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第52話

「奥方はいるけど、すごく気弱な方で主人を止めたり口答えするような考えすら持てない人だ。そんな中で育つ子供は主人の生き写しでしかない。その環境しか知らなければ、それが世間の常識だと思うのは仕方がないことだね」  再び優の唇から零れ落ちたため息が、シンと静まり返った庵の中に響く。唇を噛んで俯く雪也に優は手に持っていた椀を置いて真っ直ぐに視線を向けた。 「多分、他の薬屋と商いをしているから大丈夫だとは思うけど、もしも商いの話を持ち掛けられたら断った方が良いよ。確かに多少の金は稼げるかもしれないけど、雪也は若いから何でもかんでも背負わされて寿命が食いつぶされてしまう。長い目でみたらはした金で命を失うに等しいからね」  優の言葉に紫呉も頷くことで同意を示す。揺れる瞳で優を見る雪也に、弥生がポンと優しく肩を叩いた。 「もしも断れないと思ったら、私の名前を出していい。それでも難しければ私が直接赴こう。変に気を遣わず、屋敷に来るんだ。いいな?」  あまり弥生を頼りたがらない雪也の性格を見越して念を押す弥生に、雪也は無言のままコクンと頷いた。  穏やかで、温かな食事。弥生たちが来るのを心待ちにしていたというのに、彼らが馬で屋敷に帰っていく後ろ姿を見送りながら、どうしてもあの悲鳴が雪也の脳裏にこびりついて、離れなかった。

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