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第19話「破壊」

 ガキを踏みつけた足を切りつけると、オットーとかいうゲスい悪魔祓い(エクソシスト)はバランスを崩してよろめく。  その隙に、神父様がゲス野郎の右腕に噛み付いた。 「クソがッ! 二人がかりかよ!」  剣を持ち替え、ゲス野郎は神父様の頭めがけて刃を振り下ろす。  神父様がギリギリで刃を避け、ゲス野郎は自分の腕を切り落としかける。……が、さすがに腕に刃がくい込む寸前で止めた。 「……チッ、小賢(こざか)しい手を使いやがって……」  ゲス野郎は舌打ちしつつ、体勢を立て直す。  二人がかりの何が悪ぃんだよ。こちとら生きるのに必死なんだっての。  しかしこいつ、銃も使わねぇしヘンな能力もなさそうだし、変わった戦い方だな……? 「賊だろうが異形だろうが、人様に迷惑かけるんならとっとと死ねよなァ!」  ぶんぶんと剣を振り回し、ゲス野郎は文句を垂れる。  威嚇のつもりだろうが、神父様は多少肌が切れようが構わず突っ込んでいく。……あんまりそういう戦法は取って欲しくねぇけど、頑丈さでゴリ押して相手の懐に飛び込めるって意味じゃ、特徴を活かした戦い方だ。実際、マルティンとの戦闘じゃ勝ったも同然だった。  ……とはいえ、神父様は人を殺せない。そこが厄介なんだよな。その戦い方を選ぶんなら、迷わず勝負を決めなきゃ不利になる。 「……悪意が透けていますよ。八つ当たりの的にしているようにしか見えません」  神父様は様子を伺いつつ、少し掠った時点で身を引いた。……自分には殺す覚悟が決まってないと踏んだんだろう。 「だから何だ? クズどもに八つ当たりしようが何しようが、クズがクズってことに変わりはねぇだろ?」  ゲス野郎は神父様の言葉を鼻で笑い、いつの間にか隅の方に逃げてたガキを怒鳴りつける。 「おいボンクラ!! 盾になる努力ぐらいしたらどうだ!?」 「む、無茶言わないでよオットーさん……! し、死んじまうよ!!」 「あァ? ゴミカスの癖して、まだ自分に生きる価値があるとでも勘違いしてんのか?」 「ひ……っ、そ、そんなこと、言われても……」  ガキはガタガタと震えつつ、頭を抱えて(うずくま)る。  うわ、ひっでぇ。さすがにオレもムカついてきた。  神父様はなおのこと腹に据えかねているらしく、舌打ちした音がこっちにまで聞こえる。 「その少年が罪人であることと、貴方が彼を捨て駒として扱うことはまったくの別問題です」  真っ赤な瞳がゲス野郎を睨みつける。 「……これだから聖職者は好かねぇんだ。甘っちょろいことばっか言いやがって」  ……ん? 聖職者は好かない……?  こいつ、もしかして悪魔祓いじゃねぇのか……?  じゃあ、また金で雇われた刺客か……? いや、でも今更そんなことあるか? 専門家ですら始末できてねぇのに……? 「坊さんはいい立場だよなァ。俺の苦労も知らずに、薄っぺらい理想論ばっか並べやがる」 「……貴方は悪魔祓いではないのですか」 「ハッ、冗談言うなよ! 俺が神とやらに仕えるタマに見えるか? 強いて言うならアレさ」  ゲス野郎はげらげらと笑い、言葉を続ける。 「一般市民の味方……ってとこだな」  えー。それは一般市民が可哀想だろ。いや、俺は一般市民のことなんかよく知らねぇけどさぁ。 「いつの時代も、悪党のせいで被害を被るのはか弱き一般市民だ。だから、そんなクソ共から守ってやらなきゃいけねぇ。……そうだろ?」  澱んだ瞳で、ヤツは恍惚と語る。……守るため? 嘘つくなよ。どう考えても自分に酔ってるだけだろ。  隙だらけに見えたが、神父様はあえて動かない。あからさま過ぎて、どう考えても罠だしな。 「……チッ、慎重なこって。でも……もう遅いぜ」 「あ……!?」 「もう遅い」……その言葉と同時に、神父様は膝をついた。頭を抑え、苦しそうに呻いている。  ……は? 攻撃も何も当たってねぇじゃん。何をしたってんだよ……? 「残念だったなァ。掠っただけで充分なんだよ」 「……! 毒か!!!」  神父様に駆け寄る。どんな毒かはわからないが、掠った程度で効くってのは神父様と相性が悪すぎる。早く処置しねぇと…… 「あ……ぐ……っ、う、うぅううう……ッ」 「神父様……?」  毒を摂取したにしては、様子がおかしい。  神父様はひたすら頭を抑え、呻いている。 「てめぇ、いったい何を……!?」 「何だろうなァ? 当ててみろよ」  ゲス野郎はニヤニヤと笑い、長剣を器用に片腕で弄ぶ。  隅っこで震えてたガキが、「今だ」とばかりに逃げ出す。 「おい、誰が逃げていいっつった」 「ぎゃっ!?」  ガキの首根っこを掴み、オットーはためらいなく剣を振りかぶった。  血飛沫が壁に散り、まだ小さな頭がオレたちの足元に転がる。  その瞬間、神父様の苦悶が更に大きくなった。 「あぁあぁあぁあっ」 「し、神父様……?」 「ハハ……どうだ? 頭をぶっ壊される気分はよォ……! 良かったなァ小僧! ゴミでも最期は役に立ったぜ!!」  はぁ、はぁ、と荒い息を吐き、神父様は刺客を睨みつける。 「……こ、の……外道が……ッ!」  真っ赤な瞳は、激しい怒りに染まっている。 「この剣は俺愛用の剣でなァ、クズの血を吸えば吸うほど、クズ達の怨みや憎しみが根付く。……お前の頭を食い潰そうとしてるのは、そういうドス黒い思念さ」  即座に骨の刃を構え、ゲス野郎の目玉に突きつけた。ずいぶんと余裕をぶっこいてるが、今なら殺れる。  どうやら毒じゃなく術っぽいし、こいつさえ殺せば……! 「……残念。俺を殺しても、なんなら傷つけても呪詛は強まるぜ。……俺の分が加わるからなァ」 「な……っ!?」 「今でさえこの苦しみようだ。下手すりゃ廃人になるかもな……?」  クソ……っ、誘い込まれた時から薄々思っていたが、このゲス野郎……ずる賢いにも程がある。  でも、どうすりゃいいんだよ。呪いなんて目に見えねぇし、傷つけるだけで神父様が危なくなるって……ああ、くそ、下手に動けねぇ。 「そう焦んなよ。すぐには殺さねぇさ。じっくり楽しんでから、嬲り殺してやる……!」 「が……ッ!?」  長剣で神父様の胸を貫き、ゲス野郎は舌なめずりをする。 「野郎……!!」  せめて神父様から引き剥がそうと、敵の肩に手をかけた途端……顔面に、生温い感触が伝った。 「…………おいおい……そう、来るのかよ……」  呆然と呟き、血を吐いたのは、オットーの方だった。首が変な方向に折れ曲がり、ミシミシと音を立てる。肉と骨を引き裂く音は止まらず、地面に、今度は大人の……黒髪の頭部が転がった。  神父様は血に染まった指を舐め……うっとりと「(わら)う」。  そこで、気付いた。  あの野郎、本当に神父様をたんだって。 「……っ、ぁ……、────ッ!」  神父様は自分の胴体から、長剣を造作もなく引き抜き、敵の、首をなくした胴体に突き立てた。その喉は、人の言葉を紡がない。雄叫びのようでいて、泣き叫んでいるようでいて、悦んでいるようでいて……  綺麗な指が血に染まる。真っ赤な瞳が爛々と輝く。何度も、何度も、原型が無くなるまで、神父様は屍を切り刻んだ。  最後に、赤い瞳がちぎれた頭部を捉える。ゲス野郎は鳶色(とびいろ)の目を見開き、とうに事切れていた。  おもむろに手を伸ばし、神父様は、その頭を虫のように潰す。 「────ッ、────!!」  そして、人間の言葉を忘れてしまったかのように「吼えた」。 「……神父様」  声をかけると、神父様は返り血に塗れたまま、くるりと振り返る。  まだ剣を握っているが、構わず抱き締めた。  神父様になら、殺されたっていい。……そばにいるって、伝えなきゃ。 「……ヴィ、ル……」  だらりと垂れ下がった腕から剣が落ちる。  震える手が、オレの背中に回る。 「……身体洗って……宿、探しましょ。話は、その後っす」 「……ああ……」  ぼんやりとした声で……それでも人の言葉で、神父様は呟く。 「……あたたかい……」  そのまま神父様は、オレの腕の中で意識を失った。

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