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第1話

 クリスマス前だと言うのに、街ゆく人々はどこか浮かれているように見える。イルミネーションや色とりどりの装飾がされたツリー。店内には新旧、和洋問わずクリスマスソングが流れている。予報では、夜から雪が降るらしい。  相馬理玖(そうまりく)のアルバイト先であるコーヒーショップでも、クリスマスメニューが良く売れている。慣れた手つきで限定フラッペを作っていき、また注文を聞く。ここで働き始めて半年が経った。最初はどこでもよかったアルバイト先だが、今ではここに決めて正解だったと思う。  理玖自身は甘いものが苦手だがこの甘いカロリーの爆弾を好んで飲む知り合いが一人いる。 「理玖お疲れ」  レジ前に見慣れた人物の姿があった。耳に心地よい声、理玖の一番好きな人だ。 「いらっしゃいませ」  一応仕事中と言うこともあり、理玖はマニュアル通りに接客をする。 「えーと……じゃ、このフラッペ」 「かしこまりました」  今は客と店員という立場だからか、お互い素っ気ない。後ろにも客がいるから、いつものようなやり取りができない。  ――また甘いもの頼んでる。  甘党の先輩、周防一樹(すおういつき)の好物はこの店のフラッペだった。暑い日はもちろん、こういった寒い日にも構わずオーダーをする。偏った食事はして欲しくないと思いつつ、こっそりと特別なトッピングをしておいた。  同じ商業施設で、一樹が働いていることを知ったのはごく最近だった。嬉しかったし、運命だとも思った。ただ、働いているのが商業施設(ここ)の書店だったと知ると、胸が痛くなったが。  ――よりにもよって、本屋とはね。  今は亡き兄がよく利用していた書店。一樹が兄のことを慕っていたのはよく分かっていたから、余計に複雑だった。  考えすぎだとは思うが、今でも兄の亡霊に取り憑かれているのかも知れない。 「お待たせしました」 「うん、ありがと」  出来上がった商品を手に、一樹は席に戻って行った。カップのラベルに一言、メッセージを書いておいたのだが、割と鈍感な彼はいつ気付くだろうか。  ――終わったら一緒に帰りませんか?  チラチラといく先を見ていると、彼はこちらに向き直り、オーケーのサインを出していた。  何気ないやりとりだったが、通じ合っているという気になった。正直にいうと浮かれている。そんなことはおくびにも出さず、理玖は淡々と業務をこなしていく。もう少しすると、退勤の時間だ。こういう時の時間の進み方は遅い気がする。待ちくたびれて一樹が帰ってしまわないか、少々不安でもあった。  それからの三十分は体感では長く感じ、やっと退勤の時間である十八時を過ぎた。それまで、一樹は店内で時間を潰してくれたようだ。 「すみません、遅くなって」 「ん? 大丈夫だよ、仕事お疲れ」  彼の声で仕事の疲れが少し癒えた。二人はどこへ向かうでもなく歩き出す。 「あのさ……」  フラッペのカップに書かれた秘密のメッセージが気になったのか、一樹は声をひそめて聞いてきた。 「今更だけど、こんなこと書いていいのかよ……」  少し照れているように見えたのは気のせいだろうか。一樹の頬が少し赤い。 「先輩、照れてます?」  一樹は頭を横に振り、 「んなわけな……い、と思う……ってバカ!」  本気のパンチを胸元に食らう。やっぱり照れてるんだ、と思い嬉しくなった。こういうところが愛おしい。 「先輩にしか書きませんよ、あんなこと。もっと書いてもいいんですよ。好きですって」 「いや、もういい……」  ぷいと横を向いた一樹の手に、何かが握られているのに気がついた。 「先輩、それ」  彼の手に会ったのはラベルだった。手書きのメッセージ入りの、特別なラベル。 「ちが……これは……」  口籠る彼の様子を窺い、理玖は口元を緩めた。 「いや……なんか捨てたくなかったっていうか……」  観念したのか、彼は白状した。真っ赤な顔を隠すようにして、俯いている。理玖はラベルが握られている彼の右手を繋ぎ、こちらに抱き寄せた。 「可愛い」  いつものことながら、本当に可愛い人だった。 「ねえ、先輩。今年のクリスマスって週末なんですよ」  ぴったりと体を密着させ言った。一樹は何も興味のないような口ぶりで答える。 「ふーん」  それでも、理玖にはわかる。 「一緒に過ごしてくれませんか」  この願いに、彼は必ず応えてくれる、と。 「あ、雪降ってきた」  初雪にはしゃぐ一樹を見て、彼を包む腕に力がこもる。  聖なる夜が恋人たちの日になったのは、いつからだろう。  大切な人と過ごせる日ということなら、今の自分たちも許されるはずだ。  兄に対して抱えていたコンプレックスを克服する、いい機会なのかもしれない。 「理玖?」  見上げた一樹の顔を見て、理玖は優しく微笑んだ。 「なんでもないです。行きましょうか」  賑やかな街を二人で歩く。キラキラとしたイルミネーションに見守られ、恋人たちが行き交っている。 「一樹は、俺が幸せにするから」  兄が言ったかもしれない言葉を、理玖は目の前の愛しい人に向けて伝えた。  自分の決意は揺らぐことはないと、誓いを込めて。

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