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夜鳥は遅刻なんてしていないのだから、謝る必要性はない。
謝罪すべき傷があるのなら、それは待ち合わせの到着時間などではない。
変わり果てた、その理由を。
どちらの夜鳥が、本当なのかを。
もし今の姿が本当ならば、満身創痍だった朝五を弄び気安く〝一番大好き〟という言葉を朝五に使ったことを詫びるべきだ。
そして速やかに、そつなく。
遊び目的の口説き文句がたまたま交際宣言だっただけで気持ちなんてないのだと、笑って真相を告げるべきだ。
これまでの全てが演技で、どれもこれも本気じゃないのだと。
(俺はアホだけど……面識ないのに好きとか言われて、デートだってお手軽に呼び出されて、見た目も全然変わって……お前のことなんにも知らないのに優しくされただけで喜ぶほど、アホじゃねーよ)
わざわざ野暮ったいフリをするなんて、まっすぐな変わり者のフリをするなんて、手間暇をかけてけっこうなことだ。
そう突っぱねる気分にも今はなれない。行動と言葉がチグハグになっていく夜鳥に憤り、疑いという気だるさを抱える。
そんな朝五の手を、夜鳥の大きな手がスルリと自然に掴んだ。
(っ、躊躇なしかよ、バカ)
手慣れた動作に、やはりトゲのついた気分が拭えなかった。今の自分はまるでひねくれた人間不信者のようだ。
「朝五、嫌?」
「わかんねー」
男同士が街中で手を繋ぐことによる周囲の好奇を朝五は気にしたことがない。
なのにそう答えたのは、単純に夜鳥がわからなかったからである。
よどみない接触とセリフ。
知らない男のようになってしまった夜鳥は、もともとよく見ればどこか目の惹く美丈夫だったことを思い出した。
垢抜けた今は、すれ違う人の視線をいくつか集めている。
そんな夜鳥が、男の自分をあれほど好きだと言うものだろうか。
それだけの魅力が自分にあるだろうか。
「……ねーよ」
思い上がっていたことに気がついた朝五は、もともと夜鳥のことなんてよく知らなかった自分のことも思い出して、嫌になった。
◇ ◇ ◇
雲のかかった心で始まった夜鳥とのデートは、つつがなく進行していく。
夜鳥に誘われるがまま手を繋いで歩いていくと、たどり着いたのはショッピングモールのそばにある水族館。
以前の恋人たちと何度か来たことがある定番スポットだ。
特に驚きはなかったが、今日は限定のイベントが開催されていたらしく予想外に楽しめてしまった。かんたんな朝五の気分は上り調子を見せる。
年齢に似合わず朝五がはしゃぐ姿を眺めていた夜鳥は、バカにすることなくゆるりと笑って隣を歩く。
「誰かと来たのは朝五が初めてだから、今日はすごく楽しいな」
「ふーん。あっそ」
朝五には、いくぶん弾む夜鳥の言葉が嘘だとすぐにわかった。
初めて水族館に来たはずの夜鳥が、イルカショーの会場もトイレも、物販ゾーンですら迷うことなく進んでいくのだ。
水槽をくまなく見せるために複雑な順路をしている施設において、円滑な案内を疑問に思わない単純で鈍感なバカだと思われている。そう気がつくとかなりムカついた。
朝五は微笑む夜鳥を責めるように睨む。
「言っとくけど俺、嘘吐きは嫌いだぜ」
「ん……? うん。俺、朝五に嘘は吐かないよ」
小首を傾げたのち深く頷く夜鳥を全力でひっぱたいてやりたくなった。まだ言うか。そんなに嘘を重ねるなら迷子になるフリまでしろと、朝五は憤慨してならない。
(ふん……こうなったら、意地でも自分から白状させてやらぁ……!)
バカだと思っている朝五が夜鳥の魂胆を察して怒っているのだと、夜鳥が気づいて演技をやめるまで自分からは言ってやらない。
朝五は不安や疑念を腹立たしさに置換し、定番のデートスポットを慣れた足取りで案内する夜鳥を恨みがましく睨みつけた。
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