1 / 40
第1話
激しく燃え上がる炎が二人を包んでいる
血と煤が互いの損傷具合を表している
視線が交差し最後の瞬間が訪れた
胸に刺さった剣と口から溢れてた夥しい血が
勝敗の結果を表している
あぁ、ここまで来たのに死んでしまうのか
できる限り努力をしてきた
間違いを犯し気づいた時には遅かった
だから過去は変えられなくても未来のために
そう言い訳して生きてきた
視界が霞む中暖かいものが頬に触れた
自分を倒した黒騎士は安堵するわけでもなく
喜ぶでもなくその顔はひどく悲しげで刺された自分より
痛々しかった
思わずその顔に手を添え彼の涙を拭った
そこで俺は暗闇に飲まれた
俺の記憶はそこまでだ
なぜか気づいたら目の前に
幼い黒騎士に押し倒されていた
えぇっ!?
太陽を背にして艶めく黒髪が額に当たる
凛々しい眉と男前な顔が近い
「………じ、……王子!お怪我はございませんか?」
焦った様子でそう言う
怪我?ついさっき腹をお前に貫かれたばかりだが?
いや、何かがおかしい………
「…やはり頭を打ちましたか。医者をはやく呼べ!」
あたま?確かに頭も痛いが腹が…あれ腹は痛くない
というか俺小さくなってる?
今も心配そうな顔で俺を見るこいつは幼い頃の
国の英雄、黒騎士ログナス・ヴァーミリオンだ
じゃあ俺は幼い頃のセウス・クルースベルだ
こんなところか?
ぼーとしていると周囲が慌ただしい
両手で口を押さえたメイドが青ざめている
その背後に衛兵だろうか焦った様子でどこかへ走っていった
その隣にいた専属執事が興味なさそうにクッキーを食べていたおい!
「セウス!セウス無事なの!?ああなんてこと」
綺麗なドレスを着た女性が涙目になって近づいきた
「王妃様、セウス王子は頭を打ったご様子です。混乱しているのか反応はありませんが、今医者を手配しております」
この女性は……母だ
十四のあの時に母は殺されたはずだった
「は、母上!!」
「セウスだめよ安静にしなさい!医者が来るまでの辛抱よ。ログナス息子を助けて頂戴!」
「はい王妃様!今は動かさない方が賢明かと。セウス王子、支えておりますのでお気を楽に力を抜いてください」
二人とも心配そうな様子で畳み掛ける
母は土がついてたのだろうか僕の顔をハンカチで拭っている
涙もろい母は涙でグスグスと顔を濡らしている
「母上、綺麗なお顔が濡れてしまいます。私は大丈夫なのでハンカチを貸してください」
そう言って母の顔を丁寧に拭く
その様子を見てログナスは心配顔だったがいくらか安心した顔でこちらを見ていた
と言うか僕、ログナスにさっきの馬乗りから頭と肩を支えられ抱き寄せられていた
これは………
十歳の時のあの時か?
確か父上である王から誕生祝いの品で庭に
ブランコを設置してもらったのだ
それにはしゃいだ俺は母のお気に入りのログナスを連れてきていて
どこまでブランコを大きく振れるか全力で遊んで
静止するログナスを無視し
その結果軸を一周して前方に吹っ飛ばされ木に衝突した
僕だった
我ながらこの時は馬鹿なことをしたと思う
人ってあんなに回転して飛ぶことを知った日だった
そんなことを思いながらついログナスの顔を見る
あれは、夢だったのか?そんな訳はない
あの日々の苦しみと痛み、後悔が夢なわけがない
なら今の現状は?
あの時端正な顔を歪め、赤い瞳を鋭くし
死闘を繰り広げた宿敵の顔は
今は年相応の少年の顔をしている
だいぶ大人っぽいけど
「どうかなされましたか?セウス王子。お辛いようでしたらお申し付け下さい」
優しい声音でそう告げる
そうだ、この時の僕はログナスが大好きだった
二歳年上のやつは初めて会った時から礼儀正しく
艶やかな黒髪を撫で付けた髪型で綺麗なルビーのような
瞳をしていた
母親が異なる兄がいたが
その時俺は年齢が近く母が連れてきたログナスが
兄のような親友のような気持ちでつきあっていた
孤児院で冷遇されていたログナスを孤児院を支援していた母がそれを知って連れてきたのだ
そのあとすぐ王の第一騎士であるヴァーミリオン家の
養子になったのだった
「い、いやなんでもないよ。ログナスこそもう大丈夫だから離していい、その姿勢疲れるだろ」
そう言って離れようとしたが
より強く抱きしめられた
「いけません!今は安静になさってください。私は平気ですのでお任せください」
そう笑顔で微笑まれた
くそぅ美形め
普段黙っていると冷然として見られるが
基本的に礼儀正しく大人顔負けの紳士ぶりである
孤児院出身だとは思えない男だ
これ以上動こうものならさらに恥ずかしい介抱をされるだろう
視線の奥にいる母も涙がさらに加速して流れてしまう
ここは大人しくしているか
…………
いつぶりだろうか
こんな温もりは
この先の未来を知っていても
変わらず暖かく香るやつの匂いと
温もりに安心してしまう自分に
ひどく嫌気がさした
「おやおやおやおやおやおや王子、ご無事ですかな?」
おやの数多くない?
まぁいいけど懐かしい顔だ
我が家に専従している医師のマイルだ
「僕は平気だマイル。とりあえず母上を安心させたいからはやめに診察を頼むよ」
「えぇえぇお任せよ王子。ほぃほぃほぃ」
へんな声で診察はやめてくれ
「んん~、頭がすこし腫れておりますが大丈夫でしょう。でも頭を打ったのですから二、三日は安静になさってください。また後日診察しますのでねぇほぇ」
あぁ気が散るマイルだ
医者として有能だが内容よりへんな言葉が気になってしまう
「大丈夫なのねマイル?本当にグスッ。もう怖かったわこんなブランコ、あの人に投げ返してやるわ!」
「母上、僕がいけなかったのですよ。つい嬉しくてログナスの静止の声も聞かず遊んでしまったからです。父上は悪くありません」
そう言って母を宥める
「そうかしら?そんなことよりはやく部屋で安静になりましょう。ログナス申し訳ないですけど運んでもらえる?」
「えっ!?」
「はい王妃様。お任せください。ではお運びしますので掴まってて下さい」
そして俺はログナスにお姫様抱っこをされ部屋に運ばれた
は、恥ずかしい!?
前もこんなことあったっけ?覚えてない
「うぅ、恥ずかしい。おろしてくれ」
「それはできないよセウス。俺も心配しているんだ。何も恥ずかしいことはない」
そう言って優しく揺らさないように大事そうに運ばれた
なぜかどこか嬉しそうなんだこのやろう!
そう思って顔だけは恥ずかしくてログナスの胸に顔を埋める
僅かに揺れた気がしたが顔を埋めた俺には赤くなった顔のログナスは見えず
隠す瞬間窓から見えた庭でクッキーを食べ終え
優雅にお茶を飲む同い年の執事ユダが垣間見えた
こ、このやろう!!!
部屋につき丁寧に降ろされる
「セウス、今冷やすものを持ってくるから待っていてくれ。何か欲しいものあるかい?」
そういえばログナスは二人の時は畏まるなと僕が言ったんだったな
ログナスはどんな相手にも丁寧に接するから
特別な感じがしてあの時僕は喜んでいた
「……いや、大丈夫。少し休めば良くなるよ。迷惑かけて悪かった」
「そんなことはないセウス。お前が無事で本当によかった。そばに居たのに守れなくてすまなかった。ではいい子にして待っていてくれ」
そう言って腫れてない方の頭を優しくひと撫でして部屋から出ていった
ふぅ……もう色々と疲れた
なんなんだ一体
意味がわからない
これは十歳の時に戻った、ということか
理由はわからないがあのとき刺し殺された僕は
十歳の時に戻ったらしい
もう一度最愛の母に会えたのは、本当に嬉しかった
あの悪夢の日から地獄の中で過ごし
後悔と復讐を胸に生きていた俺は
こんな奇跡が起こるとは思わなかった
つい思考しているといつのまにか溜まっていた涙が一雫
頬を滑って落ちていった
ザクザクッモグモグ
「うっさいわ!」
つい横から雑音がして突っ込む
「それは申し訳ございません坊ちゃん。坊ちゃんがお菓子をお残しになるので恐れながらユダ、主人のためにお残しを片付けたのでございます」
「うそつけ!人がぶっ飛んでる時お前うまそうにクッキー食ってたじゃないか!最後にお茶飲んでたのしんでたろうそれでも僕の執事か!?」
こっちはヒートアップしているのを意に介さず
淡々と俺の体についていた汚れを拭っている
「食べ物を無駄にしてはいけませんと日頃から申し上げているはずですが、それに自業自得であれば仕方のないことでしょう?ログナス様が優しく静止するのを聞かず馬鹿みたいにブランコを漕ぐのですから。ログナス様が咄嗟に坊ちゃんのズボンを引っ張ってなかったら首が折れてましたよ。ふふっ人って空中で回転するとあんな風なんですね真っ直ぐに飛んでいました良い経験ができましたね」
こ、こいつ~~
全くその通りなのだがユダがいうと納得ができない
また文句を言おうと口を開いたら
冷たい手のひらが額に乗った
「ですから、ご自身を大切になさってください」
先程のからかう様子と違って静かな眼差しであった
普段は美人なのに死んだ魚のような目で過ごす彼が
こんな様子だと調子が狂う
ユダの手が痛む箇所を冷やし気持ちがいい
その手が輪郭をなぞるように頬に添えられる
柔らかくなぞる指先がくすぐったいような気持ちが良いような感覚が思考を惑わせる
ユダの深い藍色の目がこちらを見つめる
まるで海の底のような怖いのに目を逸らすことができない
そんな感覚を感じさせる
その時スッと視線と感触が離れていった
「セウス待たせたね。氷と布を持ってきた。ユダ、セウスに以上はなかったか?」
珍しく急いだ様子で部屋に戻ってきたログナスだった
「はいログナス様。坊ちゃんは大変お元気な様子ですお菓子を食べ損ねたことにご立腹な様子ですのでご用意してきます。ログナス様もお茶をご用意いたしますのでお休みください」
こ、こいつ~~
「ああ、ユダの淹れるお茶は美味しいから頂こうか。気遣い感謝する」
さっきの雰囲気を払拭して
ユダは一礼して静かに去っていった
それを見やり静かにベットに腰掛け持ってきた氷水に
布をひたし絞るログナス
メイドにでもやらせればいいものを
未来の英雄で最高位騎士の称号黒騎士になる男が
こんなところで布を絞っているのだろうか
「冷たいが許してくれセウス。まだ痛むだろうが冷やそう。」
そんなに小さな子供に接するような態度はやめて欲しい
「……もう大丈夫だよ。思ったより平気だ。それより母上達に心配をかけた。ログナスもあれは自業自得だから気にしないでくれていい」
「王妃様は心優しくセウスを心から愛しているお方だ。治ったら元気な姿を見せてあげるといい。それに俺自身もセウスを守ると誓いながら怪我をさせてしまったんだ。だから何かして欲しいことがあったならなんでも言ってくれ」
綺麗な言葉で優しい言葉を吐く
なんて気高くできた人間なんだろう
そんな奴が僕と将来殺し合う仲なのに
……なんでもなんて、軽々しく言わないでくれ
「ああ、ありがとうログナス。僕も気にしていないから戻ってくれていい」
「いや、そばにいる。セウスは一人が嫌いだろ。俺もセウスが気になって落ち着けない」
こやつ、たらしのようなことを言いやがって!
不覚にも顔が熱くなる感覚がする
昔からこいつは簡単に甘くとろけるような言葉を囁く奴だった
これだから国一番のモテ男は
俺は騙されないぞ!
そんなことを腹の中で思っていると部屋がノックされた
「失礼いたします。お茶とお食事のご用意をお待ちしました」
ユダがもどってきたようだ
これでこの空間から脱出できる!
「入ってくれユダ」
ユダは静かにサイドテーブルに軽食とお茶を用意する
「ログナス様、もうじきお迎えのものがいらっしゃるそうです」
「そうか、わかった。だが今夜は泊まっていこうか」
はぁ!?
「な、なんでだよ!?大丈夫っていってるじゃないか。そんなに心配しなくてもいいから!」
「いや、セウス。俺は君を守るものとして心配だしそばに居たいんだ。勉強も鍛錬もこちらでできる。迷惑はかけないさ」
「そういう意味じゃなくて。みんながいるし大丈夫だから!ログナスがこっちにいるとそちらの家が心配するだろ?」
「もちろんここにいる者たちが優秀なのは知っている。これは俺の問題だ。騎士として矜持には反していないし両親も喜んでくれる」
は~~、わからずや~
もう嫌気がさして後ろに下がって気配を消していた
ユダを助けを求める視線を送る
それに気付き片目で窺うユダ
聞こえない程度にため息吐き
助け舟を出してくれた
「ログナス様、歓談中失礼致します。坊ちゃんはそれでも大好きなログナスのお時間をお使いになるのを気にしておられます。それにログナス様がいては坊ちゃんが興奮して休めません。確か半月後には騎士演習が催されるとお聞きしましたが?ヴァーミリオン家の方々もご期待なさっておいででしょう。お気を悪くなされるかとは思いますが、どうかまたお時間ある時坊ちゃんにお会いなさってくださいませ」
そして綺麗な一礼をして締め括る
さすが俺の執事、よく口が回る
ユダ相手に口論は無謀なのだ悪魔の化身のような男なのだ
ヒッ!?
一瞬冷たい視線が刺さった
「そうか、いや心労をかけたなユダ。さすがセウスの執事だ。お前がいれば安心だ。心苦しいが、セウスに負担はかけたくない。このお茶を飲んだら今回は戻ろう。またすぐ来るから待っていてくれ」
また優しく頭をひと撫でされた
ああ、なんて疲れる日なんだ
いつの間にかお茶を嗜んでいるユダと
こちらを静かに見つめながらそばにいるログナス
怒涛の展開に
とりあえず寝て起きたらかんがえようそうしよう
と思考放棄したのであった
ともだちにシェアしよう!