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It’s New Year! ①

これでパッキングは終了と横を見ると、まだ全ての荷物を大きな範囲に広げているリアムがいた。買った物全てをスーツケースに入れたり出したりしている。 明日のフライトでサンフランシスコに帰る。日本時間の元旦に出発するから特に慌ただしい。 だけど、元旦は空港まで渋滞もしないようだし、快適に帰れそうだ。だが、リアムはまだ荷物をパッキングするのに、四苦八苦していた。 「全部スーツケースに入れろよ?手持ちで機内に持って行くと、悪い予感しかしないから」 「スーツケースの中で壊れたら…」 「壊れたらってなんだよ?ああ、フィギュアか。仕方ない…それは手持ちだな。これと、これはスーツケースでいいだろ?」 長谷川が指差しして指図するも、リアムは中々パッキングが進まない。リアムの中では、購入したものは、ほぼ壊れものと思っているようだ。 そもそも大量に買ったから、自分のスーツケースの中に入りきらないらしい。 「…絢士さん、機内に持ち込めるのってどれくらいでしょうか」 「お前さ、この調子だと全部機内持ち込みになるぞ。じゃあ、どうしてもってやつだけ手持ちにして、後は俺の方にも入れてやるから、とにかく詰めるぞ」 長谷川の荷物は全てスーツケースに収まっていたが、リアムのYOROIグッズが沢山あるためもう一度入れ直しとなる。 「あっ!絢士さん!年が明けました」 「ああ、もうこんな時間か…」 「あけましておめでとうございます!いつもいつもありがとうございます。あの、コレ、絢士さんにお礼です」 リアムがパッと明るい顔をして、長谷川にプレゼントを渡した。 渡されたものは、高級ブランドの紙袋だった。 「ん…?」 「そうなんです!YOROIがコラボしたんですよ。絢士さん、武田信玄が好きって言ってたから。ふふふ」 サプライズでプレゼントを用意してくれていたようだ。リアムは嬉しそうに照れ笑いをしている。 プレゼントは武田信玄がプリントされているトレーナーだった。 しかもそれは、誰もが知るハイブランドのハリルだ。ブランドのロゴもトレーナーに入っている。 「ハリルって…あのフランスのデザイナーの?高級ブランドのハリル?そこがYOROIの戦国武将をプリントしたトレーナーを出したのか…何が世界で起こっているんだ…しかしこれ、物凄く高いんじゃないか?」 「ファーストクラスよりは安いですよ?」 リアムはやっぱり嬉しそうに、うふふと笑っている。サプライズ成功だと顔に書いてあるのがわかる。 それにしても…微妙だ。武田信玄をプリントするハイブランドとは、正気の沙汰とは思えない。 しかもリアムは「へへ、実は自分のも買っちゃったんです」とご機嫌で言い、直江兼続がプリントされているトレーナーを長谷川に見せてきた。 長谷川は、自分のセンスが世界と合わないのだろうかと考え無言になってしまった。 「あ、あ、あの、すいません。いらなかったですよね?あの、」 すぐにお礼を言わなかったので、リアムの顔色が変わり、また空気を読み挙動不審になってしまった。 せっかく頑張ってサプライズしてくれたのに、驚かない自分が悪いに決まってると瞬時に長谷川は判断した。 「い、いや、違う。ありがとう、ありがとうな。YOROIの中では武田信玄がいいって言った俺の言葉を忘れてなかったんだなって思ってさ…ハリルか…すげえなぁ」 最後は棒読みの口調になってしまったかもしれない。 「ごめんなさい。何かお礼がしたくて、あの…あ、紅茶!紅茶でも入れますね」 いいから!と言ってもリアムは、ぴょんと動き出し紅茶を入れ始めた。 なみなみと注いでいる紅茶をゆっくりとした動きで運んでくる。長谷川が手を貸そうとして動いた時、リアムが慌て始めてしまい二人分の紅茶を長谷川の服の上に盛大にひっくり返してしまった。 「…あっ。ごめんなさい!」 溢れた紅茶の下には、明日帰国する時に着る長谷川の服がびしょ濡れになっている。 「絢士さん…ごめんなさい」と、リアムは涙目になり、懸命にびしょ濡れの服を拭いている。もう大きな目から涙がこぼれそうだった。 「リアム…もう大丈夫だ。お前は慌てるとこうなるもんな。服は絞ってスーツケースに入れるよ」 「えっ?そしたら明日は何を着て帰るんですか?」 「…これを着て帰ろう。リアムがプレゼントしてくれたんだ。そうだ、お前もそれを着て帰ればいいんじゃないか?」 仕方がない、武田信玄を着て帰ろう。 いや、仕方なくではない。 これを着たいから着て帰ろう。 ダサい…とはいえハリルだ。高級ブランドのロゴも入っている。世界がこのデザインを認めているんだと、長谷川は自分に言い聞かす。 それにひとりでなく、二人で着ていたら何かのイベントみたいで目立たなく、いいじゃないかと考えた。 「本当に?」とリアムに顔を向けられて、「ああ、本当だ。あけましておめでとう。リアム」と、何とか笑顔で答えられたと思う。 ◇   ◇ サンフランシスコまで帰るフライトもファーストクラスだ。機内持ち込みはフィギュアと、何だかよくわからない兜型のランプシェードだ。 それを大切そうに抱えてリアムも長谷川の隣のシートに座る。 上着を脱ぐと二人ともYOROIのトレーナーとなる。ここに乙幡がいなくてよかったと、心から長谷川は思った。 近くのシートも続々と埋まっていく。元旦からサンフランシスコに向けて搭乗する人の多さに少しだけ驚いた。 このシーズン、ハワイやニューヨーク行きのフライトなら、まだホリデーバケーションかなと思うが、サンフランシスコ行きだと首を捻って考えてしまう。 サンフランシスコに何の用があるんだろうかと思いながら、長谷川は周りを見渡していた。 「絢士さん!目的の物は全部購入出来たし、イベントにも行けたし、本当にありがとうございました」 「明日サンフランシスコに到着した夜に何かあるんだろ?YOROIの生配信だったか?」 「そうなんです。配信だから家でゆっくり見る感じですから、到着したら僕がご飯作ります。日本で買ったラーメンにしましょう!」 そういえば、リアムは空港でラーメンやらレトルト食品やらを大量に買っていたなと思い出す。 でもまあ確かにリアムに作ってもらう袋のラーメンは美味しい。サンフランシスコでも週末はよく作ってくれていた。 チラチラとリアムが長谷川を見てくるので、何かあるのかと聞いた。 「…えっ?いや、あの…それ、絢士さんが着るとすっごくカッコいいなって思って。モデルさんみたいです。ほら、絢士さんって背も高いし、どんな服でもカッコよく着ちゃうなって…黒だから余計似合ってる。本当に武士みたい…」 「…」 武田信玄を着ている長谷川を、武士みたいというリアムには、何を言ったらいいのか、もはやわからない。 そもそも、リアムは武士のことを本当は知らないんじゃないかと思う。 リアムが浮かれている間に、飛行機は離陸した。疲れているので、この後寝ていればサンフランシスコに到着するだろう。 そう考えていた時、近くの席に座る外人たちから声がかかった。 「その服、すっごいクールだね!君たちのマッチング、カッコいい!」 ペアで着ているYOROIのトレーナーを褒められて、正気かよ…と長谷川は思ったが、リアムは「ですよね!」と、興奮し話始めている。 日本のハリルでこの服を二人分買ったこと、これはYOROIという番組の戦国武将、そのYOROIのイベントに行き、長谷川の手配で全てお目当てのものを購入出来たこと。機内に手荷物で持ち込んだフィギュアまで見せ始めている。 リアムたちが盛り上がっている話を聞いていた長谷川の隣に座る男から「へえ...」という声が漏れ聞こえた。 「YOROIって知ってますか?サンフランシスコでも流行ってるみたいですよ。この服は、それのコラボ商品なんです」 と、長谷川がその隣に座る外人の男に教えてあげたら笑顔で答えられた。 「YOROIね!もちろん知ってるよ、だって、その番組はうちが制作してる番組だからさ」 げっ…マジかよ、関係者かよと長谷川は心の中で思った。辺りを見回し、ファーストクラスに搭乗している客のほとんどがYOROIの関係者だとわかる。 そんな奴らの前でファン丸出しのトレーナーを着ているなんて拷問だと、頭を抱えたくなる。 彼らは、サンフランシスコに到着したその日に生配信があるので、それに間に合うように帰国すると言っていた。 その後それぞれの自己紹介がもちろん始まる。リアムが乗り気だったから尚更だ。 YOROIの爆発的な人気により、これからYOROIをネットドラマとして制作する予定だと言う。それが、今夜サンフランシスコである生配信で発表されるらしい。 そんなシークレット的なこと、話していいのかよと思ったが、リアムが興奮してるし、口は挟まなかった。 その後リアムの仕事の話になり、上司である悠のデザインの話題となる。YOROI関係者達は悠を知っていた。 「マジで!彼、超クールなデザインするよね。以前、デザインアワード受賞した時のやつ、すっごくカッコ良かったよ。あ、あのさ、デザインのことで相談したいから連絡先交換してもいい?SNSは?ある?」 と、若手スタッフがリアムに確認していた。 SNSはまだやり始めていないとリアムが慌てていると、その話を聞いていた長谷川の隣の男が、「ビジネスカードを渡せ」と指示を出している。 さっきからちょいちょい口を挟むその男を見る。多分、年恰好からYOROIチームの総括らしいことがわかった。 しかし、リアムは完全プライベートで日本に行ったため、ビジネスカードは持ってきていない。 また、「ど、ど、ど、どうしよう…」と挙動不審が発動している。 仕方ないので、長谷川経由で悠とリアムに連絡が取れるようにと、長谷川が隣に座るYOROIチーム総括らしい男とビジネスカードの交換をした。 隣の男から渡されたカードには全米大手の動画配信会社に提供している番組の社長兼CEOと書いてある。 CEOもクルーと一緒に行動しているのかよと、また長谷川はカードを見ながら驚く。それに、そんな多忙だと思われる男がなぜ日本にいたのだろうかと疑問に思い尋ねた。 「僕ね、日本が大好きなんだよね。食べ物は美味しいし、アニメや漫画もたくさんあるでしょ。今回は日本で大きなイベントがあったし、そのイベントにYOROIも出るからって、一緒について来ちゃった。忙しくても日本に行けるチャンスがあれば行きたくってさ」 なるほど、オタクってとこか...と長谷川が考えていると更に男は話しかけてきた。 「Oh!君は…ジュエの関係者なの?僕ね、ジュエのロッキングチェア持ってるよ。今度、別荘にまた置こうかと思ってたんだ」 「引き続きご愛顧のほどお願い申し上げます」と長谷川が言い二人で笑いあい、この後連絡を取ることを約束した。 結局、サンフランシスコまで寝ることもなく、ファーストクラス全体で話が盛り上がった。 リアムもだが、長谷川もビジネスに結びつく結果となる。どこにビジネスチャンスがあるのかわからない。 しかしこれを、乙幡にどうやって説明しようかと長谷川は考えている。 サンフランシスコに到着し、別れる間際にリアムはクルー達に日本の空港で購入したお気に入りのラーメンを目一杯プレゼントしていた。今日自宅で食べる二人分を残してそれ以外はプレゼントだ。 賑やかなクルー達と別れ、サンフランシスコの自宅に二人で戻った。 「…リアムさ、お前と一緒にいると本当に『運』を感じるよ。良くも悪くも...何だろうなこれって」 と言い、長谷川は紅茶でびしょ濡れになっているカシミアのセーターをスーツケースから取り出して眺めていた。多分もうこれは着ることはないなと思っている横で、「絢士さんのおかげです!」と、リアムはまだ興奮していた。 その日の夜、YOROIの生配信を見ているとフライトで一緒だったクルー達が配信中にラーメンを食べている画がいっぱいにアップされている。 YOROI日本のイベントの話から、関係ないラーメンの話にまで生配信中はたくさん話をしている。ラーメンはよっぽど嬉しかったらしく、何度も「リアム!アリガト」と食べながら叫んでいた。 「おい、リアム!今すぐ悠さんに連絡してデザイン会社のSNS始めろよ。多分、このラーメンの会社からもお前にコンタクト取ってくるぞ。YOROIもSNSの方がコンタクト取りやすいだろうし…俺から乙幡さんにもすぐ伝えてやるから」 アメリカでも日本でもYOROIは人気になっている。その制作会社が番組の生配信でラーメンを食べてノリで宣伝しているようなものだ。 恐らく、この映像がトレンドランキングに入ればきっと悠のデザイン事務所まで連絡は入るはずだ。またしてもビジネスに繋がっているようだ。 「で、で、でも、悠さん写真が苦手だから...SNS難しいって」 「悠さんが撮った写真なんかUPするわけないだろ。あの人写真撮るのへたくそなんだから。アワードで受賞した写真とか、その他、仕事で使った写真がいくらでもあるだろ?それをUPするんだよ。ああ、悠さんに伝えてもSNSは出来ないか。じゃあ、乙幡さんにやってもらうように伝えるよ。とりあえずアカウント作って、その後はお前がUPしていけばいいんだから」 「わ、わ、わ、わ、とりあえず、悠さんに連絡します!」 新しい年が明けた。考えてもいないことが起きるのは嫌いではない。 リアムと一緒だと、頻繁に起こるハプニングにそろそろ長谷川は慣れてきていて、またそれを楽しんでいた。

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