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第八話 人生の分岐点

 シノ様、もういい加減、俺の愚痴にも飽き飽きしているとは思いますが、何卒、何卒話を聞いていただけませんでしょうか。  これ以上無い程へりくだって頼んでみたところ、意外にもシノは二つ返事で「いいですよ」と答えてくれた。それはそれで怖い。  最初は回らないお寿司、その後にお高い焼肉店。一体次は何をおごればいいのだろう。財布の中身と通帳の残高を脳内で覗きながら震える。と、「カラオケボックスでいいですよ」と言われ、和真は「ヒェッ!?」と悲鳴を上げた。 「めっちゃランク下がってるけどいいの、シノ!?」 「別に僕もあなたの弱味につけこんで、贅沢がしたいわけでもないんで。ただ内容的に、個室で話せた方がいいでしょう。僕はあなたを家に招きたくないし、あなたもそれを提案しない。ならカラオケあたりが通いやすいでしょ、和真さんの悩みもすぐに解決することじゃなさそうですし」 「し、シノォ~~~! お前、俺の一番の友達だよぉ~~~!」 「それはかわいそうに。よほど友達がいないんですね」  シノの口ぶりは冷たかったけれど、実際、こんなに付き合ってくれる人もそうはいないだろう。シノのほうから誘われたり、何か相談を受けたりしたこともないのだから。 「シノ、困った時は俺に相談してくれな。俺もシノの役に立ちたいし……!」 「たぶん困ったとしてもあなたには相談しないですかね……」 「そ、そんなあ!」  それは相談するに値しない、ということだろうか。そう考えてしょんぼりしたけれど、シノが「今はあなたのほうが大変そうですし」と言ってくれて、救われた心地になった。  そんなわけで、ふたりは仕事終わりにカラオケルームへと向かった。他の部屋からはワンワンと様々な歌声が響き渡っている。お世辞にも落ち着く場所ではないけれど、まあある意味では遮音性に優れているだろう。  和真たちは特にマイクやタブレットにも触れず、ドリンク片手に本題へと入った。 「……元恋人と、今あなたが恋している薫さん、あなたの3人で遊びに……それはなかなかの修羅場ですね」 「そうなんだよーーーッ! ヤバすぎない!? 別れた子、リンちゃんていうんだけどさ! 絶対リンちゃん、根に持ってて俺に嫌がらせ目的でやってるよね、これ! ねえ!」  和真はシノに泣きつきながら叫んだ。  そうなのだ。薫から、リンと一緒に映っている写真が送られてきて間も無く。和真は薫に、一体どういうことなのかと尋ねた。  すると薫からは嬉しそうなメッセージが返ってきたのだ。 『すごい偶然だよね、和真君のお友達もお客さんだなんて。折角だから今度、みんなで遊びに行かない? リンちゃんも行きたいって言ってるし』  薫にとってはすごい偶然かもしれないけれど、和真にとっては悪夢のような天災だ。あぶあぶあぶ、と焦りで泡まで噴きそうになっていた和真は、ようやくそれを他人に相談できる機会を得たのだった。 「リンさんが希望したというのなら、あなたに会いたがっているということでしょうしね」 「そう、そうなんだよ、なんでだろ!? 会ってどうするつもりなん!? 俺、薫さんの目の前で公開処刑されるのかな!! 物理的にか、社会的にか、両方か!!」  怖すぎるよーッ! 叫ぶ和真を尻目に、シノは顎に手を当てて深く思案している様子だった。 「でも、妙ですね。リンさんとやらがあなたを処刑したいのなら、「友達」なんて表現はしないでしょうし、あなたとの間にあったことを有ること無いこと吹き込んだ方が早いし確実でしょう。本人がいないのなら言いたい放題なわけですし」 「……それはそうなんだよなあ。だから、嫌がらせ目的で3人で予定組もうとしてるんじゃないかって」 「ふむ……」 「なになに、なんか気になる!?」 「いえ。僕がもし、リンさんの立場ならあなたに二度と会いたくないかなと思いまして。まあ、あなたを恋人に選ぶような人のこと、全く理解できないからそういうものなのかもしれませんけど」 「なんかさりげなく俺に対してもひどいこと言ってない!?」  和真がツッコんだけれど、シノは「気のせいじゃないですか」とウーロン茶に刺さったストローを口に含んだだけだった。  まあ、そこはどちらでも同じだ。リンが本当に嫌がらせ目的で言ってきたのか、他に思惑があるのか。そんなことはどちらでも全く同じ。  真の問題は、リンと薫、和真の三人で会わなくてはいけないこと、である。 「だって絶対行かなきゃダメじゃん、薫さんは俺とリンちゃんのこと友達だと思ってるのに、3人で遊びに行くのヤダってなったら、何で? ってなるじゃん……」 「なるほど。じゃあ、和真さんはその、リンさんに会うのが嫌、なわけですね」 「そりゃそうでしょ!」 「理由を聞かせてもらっても?」 「理由って言ったって……」  和真は困惑した。そんなの、シノだってわかりきっているはずだろう。付き合っていた元恋人、浮気を理由にフラれた相手だ。誰だって気まずくて会いたくないに決まっている。 「どうして気まずいんです?」 「どうしてって……」 「あなたって、誰とでも寝る人でしょう? 一晩寝た相手なんていくらでもいるでしょうに、そうした店に出入りをするのには抵抗が無い。ということは、元肉体関係を持った相手なら別に何も感じていないんです。どうして、リンさんとだけはそんなに気まずいと思うんです?」 「そりゃあ……」  だって、と和真は呟いて、そこで言葉を失った。  そう言われてみれば、どうしてなのだろう。ムムム、と考え込んでしまった和真をよそに、シノは黙ってウーロン茶のおかわりを取りに部屋を出てしまった。  ひとりきりのカラオケルーム。外から響く、音痴な歌声。歪んだ色彩の室内に、ぐるぐる回る思考。眩暈がしそうだった。頭を振って、それからよくよく考えてみる。  やがて戻ってきたシノに、和真は言った。 「……もしかしたら、リンちゃんに申し訳無いから、かも……」 「ほう」  シノは興味深そうに頷いて、「続けてください」と手で促した。まるでカウンセリングに来たみたいだ、と感じながら和真は続ける。 「なんていうか、リンちゃんは俺に、恋人になろうって持ちかけてくれたし、それで俺も了承したじゃん? で、俺は寂しくて他の男と寝た。その時は別に、なんとも思ってなかったよ、そんなことで怒るリンちゃんが酷いと思ってた。クリスマスの時だって、ヤケ酒してたのは独りぼっちの自分がたまんなく悲しかったからだし……」 「なるほど」 「でも、なんか……今はちょっと、違うかも……」 「心境の変化が有った、と?」 「……だって、だってさ」  和真は考えて、言葉を選びながら答えた。 「例えば俺が好きな薫さんが、他の男と寝てるかもって考えただけでも死にそうなぐらい嫌だし。それが事実だったら、そりゃ悲しいと思う。だからリンちゃんがさ、もし本気で俺のこと好きでいてくれて、恋人になってくれてたんだったら……めちゃくちゃ酷いことしちゃったんだなって、今ならわかるし……」 「当時は思わなかったことを、今は感じる、と」 「うん、でも今更悪かったと思っても、たぶん謝っても意味無いだろ? そーゆーとこ、もう俺にはどうしようもないのに、会わなきゃいけないっていうのがやっぱ、ヤなんだと思う……」  和真の言葉に、シノは頷いた。 「会ってもしかたないのに、会うしかないのがお辛いんですね」 「そう、何話していいかわかんないし、でも俺は……そうだな、今からでも間に合うなら全力で謝りたいよ、でもそれが逆にリンちゃんを傷付けたらもっとやだし……あ~~~、わかんない! どうしたらいいかわかんない! やだ~~~!」  和真は子供のように叫んで、ソファにぐったり背を預ける。  薫に出会って以来、わからないこと、初めて感じることだらけだ。こんなことなら出会わなければ良かったのかもしれないし、いいや絶対に出会えてよかったとも思う。うっうっ、と泣きそうになりながら、和真は呟いた。 「シノぉ、一緒についてきてぇ……」 「いいですよ」 「だよねえ………………………エッ!!!!!! ついてきてくれるの!!!?!?!」 「声が大きいですね、和真さん」  思わず飛び上がって叫んだ和真に対して、シノはやはりマイペースにウーロン茶を飲んでいた。 「え!? つ、ついてきてくれるってこと!? 俺と薫さんとリンちゃんの地獄デートに!」 「誰も付き合ってないんだからデートじゃないのでは? 別に構いませんよ。いつもお世話になってますし」 「お世話したっけえ!? で、でもありがとう、本当にありがとうシノ様! 心の友よ~~~!」 「抱きつかないでください、気持ち悪い」 「あ、はい……」  感激のあまり抱き着こうとしたら、冷たくあしらわれた。しゅん、と一度縮こまってから、おずおずと尋ねる。 「でも、本当にいいの?」 「構いませんよ。先程も言いましたが、和真さんにはそれなりにお世話になっていますし」 「お世話した覚えが本当に無いから怖いんだけど……」 「まあ、僕が間に入って話すこともできますし。それに……」 「それに?」  和真の問いに、シノはにっこりと笑って。 「僕は和真さんの周りの人間関係がどうなろうと、知ったことではないので。自由にやらせてもらいますね」 「…………ヒェ」  和真は背筋が冷たくなるのを感じた。  

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