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プロローグ モブ視点

 深夜二時。都内のビジネスホテルの一室。僕はベッドの上に仰向けに倒れ込んでいるスーツの男を見下ろす。 「よかったです。吉良さんが油断してくれていて」  手に持っていたスタンガンを、ベッドサイドのテーブルに放り投げる。ガン、という金属音に吉良が身体をビクりと震わせた。 「……桐島、何の真似だ」  驚いたような様子から一転、吉良は鋭い目つきでこちらを睨みつけてくる。いつもの自分なら、萎縮していただろう。しかし、今日は違う。今日こそ、僕はこの男に復讐すると決めたんだ。  ────僕はずっと、この男に虐げられてきた  僕は吉良の公安協力者だった。“協力者”なんて、聞こえはいいが、実際は使い捨ての道具にすぎない。今までの犯罪歴をもみ消してやる、そんな吉良の言葉に乗せられたのがよくなかった。それから自分は、無機質な番号で管理された、ただの捨て駒と化してしまったのだ。  「後悔させてあげます。僕を虐げたこと」  吉良の身体に跨り、思いっきり顔面に拳を振り下ろした。骨と骨がぶつかり、乾いた音を立てる。吉良の白い肌が血で汚れていく様を見て、体が震える。自分がこの男を殴っているのだ。高揚感が身体を熱らせる。そのまま何度も殴りつけた。  「ぐ……っ!」  顔面を血だらけした吉良が、こちらを睨みつける。蔑んな目をしながら。そして吉良はこちらを嘲笑するような表情を浮かべた。この顔が、大嫌いだ。 「そういう余裕ぶってるところが嫌いなんですよ」  吉良のこの態度が自分を更に苛立たせる。スタンガンで身体の自由を奪われ、今すぐ殺されてもおかしくない状況だというのに。驚いたような表情をしたのは、最初の数秒だけだった。全く動じてないのは、やはり僕のことを舐めているからなのか。それとも、公安刑事としていくつもの危機を乗り越えてきた経験からなのか。どちらにせよ、腹立たしいことこの上なかった。  そう吐き捨てると、内ポケットからアルミケースを取り出し、開く。中には細い注射器が二本、入っている。 「なに、を……?」  吉良の顔色が少し変わる。状況を理解してくれたのだろうか。ニヤリ、と自然に口角が上がった。 「裏で出回ってるドラッグですよ。馬鹿みたいに気持ちよくなれるらしいです。これ使ったら吉良さんも頭おかしくなるんじゃないかなぁ」 「ふざ、けるな……」  吉良がわずかに目を泳がせた。僕だって、裏社会で生きる人間だ。こんなものを手に入れる事ぐらい、蔵座もない。僕のことを散々馬鹿にした報いを受けたらいい。 「やめろ」  身を捩って逃げようとする吉良を押さえつけて、首筋に針を刺す。小さな悲鳴をあげる姿を見て、思わず笑ってしまった。  計画した当初は、暴力で憂さを晴らそうと思っていた。ペンチで歯を抜いてやろうかとか、爪を全部剥がしてやろうかとか、色々考えた。しかし、吉良は何年も公安で生きている男だ。暴力で屈服させるのは難しいだろう。  だから、性的に陵辱することにした。きっと、そんな経験はないだろうから。吉良のようなプライドの強い人間を叩き潰すにはうってつけの方法だと思った。  吉良のネクタイを剥ぎ取り、ワイシャツをカッターナイフで切り裂く。その時の吉良の表情を見て、自分の選択が最適だったと確信する。困惑したような、少し恐怖しているような顔。そして、まだ余裕の残るこの顔を、涙でぐちゃぐちゃになった顔に変えてやりたい。泣きながら今までの非礼を詫びさせてやりたい。 「泣きながら謝っても僕は許さないから」  吉良を見下ろしながら、僕は低く囁いた。

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