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第54話
弥生たちには関わらない方が良いと言われたが、どうしてもあの屋敷が気になった雪也は薬を届けるついでだからと自分に言い訳をして、件の屋敷の前を通っていた。
意図してゆっくりと足を進めるが、今日は怒声も悲鳴も聞こえない。どこかホッとしながら屋敷の前を通り過ぎ、常連である老夫婦に薬を渡す。孫を可愛がるようにニコニコしながら雪也に土産として干し柿を渡す老夫婦に笑みを浮かべ礼を言い、踵を返す。どこかホカホカとした気持ちで帰路についていれば、あの屋敷から筋肉質な大男が何かを担いで出てくるのが見えた。
(あれは……)
男が担いでいるのはボロボロの布のようだが、目を細めて凝視した雪也にはハッキリと見ることができた。
布からほんの少し見えるもの――あれは、人の手ではないのか?
バクバクと心臓がうるさく響く。あまりのことにどうしようかと視線を彷徨わせるが、雪也は努めてゆっくりと呼吸を整えると、一定の距離を保ちながら通行人を装って大男の後を追った。
のし、のし、とどこか威圧感のある足取りで進む大男を追っていれば、どんどんと人の数が減り、雪也は仕方なく物陰に隠れ気配を消した。
(いったいどこまで……)
もう人通りどころか民家すらない、随分とさびれた場所を大男は迷いなく歩く。これ以上進めば森の中になるというところまで行って、ようやく大男は足を止めた。それを見て、雪也も大木の陰に身を隠し、コッソリと大男を見る。彼は無造作に担いでいた布を肩からおろし、何を気にすることもなくドサリと地に落とした。そしてやっと終わったというかのようにグルグルと肩を回しながらけだるげに踵を返し、去っていく。大男が充分に遠くへ行ったことを確認して、雪也は足早に布へ近づいた。
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