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第143話
「ごめんなさい紫呉さま。怪我人がいると聞いたものですから、手当をと思って」
偽りではないが、事実の大部分を省いて告げる。あまり詳しく言えば責められるのは雪也を呼んだ町人たちだ。彼らが騒ぎを起こしたというのであれば情けなど必要ないだろうが、今回は彼らとて男に困り果てていた被害者と言っても良いだろう。
ほんの少しの事実だけを口にして、後は胸の内に隠す。雪也のそれは何も今回が初めてなどではなく、どちらかと言えばいつものことで、町人たちもそれは何となく理解していた。
いつも通り、ちょっと雪也が怒られるだけ。そうであったはずなのに、いつもは雪也の背にくっついている周が弥生に近づき、その袖を引っ張った。
「庵に男の人が来て、茶屋のお小夜さんが怪我したからって雪也を連れて行こうとした。まだ男がいるって、言ってた。雪也は行くって。それでお小夜さんを手当てしたら、男が雪也を嫁にって言った。だから変態って由弦が蹴り飛ばした」
淡々と周は弥生に何があったかを簡潔に告げる。雪也は周の名を呼びながらワタワタと何故か焦っていたが、周はいつもの従順さはどこへやら。雪也の静止も聞かずにすべてを話してしまう。それにうんうんと頷きながら聞いていた由弦は、周が言い終わった瞬間にハッと目を開いた。
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