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最後の鬼ごっこ⑤

「なんで……気にするんだよ……関係ないのに……」  関係ないと言われるたびに、心臓を銃で撃たれたような疼きがはしる。鳴海さんが涙を止めようと唇をかむのにさえ、悔しくてたまらない。どうして、笑ってくれない。  彼は、あの女に笑顔を向けるのだろうか。星野さんと立川のように、俺ではない誰かと幸せそうに笑いあうのだろうか。俺ではない誰かに、笑うのか。  初めて会った時の鳴海さんの笑顔が脳裏をよぎった瞬間、全てのタガは外れた。 「……関係なくないさ……」 「渉……?」 「あの時、好きだっていったでしょ。こういう意味だよ」  唇と唇を重ねれば、彼の乾いたそれは激しく身を固くして瞳に驚愕の色を浮かべる。それでも構わず深みに立ちいろうとすれば、さすがに今の状況を理解したのか反射的なのか。鳴海さんが力強く俺を突き飛ばしてきた。二三歩よろめいて後退する。  彼が唇に手を添えて、泣いてるせいなのか恥ずかしいからなのか分からないが赤面していた。 「な、な、な、渉……お前」 「いったでしょ、鳴海さんが好きだって。嘘ついてないよ」 「だって、俺は友達として……」 「友達と思ってる相手に、俺は口付けしない。好きだよ、鳴海さんが。俺の方が、誰よりも好き、大好きだ。だから」  俺はキスをした際。盗み取った手紙を目の前にもってくると、それをその場で細かに破り捨てる。鳴海さんの声にならない悲鳴が、鋭い視線となって俺に向けられた。 「渉。お前、そいつの気持ちを何だと思ってる!?」 「じゃ、俺の気持ちは?」 「……!」 「俺の気持ちを知ったんだ。気持ち悪がる?突き放す?それとも、心底腹をたてる?そのどれでもいい、どれでもいい……」  俺が鳴海さんの思考にいられるならば、無関心でさえなければ、それでいい……それでいい。 「ねぇ、答えて!」  俺がつめより、その右手を掴もうとしたとき。手は振り払われ、走って逃げだした。まだ鳴海さんが嫌われていると勘違いしていた時と同様、怖がっている様がはっきりみてとれる。  俺はその背中を追いかけることもせずに、足音が完全に聴こえなくなるまでその音に耳をそばだてていた。これが、鳴海さんとの最後の逢瀬だと思って。  キスした唇だけが、熱く脈打っていた。 ◇  それから三日は酷かった。学校をさぼってヤクザとの一騎打ち(父親が裏社会のボスなので、直々に許可を貰って行っている)で気を紛らわせようとしたが、どうにも自分らしからぬミスをする。別にトランプ勝負でポカをやらかしたというわけではない。勝負が問題なのではなく、日常生活での鳴海さんへの心残りが胸をえぐっていく。  空を見て鳴海さんは空をみながら昼寝をするのが好きだったなと思いだしていれば、ヤクザと肩をぶつけて喧嘩に巻き込まれる。犬を見れば、そういえば鳴海さんは死んだ犬のために週に一度お墓参りにいってたなぁと懸想にふけり、気付けば煙草を逆さに咥えている。  一番酷いのは鳴海さんの弁当の味が忘れられず、ここ三日は食事をまともにとれていないのでやや目がかすむ。あの味がただひたすらに懐かしい。最後に触れた唇の感触が愛しくて、気付けば唇を撫でる癖がついてしまった。  三日逃げ回るというか鳴海さんをどうにか忘れようとしたが、結局忘れることなんてできなかった。だからといってノコノコと学校に行って彼と偶然出会うなんて状況になったら、果たして平生通りにふるまえるか、甚だ疑問だ。  今更告白したことを後悔はしていない。だからといって、これ以上俺の都合を鳴海さんに押し付けるのはどうかと考えてしまう。あの人は流されやすいから、俺が泣き脅しでもすればOKをくれるだろう。そんな同情なんて欲しくないからしないが。

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