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第257話

 柔らかな声音で語られるそれらを男は脳に叩きこむようにして聞き、ひとつひとつに頷きを返す。そんなことをしていれば襖の向こうから声がかかり、使用人の女が盆にのった白湯を差し出した。老人がゆっくりとそれを受け取り、雪也が渡した薬を流し込む。その間にもう一人の女が火鉢と水の入ったやかんを運び込み、火鉢の上にやかんを設置した。 「……ふぅ。……来ていきなり、世話をかけたな。年若いの」  白湯で喉も潤されたのだろう、少し掠れてはいたが老人はようやく息をついて雪也にそう声をかけた。彼が重ねてきた年月を思わせる渋みのある声は、どこか弥生の父に似た重みを感じる。流石は栄える呉服問屋の主人ということか。 「いいえ、少しでもお役に立てたのなら良かった。でも、あのように咳がでるということは少なからず身体が弱っていると思いますから、しばらくは静養なさってくださいね」  にこやかに微笑みながら、そうとわからないように老人を注視する。咳き込んでいたがゆえの荒さはあるが徐々に呼吸も穏やかになっており、年相応に節くれだっているものの手足や胸元にボコボコとした不自然な腫れもない。どうやら薬の拒否反応も無さそうだ。

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