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side.Subaru
「いらっしゃいませ。」
不慣れな笑顔で客を出迎え、エスコートする。
やってみると意外にも、楽しかった。
遥サンに紹介されたバイト先は、
飲み物中心に、ちょっとした軽食やデザートを取り扱う…お洒落なカフェだった。
生まれて初めて、バイトなるものを経験したけど。
接客は思ったより自分に合っていたらしく、
それなりに遣り甲斐も感じられた。
そんな中、何より驚いたの事は…
「いらっしゃいませ…」
なんとあの晃亮までもが…
このお店で働き始めたということ。
元々自ら進んで何かしようなんて事は、
今まで一度も無かったし。
晃亮の性格上、かなり心配していたんだけど…
遥サンと一緒に暮らすようになってからの晃亮は、
中身がガラリと入れ替わったかのように、すっかり大人しくなり…
喧嘩を買うことは…保身故、たまにあっても。
自分から売るということは、一切なくなって。
夜な夜な出歩く事も無くなったんだそうだ。
バイトといっても今はまだ、
店のマスコット的な扱いが主だったが…
それなりにきちんとこなしているから、
凄い進歩だと言える。
遥サンの友人だと言うオーナーからも、
『ふたりが来てから売上が倍近く増えたのよ~!ホント助かるわ~!』
…と、お墨付きを貰えたし。
バイトも私生活も、
なんとか上手くやっていけそうな気がして。
安心してたんだ。
「いらっしゃいま─────あ…円サン!」
昼時のピーク帯を少し過ぎた頃、
今朝お店に行きたいと言ってきた、俺の恋人…円サンがやって来て。
つい顔が緩む。
「へ~、結構シャレた店じゃんなぁ~?円~。」
……もれなくゴミを引き連れて。
「お疲れ様~昴クン。席、空いてるかな?」
ゴミの存在に険しくなった顔を慌てて戻し、
愛しい人へと向き直る。
「はい、まだ少し混んでますけど…ご案内します。」
席へと誘導しながら、チラリと円サンの真横を陣取る男…を、殺気混じりに睨み付けてやると。
ソイツがあからさまに怯え出したので、
円サンは慌てて口を開いた。
「あっ、コイツはね…高校からの友達でほら、加藤だよ!今も学校が一緒なんだ~。」
そう律儀に紹介してくれる円サン。
申し訳ないけど。俺はコイツの名前なんて覚えるつもりは、微塵も無かった。
「…円サン、こちらへどうぞ。」
とりあえず嘘臭い笑顔の中に殺意を込め、
ゴミのみを威嚇牽制し…
ソイツは放置して、円サンだけを席へ案内する。
そうすればソイツは、
気絶したみたくピシリと固まってしまい。
円サンが成り行きを見ては、心配そうにオロオロしていたけど…これは然るべき処遇なのだから、仕方ない。
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