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エピローグ
夕暮れの光が、雲にかかっている。街並みは、橙と蒼の混じり合う、どこか切ない色に包まれていた。
大きな駅で降りて、人通りの多い駅前を進む。タクシー乗り場へと向かいながら、和真は薫に辺りを指差してみせた。
「ここ、学生の頃毎日通ってたんすよ。雨の日とか、チャリだとすごい大変で」
「だろうねえ。和真君はその頃から陸上をやっていたの?」
「ウーン、小学校の頃は、サッカー、中学ん時はテニスやってましたね。なんか、その時期に流行ってた漫画とかの影響で。まあ、スポーツ少年だったかもしれないすね。陸上は高校から始めました。一応、全国大会にも行けたんすよ」
「それはすごいね」
「いやーでも、予選敗退だったすからね……あ、来ました来ました」
話している間に乗り場へ着き、ちょうどやってきたタクシーへと乗り込む。荷物を抱え、行き先を告げればタクシーはゆっくりと走りだした。
流れていく景色は、和真にとって見慣れたものだ。故郷を離れてから何年も経っているし、多少は建物の姿も変わっているけれど、それでも。ここが様々な思い出の詰まった、和真の「帰るべき場所」であることに、変わりはないように感じられた。
「……薫さん。今日は一緒に来てくれて、ありがとうございます」
「なんだい、改めて」
隣で外を眺めていた薫は、くすりと笑ってこちらを見る。その優しい眼差しが温かかくて、けれど同時に少し胸が高鳴る。
「やっぱり、ちょっとだけ不安すから。薫さんに着いてきてもらえて、よかったなって」
「……君も私にそうしてくれたからね。少しでも力になれたらいいんだけど」
謙虚なところが薫らしい。和真は小さく頷いて、それから決意を口にする。
「薫さん」
「うん」
「俺、父さんと母さんに、聞こうと思ってます。本当の親のこと……」
「……君はそうしたいんだね」
「はい。……ずっと、ずっとできずに悩んでばっかりいたけど……薫さんが勇気をくれましたから」
和真は、夕暮れの空を見つめる。何百回と見た空のようにも思うけれど、今日と同じ空など一度も無かったに違いない。そしてきっと、この空は――和真にとって、忘れられないものになるだろう。
「両親がどうであれ、生まれの親がどうであれ。俺には、俺の人生と価値がある。……薫さんが、そう、教えてくれましたから。だから、もう俺は大丈夫です」
「……和真君は、強い子だね」
「まさか。薫さんの方が強いですよ!」
「私は別に。君よりちょっぴり長生きしているだけだから」
そうして褒めたり謙遜したりを繰り返しているうちに、なんだかおもしろくなってきて、ふたりして笑ってしまった。
どうしてだか、晴れやかな気持ちで。これから自分に、自分達に起こることが不安でない……と言えば嘘になるけれど。それでも。
きっと、全てはこれまでと違う。そんな気がして。
和真がそっと薫に手を伸ばす。そしてその手を、薫が静かに握り返してくれた。
寂しい気持ちがなくなったわけではない。これからも間違いは犯すかもしれない。それでも。
ふたりは、お互い手を取って、前に進めるだろう――。
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