限界がある。 今後はそれぞれの仕事の隙間に作業して、締め切りまでに何とか仕上げなくちゃいけない。 そんな状況だったから、珀英とも電話なんかもできず、メールすらろくに返すことができていなかった。 メールを返したのが、帰国する手筈(てはず)が整って、荷物を日本に送り返して、珀英に荷物を受け取るように言った時だった。 帰国することを知らされていなかった珀英は、驚いてパニックになりながらも、オレの帰国スケジュールを確認して、それに合わせて色々準備してくれたし、こうやって迎えに来てくれた。 二ヶ月以上も珀英に会わないなんてことが、初めてで。 顔を見ないこと、声を聞かないこと、触れないこと、匂いを嗅がないこと、温もりを感じられないこと、抱きしめられないこと。 別に平気だと思っていた。 珀英に会えないことなんかより、美波に会えないことのほうが、しんどいと思っていた。 もちろん、美波に会えないのもつらい。 大切な一人娘だから、いつでも会いたいし、抱きしめたいし、いっぱい話したいしそばにいたい。 美波に会えないと、淋しくて堪らなくて、泣きそうになるし泣いちゃうから、できるだけ会いたいと思っている。 それでも、珀英に会えないつらさは、また少し違ってて。 どう言ったらいいかわからないけど、自分の存在が薄くなって、疎まれて、消えていってしまいそうな、孤独感と恐怖感を抱いていた。 離れていたら、オレのことなんか忘れてしまうんじゃないかと。 もう好きじゃなくなっちゃうんじゃないかと、思ってしまう。 美波に対してはそれがない。娘だから、家族だから、きっとそういうこと。 珀英は、珀英がオレを嫌いになったら、それまでの関係だってよく知ってるから。 嫌われたら、あっさりと会えなくなる、そんな関係。 だからなるべくそうならないように願ってるし、そうなりそうな要因は排除している。 珀英に嫌われないように、配慮している部分が、少しはある。 オレは・・・オレが思っている以上に・・・。 珀英が好きらしい。 オレは珀英が思っている以上に、珀英に執着しているらしい。 オレは、珀英は。 オレ達は、お互いに思っている以上に。 お互いに依存しているらしい。 そう、依存している。

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