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耀太、現る! 2
落ちつきを取り戻した俺は再度、荷物を持ってキッチンへと向かった。宗佑はというと、弟の耀太さんを自身の書斎までズルズルと引き摺っていった。
買った食材を冷蔵庫や収納庫へ片づけていると、奥からドタバタと暴れ回る音が聞こえた。まさか喧嘩? 心配になって声をかけに行こうとしたところ、宗佑が一人で戻ってきた。耀太さんについて尋ねると、若い人間の男性がスリッパの音を立てながらぎこちない様子でリビングへとやってきた。
「ったく。なんで俺がこんなΩの為に……」
そう呟く声はさっきの耀太さんと同じものだ。身に纏う服もお洒落なネイビーのセーターに下はジーンズと、狼だった耀太さんが着ていた服と同じものだ。
人の顔になった耀太さんはぶすっと不貞腐れた様子を見せる。兄弟とはいえ、似ているのは切れ長の目元くらいで、顔立ち自体は宗佑とは異なっている。しかしαの共通項なのか、彼もまたかなりの美丈夫だ。毛色は灰色の兄と違って、黒髪の為、狼の耳や尻尾も当然黒色をしている。顔立ちから察するに、二十歳くらいだろうか? 兄弟揃って長身、そして逞しい体格に羨ましさを覚えた。
我が物顔でどっかりとリビングのソファに腰を下ろす耀太さんに、宗佑が眉を顰めて短く嗜めた。
「耀太、言葉遣いに気をつけなさい」
「やだね。飲みたくもねえ薬を飲んでやったんだ。こんくらいの文句、言わせて欲しいね」
チラリと俺を横目で見る耀太さんに、俺は深々と頭を下げる。
「私の為にお手を煩わせてしまい、申し訳ありません。ありがとうございました」
「……っ」
怖がる俺の為に人型になる薬を飲んでくれたのだ。ありがたい。礼を口にすると、耀太さんは僅かに肩を震わせた。謝罪と一緒に礼を口にしたのは変だっただろうか?
首を傾げつつも、俺は耀太さんに近づき飲み物について尋ねた。
「飲み物はコーヒーで良いですか?」
すると耀太さんは機嫌を損ねたように、俺に向かって唾を飛ばすように言った。
「はっ! 飲みたいもんを客に選ばせず、コーヒー一択ね! そんなに俺を追い出したいってか!」
「そんなことはないですよ。でもお兄さんのコーヒーが好きでしょうから、そう尋ねたまでです。他に飲みたいものがあれば何でも仰ってください」
キッチンには宗佑専用のコーヒーミルが出してあるのを見つけた。他にお茶の用意もなかったので、耀太さんもコーヒーが好きなのだと思った。
俺がそう応えると、耀太さんは気まずそうに俺から視線を逸らしつつ、今度は小声で呟くように言った。
「コーヒーが好きって、誰が言ったよ……」
「違いました?」
「……っ!」
図星だったのか、耀太さんは首まで顔を真っ赤にさせた。身体は大きいのに、反応が素直な耀太さんを見て、なんだか微笑ましい。感情豊かな恵の四男坊、志雄 を思い出した。
「ふふっ。すぐにお持ちしますね」
リビングを出てキッチンへ戻ろうとすると、宗佑に手を引かれ書斎へと引き摺り込まれた。明かりもつけず、彼は一旦俺を抱き締めるとすぐに離して、申し訳なさそうに頭を下げた。
「圭介、すまない。耀太は末の子だから、少し甘えたなんだ……許してやって欲しい」
俺は首を横に振り、彼の頭を上げさせた。
「大丈夫だよ。ところで宗佑って兄弟が多いの?」
「あの子の他にあと二人、弟がいる」
「へ~! 賑やかそうだな」
前世では兄弟がたくさんいた俺だが、今は一人っ子だ。兄弟がいると喧嘩も絶えないが、毎日が目まぐるしく楽しい。弟が三人もいる宗佑が、少しだけ羨ましい。
しかし宗佑は肩を竦めつつ嘆息する。
「良くも悪くも男ばかりだからね。賑やかなんてものじゃないよ。耀太に至っては今は反抗期真っ盛りだ」
なるほど。さっきからつっけんどんな物言いだと感じていたが、それだったのか。俺自身に反抗期という反抗期がなかったせいで他人のそれが新鮮に感じる。ん? それなら耀太さんは今いったい何歳なんだ?
「とにかく、言葉には気をつけさせる。それから、できるだけ早く帰ってもらおう」
「こっちは本当に気にしてないよ。それより宗佑、弟さんが来て嬉しいんだろ?」
迷惑そうに言いつつも、その目の奥は優しげだ。きっと末の弟が可愛いのだろう。
ふふっと笑うと、宗佑が俺の頬に手を当てて顔を上げさせた。耀太さんに向ける目つきからさらに和らげたそれを俺に近づけると、口端を上げてそっと囁く。
「それは君がいるからだよ」
「……っ、ん……」
触れるだけのキスを唇に落とされ、思わず瞼を瞑った。そこから、チュッ、チュッと音を立てて顔中にされると、俺は慌てて宗佑の逞しい胸元を押した。
「駄目だよ、宗佑。耀太さんが待ってるから……」
「最近、忙しくて君に触れる時間がなかったんだ。少しだけ、ね?」
「んっ、宗佑……」
宗佑は俺を引き寄せると、再び唇にキスをする。啄むそれから徐々に濃厚なものへと変化していき、唇の隙間から舌を挿し込み俺の口腔を舐め出した。今の俺はきっと、喫茶店で食べたホットケーキのメイプルシロップの味がすることだろう。
「んぁ……ん、んぅ……」
俺の思い違いだったのだろうか? 先程までの悩みは何処へやら、ちゃんと宗佑の方から触れてくれる。
角度を変えて深いキスを繰り返され、しばし宗佑の好きなようにさせた。そしてひとしきりキスを終えると、宗佑は唇に触れつつ愛の言葉を紡いだ。
「圭介、愛してる」
耳がまるでバターのように蕩けそうになる。うっとりと宗佑を見上げ、俺は頷いた。
「うん。俺も。あぃ……」
「おっせーと思ったら、何おっ始めてんだよ! 年がら年中、発情してんのか! そこのΩは!」
愛の言葉を言い切る前に、ズケズケと割り込まれたのはわざとらしくも呆れたような大声。
リビングにいたはずの耀太さんが、ノックもなしに書斎の扉の前で腕を組んで俺達……いや主に俺を、冷ややかな目で見下ろしていた。
「うわっ!?」
「はあ……耀太」
俺は驚き、宗佑は嘆息する。慌てて宗佑から離れると、耀太さんが自分の腰に手を当てビシッ! と、反対側の人差し指を宗佑に向かって突きつけた。
「いいか? 兄貴。アンタは目先のことしか見えてなさそーだから言っておく。そこのΩは人型になった兄貴のツラにしか惚れてねーぞ!」
「えっ?」
その台詞に思わず驚いたのは俺だった。対して、宗佑は目を細めて耀太さんを見遣る。
「俺の獣人姿であんだけ怯えてんだ。兄貴の時だってこのΩは相当なんだろ? だからこの数ヶ月間、ずーっとそんな姿でいんだろ?」
そんな姿というのは、もちろん人型のことだ。初めて出会ったあの日以降、俺は宗佑の獣人姿を見ないでいる。
そして耀太さんの言うそれは図星だった。痛いところを突かれて、俺は自分の胸に手を宛がった。
「飲んでる薬だって決して安いもんじゃねえ。副作用だってあるんだし……とにかく、番になった癖に本当の兄貴を愛せないんじゃ、この先が思いやられるし母さん達が悲しむ。悪いことは言わない。とっとと番を解消しろ」
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