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後日談 黒木父との食事会〈野間〉1

「やあ。君が野間くんかぁ。会いたかったよ」 「あ、は、はじめまして。野間徹平です」  土曜のお昼、いま俺は高級ホテルの最上階にいる。  岳のお父さんとの初めての食事に、緊張しまくって手汗がやばい。  ホテルで食事なんて初めてだし、三人だけなのになにこの無駄に広い個室はっ。  向かいに岳のお父さんが座り、俺は岳と並んで座った。  あまりに緊張してる俺に岳が手をにぎってくれたけど、「ぅひゃっ!」と変な声をあげてお父さんに笑われた。恥ずかしすぎる……。 『野間くんちっこいなぁ。顔真っ赤にして、いやー可愛い。なるほどなぁ。岳が必死で守りたがるわけだ』  ん? 守る? なんのことだろ?  疑問に思ったけど考えても分からないからやめた。  岳のお父さん、ほんと岳にそっくりなんだけどどうしよう。お父さんから目尻のシワを取ったらまんま岳じゃんっ。  将来岳もこんな感じになるのかなって思ったら、なんか心臓バクバクして……やばい俺おかしい。 「高校生男子はフレンチよりこっちだろうと思ってな。中華にしたよ。コースも肩がこるからやめだ。ほれ、好きな物どんどん頼め。岳、野間くんの好きな物頼んでやれよ?」 「はいはい」  学校での塩対応な岳と同じに見えて、お父さんの前だとなんかちょっと子供っぽい気がする。なんでだろう?  ……岳、可愛い。 『……靴踏むなよ。岳』 『ここでは可愛いって言うな』 『だっていつもより可愛いんだもん。むり』 『それよりなに食べる? やっぱりエビチリだな』  メニューを決めるだけなのに心の声を止めない岳。  え、昨日言ってたのってマジなのか? 『だからマジだって』 『えっ。まさか……冗談だろ?』 『本気だ』 『ウソだろ……っ』  昨夜岳に、「俺も心が聞こえること、お父さんに話す?」と聞いたら、突然悪い顔をして「イタズラしよう」と言いだした。  お父さんが俺の力に気づくまで黙ってろ、と言うから、いや黙ってるのはいいけど、と返したんだけど……。 『マジでやるの?』 『しつこい。お前も結局もうやってるだろう』 『……いや、そうだけど。ええぇ……。お父さんかわいそうじゃん……』  お父さんが気づくまで、俺らはずっと心で会話しようなんてバカなことを岳は言いだしたんだ。  お父さんから見ると、俺らはずっと無言。無言。無言だ。  どんな食事会だよ……。 『徹平なに食べたい?』 『えっと。んー。じゃあ油淋鶏。バンバンジー。あ、坦々麺も大丈夫か?』 『取り分けできるから大丈夫だろ』 『やったっ。あとエビチリ! あ、岳も言ってたっけ』  メニュー表から目線を上げて岳を見ると、なぜか俺を見て嬉しいそうに笑ってた。  なんだ? ただメニュー選んでただけなのに。 『いいな、と思ってな』 『なにが?』 『こういうとき、遠慮されるより好きなものをどんどん言ってくれるほうが好きだ。まあ今日は俺の財布じゃないけどな』  あ、やべ、遠慮なさすぎた? 『それがいいって言ってるだろ? 父さんもそのほうが喜ぶ』 『そ、か。うん。じゃあ遠慮しねぇよ?』 『ああ、そうしてくれ。んーあとそうだな、せっかく良い店来たんだし、北京ダック食べるか?』 『んーいいや。あれ、食べた気しない。高いばっかりで』 『徹平、中華慣れてるな?』 『父さんが中華好きなんだよ』   ずっと心でやり取りしてると、いよいよ岳のお父さんの怪訝な気持ちが流れてきた。 『なんだこいつら、ケンカでもしてるのか? ……いやそんな雰囲気でもないな。なんでなんにもしゃべらないんだ……?』 「おい、メニューちゃんと選んでるか?」 「ああ、もう決まったよ」 「え、決まったのか……?」 『一言もしゃべらずに? どうやって……?』  お父さんは眉を寄せちゃって、岳はそれを見てすげぇ楽しそう。  そっか。岳はいま、子供時代をやり直してんのかな。  本当ならこうやって父親と遊びたかっただろうな。 『そんな恥ずかしい理由じゃないぞ』 『なんも恥ずくねぇだろ?』 『ただ、いろいろ騙された気分で悔しいから仕返ししたいだけだ』  ほら、やっぱ子供時代のやり直しじゃん。  仕返しだって。可愛いな、岳。  また岳に靴を踏まれた。  頼んだ料理がずらっと並んだテーブルは圧巻だった。  お父さんもたくさん頼んだからすごい量だ。 「よし、いっぱい食えっ」 「頼みすぎだろう……」 「食えるだろ? 食べ盛りが二人もいるんだから。野間くんも遠慮はなしだぞ? どんどん食ってくれ」 「あ、はいっ。いただきますっ」  久しぶりの中華にテンションが上がる。父さんだけじゃなく俺も大好きなんだよな。  でもまずは岳のお父さんが取ってから。と待っていたら、ニコニコ笑顔でずっと俺らを眺めてる。 『徹平。あれは気にするな。食うぞ』 『え、でも』 『父さんはもりもり食う俺たちを見たいだけだ。だから食うぞ』 『……岳さ、最近やっと仲良くなったってわりには、すげぇお父さんのことわかってんな?』 『あー。なんでだろうな? わかるよ。なんでかわかんないけどな』  それってなんかすげぇな、と俺まで嬉しくなった。    食べながら、お父さんの質問攻めに次々と答えていった。学校での岳、二人のときの岳、岳の好きなとこ、岳の嫌いなとこ、岳がいい加減にしろと止めるまで続いた。  俺のスマホに入ってる岳の写真、クラスのやつらとじゃれてる岳の動画も見せたら、お父さんは目を見開いて驚いていた。   『野間くんと一緒だと見たことない岳がたくさん見られるな。アメリカじゃずっと仏頂面だったからな』  お父さんの顔はゆるゆるに緩みっぱなしで、まるで岳がそうしてるかのように錯覚して、俺の心臓がやばいことになった。  横を見ても前を見ても岳がいる感じ。はぁやばい。   

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