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第1話「我が主よ」

「神は絶対です」  神父服の男は冷淡に告げた。  結えられた長い銀髪が、月光を受けて輝く。 「そして、私にはまだ神罰が下っていない」  彼はつかつかとテーブルに歩み寄り、ワインで満たされたグラスを手に取った。 「……つまり」  躊躇うことなくグラスの中身をあおり、彼は足元の屍を見下ろす。  オレが殺したどこぞの組織の誰かしらは、目を見開いたまま床に臓物をぶちまけていた。 「私はまだ、(ゆる)されています」  血臭に眉をひそめつつも、オレの愛する神父様は凛とした声で語る。 「おっと、祈りを忘れていましたね。これは失敬。ああ、いえ、銃を向けられたせいではありませんよ。食事の時間を邪魔されたことも関係ありません。決して。……ただ、祈って差し上げることには感謝してもらいたいものですね」  死体を踏みつけ足で転がしつつ、彼は十字を切り、胸の前で指を組んだ。  ああ、今日も神父様は美しい。  それにしても死体の野郎。あっさり死にやがったくせに祈ってもらえるなんて、羨ましい限りだ。まったく。 「おい、貴様。何をしている、早く片付けろ」  ……オレは、いつもこんな態度を取られるってのに。 「神よ、今日も私を守ってくださり感謝します」 「いやいやいや、今日も昨日も、何なら一週間前も刺客から(まも)ったのはオレぇ!! オレにも感謝してよ、神父様ぁ」 「触るな、汚れがうつる」 「うわ、ひっでぇ!」  吐き捨てるような言葉に対し、オレは地べたに座ったまま、肩を竦めて返す。  灰色の綺麗な目で見下されて、思わずゾクゾクしちまった。 「感謝っつっても、そこのパン投げ捨てるくらいで良いんで! あ、でも、出来たら齧りかけのがイイですねぇ」 「……ケダモノが」 「いやマジでお願いします腹ペコで死にそうなんですってこの通り!! 靴も全然舐めますから!!」  地にひれ伏すと、神父様ははぁ、と溜息をつき、テーブルのパンを投げて寄越した。……残念ながら、齧りかけじゃない。 「恵んでやる。これも神のご慈悲だ」 「ええー、神父様のご慈悲じゃねぇのかぁ……」  がっくり肩を落とすと、じろりと睨まれる。  ……やっぱり、綺麗な顔だ。顔も身体も彫刻みたいに整ってて、何度見ても見飽きない。  なぁ、神父様。アンタが賊に襲われて犯されてたのも、夜は抱き潰されて疲れ果てるまで眠れなくなっちまったのも、知ってるのはオレだけだ。  アンタの秘密を知ったヤツは、アンタに危害を加えるヤツは、みんなみんなオレが殺してやった。  ほんとに、妬けちまうぜ。  神様とやらは、一度もアンタを救わなかったってのに。 「神様にゃ勝てねぇのかなぁ……」 「張り合うな。地獄に堕ちろ」 「ええ~?」  口を尖らせるオレを睨み付け、神父様は礼拝堂の方へと向かった。  オレは立ち入りを禁止されているので、仕方なくその場に寝そべっておく。……あ、片付けしなきゃだっけか。  むくりと起き上がって出来たてほやほやの死体を引きずり、納屋(なや)の方へと運ぶ。  血を抜いてバケツに溜め、肉は後で菜園の肥料にする。骨は加工したら武器になるから、まとめて納屋の隅に置いておいた。  くるりと背後を振り返る。蜘蛛の巣まみれの廃墟同然な教会で、神父様は静かに祈りを捧げていた。蝋燭の光が夕闇に揺れ、あの端正な顔を照らしている。  ああ、愛しの神父様。  人殺しのオレに護られて生きる、聖職者失格の美しいお方。  いくら冷たくされたって、いくら邪険にされたって、一生護ってやる。  ……例え神様がアンタを見放しても、オレは地獄の底までついていくよ。  ……さて。死体を片付けた数も増えたし、また、拠点を移さなきゃかもなぁ。

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