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第3話「なぜ?」

 なんで人殺しのオレが神に仕えるお方のそばにいるかって言うと、それなりに深い訳がある。  オレは元々戦災孤児で、生き抜くためにスリをやってたらいつの間にか人殺しになっちまってたろくでなしだった。……妙に力が強かったせいで、殺すつもりがないのにうっかり殺しちまったのが大半だ。  別にオレは殺しを楽しんでるわけじゃねぇとは弁明しておく。それだけは誓って本当だ。ガキの頃に盗賊団にいたこともあるが、殺しを褒められるのが嫌で自分から抜けた。そん時にツラを傷物にされちまったが、それでも抜けたことに後悔はねぇ。  自分が生きるために人を殺す。……最低の生き方だよ。クソみてぇな生き方をしてたから、フラフラ知らない土地を渡り歩く羽目になったんだ。  まあそういう生い立ちなもんで、当然神様とやらは信じてない。もちろん人間も信じてない。  だけど数年前、偶然教会の前を通りがかってから、希望だけは信じるようになった。  あの日も、きらきらと輝く銀の髪に目を奪われたんだっけか。彼……コンラート神父様はみすぼらしいナリのオレに気付くと、すぐさまコインを何枚か渡してくれた。 「貴方に神のご加護があらんことを」  そう言って、聖母マリア様みたいな微笑みを、オレのような罪人に向けてくれた。  たぶんだけど、当時の神父様はまだ真面目に神様に仕えてたんだと思う。……今じゃ考えられねぇけどな。  ……で、一目惚れして通うようになった。コンラートって名前を聞いて、普段は人の名前を覚えたりしないのに、綴りまで含めて頑張って覚えた。最初は文字もわかんなかったのに、地面に書いたり神父様直々に文字を教わったりして、どうにか書けるようになった。  なんならもう改心してもいいかなー盗みもやめよっかなーって思うくらいには、あの頃からゾッコンだった。  まあ、盗み以外の生き方知らねぇんだけど。教会に出入りしてたら物乞いも案外やれるんじゃねって気持ちになれた。 「ヴィル、ここに来ればパンぐらいは与えて差し上げます。貴方が望むなら、勉学を教えることも可能です。……もう、危ないことはやめなさい」  なんて神父様が言ってくれるもんだから、もう張り切るしかなかった。  つっても生きる世界が違うし、オレは捕まってリンチされる前に別の土地に逃げなきゃだしで、お別れの日も近いのかなぁ……なんて、思うことも無くはなかった。 「神父様ぁ。生きるために奪うのって、ほんとに悪いこと? 奪わなきゃオレが死んでたのに?」  何気なくそう聞いた時、神父様が難しい顔をしていたことを覚えている。……オレなんかのくだらねぇ質問に、彼は真剣に悩んで答えを出してくれた。 「罪であるのは間違いありません。けれど……そうですね、神は絶対でも、人間は過ちを犯すもの。そして、この世界において……この時代において、それは貴方の過ちでもあり、人間が作った『仕組み』の過ちでもあるのです」  難しいことは分からなかったけど、その時の神父様は、とても悲しそうな顔をしていた。 「ヴィル、貴方は心根の清い方です。貴方にはきっと、奪う以外の道が存在する。……私は、そう信じています」 「……そっか。あんがとな、神父様!」  オレが笑うと、神父様も嬉しそうに笑ってくれた。  あの顔を見たら、なんつーのかな、明日リンチされて死んでもいっかーって思っちまうんだよ。不思議なことに。  ……で、ウダウダしてるうちにその日を迎えちまった。 ︎ ︎ ︎ ︎ ︎昔いた盗賊団のヤツらがたまたま街にいて、顔を見られて揉め事になっちまった。盗賊団の一部が割のいい仕事が見つかったとかでこの街に来て、でも親分と別のヤツらはその仕事に反対だから止めたくて、でも別のならず者と組んじまって見つからねぇだとか、何とか。……なんつーか、オレが抜ける前もそれなりにアレだったが、今はもっとグチャグチャになってんだなと思ったよ。  「お前も一枚噛んでんじゃねぇのか」とか因縁をつけられて絡まれた。殺すつもりはなかったが……人数も多かったし武器も持ってたし、久しぶりに「悪い癖」が出ちまった。……気絶させるだけのつもりだったんだけどな。  残党を撒いたついでに教会に辿り着き、「ざんげ」しなきゃって思って敷地内に足を踏み入れた。  いけね、もう閉まってんだろ……って、思ったのも束の間。ステンドグラスの奥からランプの光が揺れるのが見えた。  ……で、こっそりドアを開いてみたんだ。  最初は、何を見たのか分からなかった。  ひっくり返った説教台の前、石畳の上に、神父様の綺麗な髪が散らばってるのが見えた。  その周りに男が何人も群がって、(うごめ)いていた。  知らねぇ顔だったよ。……それだけは、まだ、マシだったかもしれねぇ。 「あの時殺しておけば」って思わずに済んだしな。 「本当に男だとはなぁ。脱がしてみりゃ女になるかとばかり……」 「……で、神様がなんて? 救ってくれそうかい?」 「ハッ! 帝国からしちゃこいつ、異教徒なんだろ? 宗派が違うとか何とか聞いたぜ!」 「マジかよ。んじゃあ偽の坊さんか? そうなりゃ神罰なんざ怖かねぇなぁ!」  なんで。  なんで、神父様が?  下卑た笑い声の中、オレはひたすら混乱していた。  だってよ、生きるために金を奪うなら、何も、教会じゃなくたって良いだろ。……それに、生きるためだって言うなら、何も、ここまで手酷くする必要なんてねぇだろ……? 「……かみ、よ……」  神父様は喘ぎとも呻きともつかないようなか細い声で、しきりに神の名を呼んでいた。  その祈りすら嘲笑うかのように、一人の男が神父様の口に汚ぇイチモツを突っ込む。神父様はゴフッとえずきながらも、救いを求めるよう、懸命に胸のロザリオを握り締めていた。……そこでオレは初めて、神父様の胸にナイフが突き立っていることに気が付いたんだ。  血の臭いは、オレからしてるわけじゃなかった。  身体が勝手に動いた。そこら辺の石を引っ掴んで、神父様の喉を犯してる男の頭を最初にかち割った。  その日オレは初めて、殺したくて人を殺した。

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