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生まれて初めての…… 5

 宗佑は「すぐに慣れるよ」と何でもないように言った。それは宗佑だからでは? と突っ込みたいのを俺は口に出さずに辺りを見渡した。  チラチラとこちらへ集まる数多の視線。やはり宗佑は周りの人間から注目を浴びる。誰がどう見ても格好いいのだ。そしてその隣にいる俺を見て、「アイツ、Ωかよ」といういかにもな顔をされる。いくら俺が着飾ったところで、首にあるチョーカーが襟元から覗く限り、そのレッテルは外れない。  昔、正臣と並んで街を歩いた時も皆遠慮がなかった。戦前だったし、Ωに対する風当たりは今よりもキツくて、彼はそんな俺からおちおち離れることもできなかったと思う。以後、必要時以外は彼と出歩かなくなった。元々、俺はインドア派だ。外より中で本を読んでいる方が何倍も好きだった。  正直なところ、今も外ではなく屋内に入りたい。宗佑と二人きりならともかく、見せ物にはなりたくない。  何より宗佑を、Ωの俺と一緒にさせたくなかった。 「圭介。ちょうどそこの百貨店でアクアリウムがあるみたいだから、一緒に観てみないか?」 「アクアリウム? ……って、魚とかクラゲとかがいる、あのアクアリウムだよね?」 「そう。時期外れだけれど、金魚が見られるらしいよ」  ふいにかけられた宗佑の提案に、俺は頷いた。  信号交差点を渡ってしばらく歩いた先に、有名百貨店が堂々と佇んでおり、俺達はその中の南館催会場へと向かった。  ワンフロアを貸し切って開いている大型アクアリウムらしく、入ってすぐの受付でチケットを購入した。スーツ同様、これもまた宗佑が支払ってくれた。そしてこの時、スタッフさんが宗佑に何かを耳打ちするも、彼が一つ頷いたことでそれは終わった。何だろう?  気になりつつも宗佑と一緒に入場すると、そこはまるで異空間。暗澹とした室内で宝石のように光輝く水槽の世界が広がっていた。 「うわぁ……!」  思わず漏れる自身の声にも気づかず、俺は宗佑と共に一歩、また一歩と吸い込まれていく。  泳いでいるのは名前も知らない金魚達。様々な種類の色鮮やかな彼らに、水槽のイルミネーションが合わさってまさに幻想的な空間だった。  思わず、俺は子供のようにはしゃぎ、宗佑の手を引っ張った。 「宗佑っ、あれ見て! すごく綺麗だよ!」 「ああ。クスッ……本当だ」  そんな俺を見て、宗佑は小さく笑った。しまった! マナーが悪かったかも……。  俺は周りを見つつ、宗佑から手を離し口元を抑えた。 「ご、ごめん。子供みたいで……」 「ふふっ。ゆっくり観ようか」  謝ると、宗佑は俺の手を取って互いの指を絡めるように繋いでくれた。  初めての繋ぎ方に俺はドキッとする。親ともこんな風に繋いだことはないし、正臣とだってしたことがない。  こんな風に手を繋げるのか……。  それは少しだけ恥ずかしくて、でも少しだけ特別感を味わえて。 「えへへ」  生まれて初めてのデートは、楽しくて楽しくて堪らなかった。  エリア毎で宗佑と話しながらゆっくり鑑賞していると、あっという間に一時間が経っていた。  メインの水槽前にある長椅子に並んで座ると、お腹が空いたねと宗佑が言った。もちろん、手は繋いだままで。 「圭介は何が食べたい?」 「うーん……洋食かなぁ」  家で作るものは何かと和食が多い。パスタとか食べたいかも、と伝えると宗佑が近くのおすすめのお店に連れていってくれると言った。  今からだと店内が混み合ってないだろうか? という心配もあったが、それよりもこのスーツで店に入ることに戸惑いがある。一応、宗佑に確認した。 「この格好で?」 「もちろん」 「浮かないかな、俺……」 「どうして?」  不思議そうに尋ねる宗佑に、俺は自分の襟元に指を引っかけると、チョーカーを見せながら不安を口にした。 「今更だけど、こんな一等地……Ωが気安く入れる場所じゃないよ。俺を好まない人も多いだろうし、着飾っても俺の性別は変えられない。抑制剤は飲んでいるけれど、もしかしたら周りに迷惑をかけるかもしれない。それに……」  ぎゅっと、繋いだままの手に力がこもる。  平日だからなのか、人混みは少ないアクアリウム内でも、宗佑は注目を浴びていた。彼がαであることも大きいだろうけど、その隣にいるのが平凡なΩだ。 『もっとマシなのがいるだろうに……』  そんな言葉が実際に聞こえたのだから、当然宗佑の耳にも入ったことだろう。  俺のことはいい。恵の時から慣れているし、卑下されて今さら怒ることも悲しむこともない。しかし、そのせいで宗佑を悪く言われたくはない。嫌な思いもして欲しくない。  宗佑は本当に、素晴らしい人なのだから。 「優しいんだな、圭介は」 「優、しい?」  宗佑の口から出た意外な言葉に、俺は彼を見上げる。すると、宗佑は照れたように告白した。 「正直に言うと、私は今の君を見せびらかしたくて堪らないんだよ」 「俺を? どうして?」  尋ねると、宗佑はお世辞でも何でもなく、俺を見つめたまま当然のように言った。 「こんなに素敵な人が傍にいるんだ。自慢するなという方が無理な話だよ」  それを聞いて、ボッと顔が赤くなった。慌てて空いている方の手でその顔を隠すももう遅い。  なんてことを言うのだ。宗佑のその言葉は俺にとって…… 「……っ、宗佑。そ、それは言い過ぎ……だと、思う……」  やっぱり身内の贔屓目だ。俺が素敵だなどと、そんな嬉しい言葉をかけてくれるなど……。  二度目のΩ人生、精一杯楽しんで生きてやろうと思っていた。  でも、そんな意気込みがなくとも、今の俺はあの頃よりも断然に恵まれているのだ。 「圭介」 「……っ、ん……」  握っている手を持ち上げられ、その甲に触れるだけのキスを落とされた。  ああ、なんて幸せなのだろう。  正臣に抱いていたものとは異なるもの。宗佑へと抱く気持ちが、だんだんと膨らんでいった。

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