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だまらっしゃい!! 4

 しかし…… 「うわっ!?」 「あったり~、Ωじゃーん」  背後からいきなり、俺は手首を掴まれ持ち上げられた。ギリッと不揃いの爪が肉に食い込み、皮膚が裂けるような熱を持った痛みに思わず顔を歪ませる。  俺がそちらへ振り返ると、俺を捕らえた人物は首元を見て「あ?」と何かに気づいたように声を上げた。 「おい、コイツ番がいんじゃねーか!」 「で、でもっ、Ωですからっ……ヤれることはヤれますし、きっとアソコの具合はいいかと思いますっ」  俺を捕らえたのは知らない狼の獣人だった。ところどころが日に焼けている灰色の毛並みに、ガラの悪そうな派手なシャツを着て、いかにもな風貌をしている。  そしてその背後には、俺を嫌う従兄弟……その弟の方が揉み手をしながら獣人に媚びへつらっていた。 「お前、いと……慎二(しんじ)っ?」  思い出したように従兄弟の名前を口にした。よく見ると慎二の瞼は腫れており、誰かに殴られたかのような顔をしていた。  いったい何だ、これは? 戸惑う俺の腕を解放させるように、傍にいた耀太君が獣人の手を強く握った。 「おい、お前ら何だよ。ケースケに何の用だ?」 「あ? んだよ、お坊ちゃん。そっちこそ何か用か?」 「嫌がってんだろ。ケースケを離せよ」  大柄な耀太君よりもさらに一回りも身体の大きいこの獣人は、ヘラヘラとした様子で俺を離さないまま鼻を動かした。 「お前がこのΩの番……じゃ、ねーな。匂いがしねぇ」 「ケースケは兄貴の番だ。気安く触れん……がっ!?」 「耀太君!?」  耀太君がゆっくりと地に落ちた。何が起きたのか、それは耀太君の背後に回っていた別の人間が、石か何かで彼を殴ったからだった。 「う、ぐ……」 「耀太君っ……耀太君!」 「はーい、レンコー!」 「狼は重いけど~、見られちゃったからコイツもレンコー!」  獣人に加えて別の人間が二人、俺と耀太君を引き摺るようにして何処かへ連れていく。近くに他の人間は見当たらない。いたとしても、こんな場面に遭遇すれば警察に通報するのがせいぜいだろう。  俺は抵抗しながら、慎二に対して大声を上げた。 「慎二! これはいったい、何だ!?」  すると、慎二はビクビクしながら俺に向かって指を差した。 「お、おおっ、お前が悪いんだっ……お前がΩだからっ! 俺は悪くないっ! 悪くねえよっ!」  言っていることが支離滅裂だ。慎二は目の前の現実から背けようと自分に言い聞かせているようだった。そういえば、いつも一緒の兄の姿が見えない。 「晋一(しんいち)はどうした!?」 「に、にーさんはっ……そ、それもこれもお前のせーだ!」  慎二のこの言い分に、俺の中で何かが切れた。 「いちいち人のせいにしてんじゃねぇ! 自分のケツくらい自分で拭けえっ!!」 「ヒィ!」  俺の剣幕に慎二は小さな悲鳴を上げた。  この従兄弟達が何をやらかしたのかは知らない。だが、無関係の耀太君を傷つけたことは許さない。 「おうおう。いい威勢だねー。こういう勝ち気なΩ、超好きぃ」  俺を捕らえた獣人は俺の顎を掴むと強引に持ち上げ、まじまじと見つめた。 「ツラはそこそこだな。なんか目元が腫れてっけど……ま、いーや。アッチの具合さえよけりゃーよ」  そう言うと、俺の口元に薬品のような何かを染み込ませた布を覆い被せた。 「うぐぅ!」  暴れて抵抗するも虚しく、俺の意識はみるみる遠退いていった。  ――――… 「……ん」  目が覚めると、視界に飛び込んだのは知らない部屋の天井だった。コンクリートのゴツゴツとした剥き出しの内装を見つめながら、ここは何処だと身体を起こす。 「え……?」  しかし腕が思うように動かない。再度動かそうとするも同じで、後ろ手にベルトか何かで拘束されているのがわかった。 「なん、だ……これ……」  辺りを見渡すと離れた場所で、複数の男達が立ち並んで俺を見ていた。しかも何故か裸の状態で。  異様な光景にぎょっとする。俺は自分が転がされているのがベッドの上だということを知り、今から何をされるのかを察してしまった。幸い、服はまだ身につけたままだ。  しかし、この機材は何だろう? 男達の前に並ぶのが、テレビ撮影とかで目にする大きなビデオカメラだ。  よく見ると、俺のいるベッドから向こうは殺風景だ。照明も俺を中心に当たっている。これはまるで…… 「何って、AVの撮影スタジオだよ」 「えー……ぶい?」  俺を捕らえた獣人が一人、こちらのベッドへと近づいた。ニコニコと嘘臭い笑顔で俺を見下ろしながら、カメラより向こう側にいる複数の男の中に混じる従兄弟……兄の晋一を指差した。 「そこのおにーちゃんがさー、こっちが貸した金を返せないっていうから、仕事を紹介してやったのよ。でもあーだこーだとごねるから少しだけ大人の事情を汲んでもらったのね。それでようやく話がついて、AV撮る為に知ってるΩを紹介してくれるってことになったんだよ。ねー?」 「晋一……」  目を凝らして見ると、晋一はその頬を真っ赤に腫らしていた。しこたま殴られたのだろう。腹を手で庇うように押さえている。  しかし俺と目が合うなり睨みつけ、慎二同様に俺を責め立てた。 「お、お前が悪いんだからなっ……お前がΩだったからっ……曾じーちゃんもっ、お前ばっかに構うからっ!!」 「あっはは! クズもクズだよねぇ、ここまでくると!」  それを聞いた獣人は、可笑しそうに高らかに笑った。なるほど。母さんが最近言っていた、従兄弟達といる怖い奴らとはコイツらのことか。しかもチンピラ。いや、そっち系の人間か? どちらにせよ、よろしくない部類の輩だ。  俺は静かに尋ねた。 「耀太君は?」 「あの狼のお坊っちゃんのこと? ちょっと別室で眠ってもらってるよん。大丈夫、大丈夫。ちゃんと撮れたら出演料も払って帰してあげるから」  俺を使ってAVを撮り、一旦帰したとしてもそれをダシに脅して金を巻き上げる、か。やることがゲスだな。俺は嘆息しつつ獣人に言った。 「悪いことは言わない。すぐに俺を解放しろ」 「それは無理かなぁ。君、連帯保証人だからさぁ」  ヒラリと出されるのはツラツラと小さな文字が羅列する一枚の書類だった。何が書かれているのかは読めないが、誰かのサインが二つとそれぞれ拇印が押されている。  何だこの偽造書類は。ふざけた真似をする奴だ……。俺は怯むことなく淡々と相手に返した。 「俺の意思のないところで交わされたそんな書類に意味はない。これは犯罪だ。もう一度言う。解放しろ」  しかし相手も態度を改める気はないらしい。飄々としたそれは俺を逆撫でするようだ。 「でもねー、金は返してもらわないとねー。そこの従兄弟? が、やることも犯罪なんだよねー。身内でしょ? 協力してやってよ~」 「そこの馬鹿二人がやったことは彼ら自身で尻を拭わせる。少なくとも耀太君は関係ない。今すぐ解放しなさい」 「わっかんないかなぁ? 君、今はそんな強気なことを言ってられる立場じゃないんだよねぇ。それにまあ、なんてーの? これはこっちの事情だけど、Ωモノって割りと高額で売れるんだよねぇ。しかも複数プレイのヤツ! 割りのいいバイト代と思ってさ、協力してよ。顔はちょっと加工してあげるからさ!」  駄目だ。話が全く通じない。  けれどせめて、耀太君を解放してあげたい。ここが何処だかわからないが、あの子だけでもここから逃さなければ。 「とびっきり美人な子よりも、至って普通の子の方がリアリティがあって抜けるらしいんだよね。ちなみに聞くけど、君はどんなプレイがいい?」  俺の顎を持ち上げながら、自分の腰に巻いているベルトを外し始める獣人。効果はないとわかりつつも、俺は言葉で抵抗する。 「番のいるΩは発情しない。期待通りの反応は得られない……撮れ高はないと思うけど?」 「それがさぁ、どうも君、フリーみたいよ?」 「えっ?」  獣人は俺の顎から下のチョーカーに伸びた爪を引っ掻けながら、ニヤニヤと下品に笑った。 「こんな大層なもん、つけてるけどさぁ……さっきからあんまーいフェロモン、匂ってんだよねぇ。番、解消されちゃったんじゃない?」  番の解消。  それを耳にして、俺は宗佑の顔を思い浮かべた。  番を解消して……そう言ったのは、確かに俺だった。  だらんと首を落とすと、獣人は何が嬉しいのか声を高らかにして俺を慰める。 「大丈夫、大丈夫! ちゃんと発情を促す薬をその身体に盛ってあげたから! 複数でもレイプにはしないし、気持ちよーくしてあげるよ! ちなみに俺も出演するからね! ほらっ」  ブルンと出したのは隆々と勃起する狼の陰茎。人間とは比べ物にならないほどの質量のそれには、ブツブツとした珠が入っている。  ゴーヤのようなそれを顔に近づけられ、ペチペチと頬を叩かれた。  何だろう。そういえば、さっきから身体が熱い。そうか。番を解消されているから、発情が始まったのか。  口の中がやけに濡れる。開けば唾液が零れてしまいそうだ。 「欲しいだろ? 薬も効いてくる頃だ。これが、欲しいだろ?」  ムアッと香る知らない雄の臭い。剥き出しの亀頭を唇に添えられ、俺は「はあ……」と微かな吐息と共に薄く開いた。  ゴクリと誰かの喉が鳴る音が聞こえた。俺はたっぷりの唾液を口の中に溜めたまま、大きな陰茎を咥え込む。 「……んっ、んむ……」 「おおっ、いいね……上手だ」  熱くなる身体。自分ではどうにもならなさそうな感覚が懐かしい。口の中は濡れるのに、喉が渇いて堪らなくなる。  どうでもいい。誰でもいい。早くこの疼きを抑えてほしい。  ああ、誰か。誰か。誰か……!  だから……  だからΩは……駄目なんだ。 「……っ、ガブッ!!」 「ひぎぃぃ!?」  俺はありったけの力を込めて、咥えていたそれに噛みついた。ヘラヘラしていた獣人の口から一転、雄叫びのような痛烈な悲鳴が上げられる。痛いだろうな。ああ、痛みを伴ってくれなきゃ困る。  これでもかとそれに噛みついた後、俺は獣人の血と共に、それをペッと吐き出した。  悲鳴を上げながらゴロゴロと転げ回る獣人が滑稽だった。ざまあみろ。俺は内心、そう思った。  手を拘束されたまま、身体を起こして脚を地につける。目の前がグラグラする。盛ったという薬が効いているのか。ああ、鬱陶しいくらいに身体が熱いな。  だから、何だというのだ!! 「汚いモン、突きつけんな。Ωだから欲しいだと? あまり私を舐めるなよ……!」 「て、てめっ……何しやがんだっ!!」  再びブチッと、俺の中で何かが切れた。 「だまらっしゃい!! チンコ噛みつかれた程度でビービー泣くなっ! 鬱陶しい!!」  俺の怒号に周りで見物していた連中がどよめいた。その中に埋もれる晋一達を睨みつけると、俺はこの勢いのまま彼らを叱責した。 「おい、晋一! それから、慎二!! お前達もいい加減にしろ! いつまでも本家、本家としがみついていられるのも今のうちと知れ!! 借りた金は自分の身体を売ってでも捌いてでも返せ!! この、どたわけ共がぁ!!」 「ヒイィ!!」  今まで馬鹿にしてきた分、俺の剣幕に慄いてか、互いに抱き合って悲鳴を上げた。  続いて周りの連中にも、俺は怒鳴り散らかした。 「それからそこのお前達! 私を抱きたきゃ、札束をこの床一面に敷き詰めろ! それができなきゃ一切応じん!! 下賎の者がこの私に気安く触れられると思うなよ!!」

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