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第6話 アルファ嫌いの理由とストレス解消法
家に帰った後夕希はとにかく悔しくて一晩中泣いた。アルファの男子たちがオメガのことをあんなふうに思っているなんてショックだった。自分は彼らと対等に付き合っていけるものだと思い込んでいた。
――僕らオメガはアルファにとってただ性欲を満たすためだけの存在ってこと……?
散々泣いた後、負けず嫌いな性格の夕希は悔しさと怒りがどうにも収まらず、甘いものを大量に買ってやけ食いした。これが夕希なりのストレス発散法だ。
オメガの中には発情期後に食欲増進の症状が出る者がいる。オメガの場合それが排卵期――つまり発情期後にやってくる。夕希はその症状が重く出るオメガの一人だった。
兄や母のような従順な性格のオメガであれば、悲劇のヒロインとして嘆いて終わったかもしれない。でも夕希はただのオメガとしてこのままアルファに媚びる人生を送りたくなかった。
その後夕希はアルファのいない、オメガとベータのみが通える学校へ転校した。母は昔ながらの考えの人で、最初は反対された。「オメガはオメガらしくアルファに気に入られて早くお嫁に行くべきだ」というのが彼女の信条だ。だからなるべくアルファとの共学校へ通って、そこで見つけた相手と卒業後すぐにでも「番 」になるのが一番だと言う。オメガはアルファにうなじを噛まれて番になれば、発情期にフェロモンを撒き散らすことがなくなるのがその理由だった。
夕希は大学へ行き社会人経験をしてみたいと母を説得した。そしてどうにか二十八歳までという期限付きで自由にして良いという許可を得た。妊娠出産のことを考え、もしその期限までに自分で結婚相手を見つけられなければ親が選んだアルファ男性と結婚して子を産むようにというのが条件だ。
その期限が今年の七月に迫り、今回母がお見合い写真を送って来たのだった。
アルファに頼らず生活することはそれほど難しくはなかった。夕希にはアルファ男性に嫁いだオメガの兄がいて、彼はオメガらしい華奢な体型に派手顔の美人だ。対して夕希はオメガ男性にしては身長が高めだし、色素の薄い栗色の髪と女性ウケする整った顔立ちでオメガとバレることなくベータ女性から結構モテた。
アルファに言い寄られたくない夕希は発情期前後はフェロモン撹乱作用 のある香水を付けるようにしていた。これはオメガの間で通称『ジャム』と呼ばれている。電波妨害を意味するジャミングとパンに塗るジャムを掛け合わせた名前の甘いフレーバーの香水だ。
幸い発情期の症状もさほど重くはない夕希だが、その代りヒート中によく悪夢を見た。高校時代、好きな人に裏切られたときの夢だ。何度も繰り返し放課後の教室前に立ち、あのときの嫌な会話を聞かされる。そしてその場から動けずに立ち尽くす。
ただ、どんなに嫌なことがあっても甘いものを食べているときは全てを忘れられる。だから夕希はスイーツが好きだった。美味しいものを食べて写真を撮り、webで公開して反応があると嬉しい。自分が食べて美味しいと感じるだけでなくどういう味がしたか、どんなお店で食べられるのか、そういう情報をブログの記事にする。それが人の目について誰かの楽しみになっているなら夕希にとってもそれが喜びに変わる。
というのも、夕希自身がそういったブログやSNS、書籍などに日々励まされている人間だからだ。
オメガである自分を好きになれず、アルファを避ける人生――。夕希にとってそういう満たされない部分を埋めてくれるのがグルメやスイーツだ。そしてそんな夕希に元気を分けてくれていた美食家の一人が鷲尾隼一だった。
彼のことを尊敬してはいても、アルファだと意識したことはなかった。彼の書くコラムが好きなのであって、彼自身に特別な興味があったわけでもない。なのにたった一瞬彼のフェロモンを浴びただけでさっきみたく浮かれてしまうなんて――。夕希は自分の思わぬ反応に戸惑っていた。
身近にいるアルファは父や義兄など親族を含めオメガのことを道具としか思ってない人ばかりだった。写真のお見合い相手がどんな人かわからない。ただ、誕生日までの間だけでもせめて隼一と一緒に美味しいものを食べてコラムニストに近づけるように頑張ろうと夕希は決意した。
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