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第73話
女将の言葉に老人も己が今、どれほど危ない立場に置かれているのかを悟り、先程まで真っ赤にしていた顔を真っ青にさせる。優をして〝小物〟と言われた老人は雪也や周といった己よりも立場の低い者にはどこまでも傍若無人に振る舞えるが、弥生らといった上の者には徹底服従する。先程まで雪也のことを男娼だなんだと蔑んでいたが、弥生と関りがあるというのであれば、これ以上何かをするべきではない。雪也にも周にも、関わらないのが一番だ。
「ふんッ。言ったはずじゃ。人違いだったとな」
顔を真っ青にしながら、それでも女将の言葉に恐れを抱いたなどと言うことは矜持が許さないとばかりに、老人は鼻を鳴らしてわざとらしく顎を上げながら踵を返した。しかしその歩調はいつもより随分と早くて、彼がいかに胸の内で震えているのかがわかる。その姿に女将は耐えきれぬとばかりにクスリと小さく笑った。同じように成り行きを見守っていた者達が小さく笑う。
この町で商いをしている者達は皆、あの老人に安値で買いたたかれ、だというのに労働ばかり求められて鬱憤が溜まっていたのだ。そんな老人に一泡吹かせることが出来た上に、自分達の癒しである雪也や、彼が連れている周に良くしたとしても、あの老人にとやかく言われる心配もない。良いこと尽くめだ。
今度雪也が来たら、とびっきりのおまけをしてやろうと胸の内であれこれ考えながら、店の者達は大声で客引きを再開した。
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