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不格好なケーキ

祐輔(ゆうすけ)さん、できました?」  あるクリスマスイブの日、キッチンで料理をしていた祐輔に、貴徳(たかのり)が声を掛けてくる。  外はホワイトクリスマスと言えば聞こえはいいものの、この地域では数年ぶりの積雪で、車はもちろん、歩きですら出掛けるのは躊躇われるレベルだ。暖房をつけているとはいえ、部屋はなかなか暖まらない。けれど、今はそれが少し役に立っていた。  祐輔はため息をつく。 「お前な、そう言うなら少しは手伝え」  祐輔が作っているのはクリスマスケーキだ。と言っても、市販のロールケーキにチョコレートホイップを塗るだけの、なんちゃってブッシュ・ド・ノエルなのだが。生クリームを作るのに、部屋の温度は低い方がいい。祐輔はボウルを氷水で冷やしながら、手動で生クリームを泡立てていた。 「そうしたら、祐輔さんの手作りにならないじゃないですか」  貴徳は椅子に座ってニコニコとこちらを眺めている。このやろう、と祐輔は貴徳を睨んで作業を続けた。  ことの発端は四日前。クリスマスにそれらしいことをしたいな、と祐輔が呟いたのがいけなかった。  貴徳は祐輔の手料理が食べたいと言い出し、それならいつも作ってるだろと反論する。けれど、甘え上手な貴徳は祐輔に抱きついて上目遣いで「ダメですか?」と聞いてきたのだ。  祐輔は貴徳の甘えにとても弱い。彼の上目遣いにはもっと弱い。図体はでかいくせに犬のように遊んで構ってをしてくる恋人に、絶対勝てないのだ。惚れた方が負けとは言うが、祐輔はずっと、貴徳には勝てない。  その結果、結局折れて、貴徳のリクエストではなく祐輔が作りたいものを作る、という条件で交渉は成立した。そして真面目な祐輔は、せっかくだから普段作らないケーキでも、と考えたのだ。 (貴徳は、俺が何を作っても喜んでくれるだろうけど)  そう思って泡立てたチョコレートホイップを塗っていく。お菓子用の調理器具など持っていないので、木べらで塗りつけていくと、貴徳が目をキラキラさせて見つめていた。 「不格好でも文句言うなよ?」 「言いません。祐輔さんが作ってくれたものですから」  そうニコニコと言われ、祐輔は思わず顔が熱くなる。そう言えば普段作る料理も、量が足りないと言われることはあっても、味に関しては言われたことはなかったな、と今更気付いた。 「……」  気を取り直し、またクリームを塗っていく。視線が刺さって痛いけれど、無視だ無視、と残りのクリームを袋に詰めた。  袋の端を少し切ってクリームで飾るけれど、やはり専用の金具もないので見た目はそんなに良くない。言質は取ったからいいか、と百均で買った飾りを乗せていく。定番の「MERRY CHRISTMAS」やサンタクロース、トナカイだ。そしてこれまた百均で買った、白い球型のチョコレートを適当に降らす。 「ほい、できたぞ」  飾りたてほやほや──できたてではない。祐輔は飾っただけなのだから──のケーキを貴徳のいるダイニングテーブルへ持っていくと、彼は目を輝かせていた。 「やっぱ祐輔さん器用、天才っ」  そう言って立ち上がり、いそいそと食器類を準備する貴徳。祐輔の目には手作り感満載のケーキにしか見えないのだが、彼の審美眼はどうなってる、と疑いたくなった。  ウキウキ気分の貴徳を横目に椅子に座ると、彼は椅子を祐輔の隣に持ってきて座る。何で? と彼を見れば、形のいいアーモンド型の瞳が細められた。 「祐輔さん、食べさせてください」 「はあ?」  祐輔は思わず声を上げる。ケーキを作らされたあげく、食べさせろとはどういうことだ、と彼を見ると、やはり貴徳は「ダメですか?」としょんぼりして上目遣いをするのだ。  そこで祐輔は悟った。こいつ、最初から俺がその上目遣いに弱いことを、分かっててやっているな、と。 「自分で食え、それくらい」  祐輔は貴徳のフォークを、彼の前に改めて置く。その腕を、貴徳が取ってしがみついてきた。 「祐輔さーん……お願いです、あーんしてください」  そして眉を八の字にした貴徳にも弱い祐輔は、結局彼の言うことを聞いてしまうのだ。祐輔は無言で彼のフォークを取り、大きめの一口大にケーキを切る。 「……はい」 「違います、あーん、でお願いします」  何が「お願いします」だ、と祐輔は貴徳を睨みつつ、あーんとやる気のない声で言うと、彼は素直にパクリと食いついた。途端に幸せそうに笑うので、つい祐輔の口元も緩む。 「幸せです、祐輔さん」 「そうか。それなら良かった」  外ではできないですからね、と二口目を要求する貴徳。確かに、男同士で「あーん」なんて、見てしまったひとの方がかわいそうだ。 「彼女にもしたことないぞ、こんなの」 「え? じゃあ俺が初めてのひとかぁ。祐輔さんの初めて頂いちゃいました」  まんざらでもなく嬉しそうに言う貴徳は、祐輔さんの番、とケーキを差し出してくる。  誰にも見られないならいいか、とそれを口にすると、口内に色んな甘みが広がった。 「あっま……」 「ふふ、俺たちみたいですね」 「何言ってんだ、全然上手くないからな」 「とか言って、顔真っ赤ですよ? かわいいなぁ、祐輔さんは」  からかわれていたたまれなくなり、祐輔は貴徳の肩をペシ、と叩く。痛いと言いながらも笑う貴徳に、祐輔も笑いが込み上げてきた。二人で笑い合う。  また来年も、一緒にケーキを食べましょう。  そう囁かれ、祐輔は照れ隠しに貴徳の頭をくしゃくしゃと撫でたのだった。 [完]

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