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夢見る俺たちのクリスマス (3)

英瑠(える)ー!」  放課後の雑踏の中、誰かが俺を呼んだ。  身体をひねると、教室の入り口で幼馴染みの百合ちゃんが手を振っている。 「後輩くん来てるよ!」  百合ちゃんの向こう側にいたのは、俺と同じ制服を着た小柄な少年。   一年生の神崎(かんざき)理人だ。  新入生総代を務めるほどの秀才なのに驚くほどおっちょこちょいで、入学式で壇上挨拶に向かう途中すっ転びそうになったところをお姫様抱っこで颯爽と助けて以来、なんだかものすごく懐かれてしまっている。 「どうしたの、神崎」  覗き込むと、神崎は「ひえッ」と小さく声を上げた。  俺と目が合うと、ツヤツヤのほっぺがどんどん真っ赤に染まっていく。  ふたつのアーモンド・アイがまん丸になったまま右往左往して、俺の顔を見上げたと思ったら、廊下のシミに目線を落としてみたり、とにかくせわしない。 「さ、佐藤先輩!」 「ん?」 「あ、あのっ……あのっ……」  俺は、神崎の言葉の続きを首を傾げて待った。  本当は彼の言いたいことなんてもうとっくに分かっているんだけれど、必死な様子があまりに可愛いから、つい意地悪してしまう。  神崎は何度も「あの」と「えっと」を繰り返した後、俺の制服の袖をキュッと握った。 「こ、今週末、予定ありますか……っ」   今週末ーー12月24日と25日。  クリスマス・イブと、クリスマス。  思わずにやけそうになる顔を無理やり引き締めて、俺は即答した。 「ある」 「えっ……」 「って言ったらどうする?」 「……ッ」  神崎の鼻がスンッと可愛く鳴いたと思ったら、大きなふたつの瞳に涙のヴェールがじわじわと広がってきた。  細い輪郭がふるりと震え、なにかを紡ぎかけた薄い唇がへの字にひん曲がる。  そしてすっかり俯いてしまった神崎の身体を、俺は腕の中に引き寄せた。 「せんぱっ……」 「ごめん、嘘」 「えっ」 「ないよ」 「……」 「予定、ない」 「ほんと、に?」 「うん」  神崎は、安心したように俺の胸に額を擦り付けた。  染み込んでくる淡い熱が、俺の罪悪感をさらに深く、重くする。  彼と出会ってからの俺は、なにかがおかしい。  くるくる変わる表情があまりに愛らしくて、もっといろんな神崎が見てみたいと思って、つい意地悪ばかりしてしまうし、言わなくていいことばかり言ってしまう。  好きだから苛めたいなんて、小学生じゃあるまいし。  そう思うのに、止められない。  自分自身に呆れながら、俺は神崎の頭のてっぺんに顎を乗せた。  ああ、もう。  放課後になってもまだ、シャンプーの香りがしっかり残ってるし。  こんちくしょう。   「で?」 「え」 「俺が予定なかったら、どうするの?」  腕の中で、神崎の気配がギクリと強張った。 「……したい」 「は……?」 「クリスマスパーティー、先輩と……一緒に」 「……」 「ダメですか……?」  見えないけれど、きっと涙目なのだろう。  神崎の声が、湿って震えている。  彼はずっと俺への思いを自分の片思いだと思っていて、『好き』を自覚したのは俺の方が先だというとも、俺が神崎の誘いを断るはずがないことも知らない。  彼の背後で、百合ちゃんを筆頭にクラスメイト全員が「いけいけ!」と総力をあげて俺を応援してくれていることも。 「いいよ」 「えっ」 「しよっか、クリパ。二人で」 「は、はい!」 「土曜日、部活何時まで?」 「あ、えっと、時間は決まってなくて、暗くなったら終わり……です」 「じゃあ、迎えに行く」 「えっ……」 「そのまま俺の家で一緒にパーティーしよう」 「で、でも……」 「夜は泊まっていって。俺は、イブも、クリスマスも、どっちも神崎と一緒にいたい」    男同士だとか、先輩後輩だからだとか。  前に進まないための理由を探すのは、もうやめた。 「それに、この土日は家に誰もいないんだ」  もう、この気持ちを抑えることなんてできないから。

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