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 朝五のへちゃむくれた笑顔を見た夜鳥は、同じく真っ赤に染まった顔で、口元を緩ませて笑った。  ああ、やっぱり、好きだなぁ。 「ねぇ朝五。俺は朝五が思うほど、綺麗な人間じゃないんだよ」 「ん……」  大きな手が伸びて、朝五の目元をくすぐる。冬の冷気で涙が冷えた頬を包み込み、微笑む夜鳥は静かに語る。  ──夜鳥が、自分を忘れた朝五を、諦めようと決めた時の話。  まるで呪いのような初恋を抱いた夜鳥は、嫌うための理由を探そうと、しばらく朝五を観察したと言う。  そんな視線に気がつかなかったと驚く朝五へ、夜鳥はクスリと笑って目元を緩める。 「忘れた朝五を恨んだ俺は、朝五の嫌なところを探すことにした。悪しざまに貶めて、こっちから願い下げだってね。大嫌いになるつもりで、マイナス評価から入った」 「あ……ご、ごめ……」  思わず謝罪が口をつくと、首を横に振られた。夜鳥は微笑んだまま。  頬に口づけられるようなくすぐったい声で語られるのは、せいちゃんではなく、夜鳥 成太から見た夢目乃 朝五だ。 「俺は、一度夢から覚めたんだよ」  ──かわいさ余って憎さ百倍とはよく言ったものだと、夜鳥は語る。  夜鳥は、夢目乃 朝五を恨んだ。  気持ちはさておき仮にも毎日遊んでいた相手を忘れて十三年間も音信不通だった男なのだから、嘘八百を並べる冷酷非道なゲス野郎だろうと決めつけてかかった。  しかし腹立たしくも、目に映る男はとてもそうは見えなかった。  冷酷とは無縁な喜怒哀楽に、フレンドリーで垣根がない。クルクルと変わる表情と単純で大げさな動き。飽きない人だ。  思わず笑ってしまい、舌打ちをする。  それでは、バカで無神経な空っぽの遊び人に違いない。恋なんてゲームと同じで、甘い言葉なんて起きながら唱える寝言にすぎないのだろう、と。  けれど、自分の目で見た朝五の心はとても繊細で、柔らかいものだった。  もちろんバカには違いない。  夜鳥には相手がそれほど真剣に見えなくても、バカな朝五はせっせと恋人に尽くす。心変わりを敏感に察知しては、こっちを見てと、下手くそな気の惹き方で甘えて見せる。  おかげで朝五はよくモテた。  取っかえ引っ変え、憎らしいほど朝五は多情で、最初は見ていられなかったほどだ。  だが、ふと気がつく。  必死に甘える柔らかな彼の恋は……どうしてか、実を結ばないばかりだった。  なぜかはわからない。  男運が悪いのだろう。  もしくは相手にわからないようさり気なく尽くして従い続ける朝五を、心のどこかで対等じゃないとも感じたのかもしれない。  大学に入ってからの交際事情しか知らない夜鳥だが、みんな朝五を手放したのだ。  多情に見えた朝五は、自分から別れを切り出したことがなかった。いつもいつも、朝五は相手に謝られてばかりいる。  そういう時、朝五は決まって遊び慣れた男のような態度をとり、簡単に身を引いた。  まるで傷ついていないふうに振る舞い、一人になってから泣きそうな顔をする。膝を抱えて、黙り込む。  一度目の時は「ざまあみろ」と思った。  二度目の時は「余裕ぶるから都合がいい男だと勘違いされて軽薄な相手しか寄ってこないんだ」と呆れた。  三度目の時は──……「俺ならもっと大事にするのに」と、拳を握った。  強がって逃げ出した朝五を、誰も追いかけてこない。無様を一目見てやろうとする意地の悪い夜鳥しか、朝五の泣き顔を知らない。  その惨めな泣き顔を、原因たちに見せてやればいいと思った。  愛しかったのだと。  恋しかったのだと。  一目でわかる雄弁な泣き顔を、過去の恋人を引きずり出して今すぐ目の当たりにさせたいと憤った。  こんな泣き方をさせるほど、お前は誰かに愛されていたんだぞ、と。  ──夜鳥は、自分を忘れた憎たらしいはずの朝五を抱きしめたくなったのだ。 「嫌いになろうとしたのに、不思議だね」  当時を思い出した夜鳥は困ったような語気で言ったが、口角は柔らかく上がっている。朝五は尻の座りが悪かったが、頬を包む夜鳥の手は逃れがたい。

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