73 / 88
11
side.Subaru
「…はぁ………」
一度深呼吸し、覚悟を決めて玄関のドアを開ける。
一歩中へ踏み入ると…
室内には、何故か異臭が漂っていた。
「円、サン…?」
それが何か、焦げた臭いなんだと気が付いて。
はっとして俺は、急ぎ靴を脱ぎ捨て…
奥へと向かおうとした矢先に────…
ガシャ─────ン…!!!
『あっ…つッ……!』
キッチンから、けたたましい金属音が響いたかと思うと。すぐさま円サンの悲痛な声が耳に届いた。
「円サン…!!」
勢い良くリビングのドアを開け放ち、
キッチンへと駆けつけると…
「つぅ……ッ…」
床に散乱した鍋には、
もくもくと蒸気が立ち込めていて。
そのすぐ横で苦しそうに蹲 る…
円サンの姿があった。
「円サン…!大丈夫ですかっ!?」
「…昴くっ……」
エプロンを身に着けた円サンは、
俺の声に気付いてこちらを見上げると…
バツが悪そうに顔を歪めたかと思えば。
途端に目尻に涙を浮かべ始めた。
「…ごめッ…オレっ……」
何か告げようとする円サンを遮り、
俺は赤くなった手を取って、シンクへと導く。
「昴クンっ…」
「…いいから、先に冷やして。」
水道から水を出し、円サンの火傷した手を冷やす。
手の甲全体がうっすら赤くなってはいたが…
大事には至らないようだった。
「他に…怪我は?」
顔覗き込むと…節目がちにも首を横に振って答えた円サンに、ホッと胸を撫で下ろす。
改めてキッチンを見渡せば…
辺り一面なんとも悲惨な状態で。
床は水浸し、シンクには焦げた鍋が幾つか放置され…
まな板上には皮も剥かずぶつ切りにされた、野菜らしき物体が散らばっていた。
「急に…どうしたんですか…?」
不器用だからと、今までまともに台所へ立つことなんてなかったのに。
元気なく項垂れる円サンに問えば、
小刻みに肩を震わせて。
ぽたぽたとシンクの中に、涙の粒を落としていった。
「ご飯っ…作りたくって…」
嗚咽混じりに、必死で答える円サンを黙って見守る。
「オレだけ何にもしてあげられないしっ、昴クンも忙しそうだから、何かお手伝いしなきゃって…」
「……………」
「オレなんにも取り柄ない、しっ…バイトのオーナーさん美人で、昴クンとスッゴくお似合いだったから…俺不安で、怖くなって…」
本格的に泣き出してしまった円サンを目に。
堪らなくなるオレは、頭を抱き寄せ…くしゃりと優しく撫でてあげる。
すると円サンは躊躇いながらも。
俺の胸へ、おずおずと擦り寄ってきてくれた。
それは久し振りの、欲して止まない恋人からの接触…。
「ごめっ…オレ、結局何にも出来なかった…ホントにごめんねっ…」
「円サン…」
「きっ、キライにならないで…オレ、もっともっと頑張るからっ!だから────」
耐え切れず、その唇を塞ぐ。
無我夢中で口内に侵入し…舌を絡めれば。
流れっ放しの水音に混じって、
荒々しいキスの音がキッチンへと響き渡った。
ともだちにシェアしよう!