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第283話

「あの子達は賢いから我儘は言わないけど、でも、彼らも弥生に会いたがっているだろうね」  覚悟していたとはいえ、もう随分と庵に足を運べていない。屋敷にいる時と違って、少しの時間が出来たからといって気軽に行けるほどの距離ではないのだから仕方がないとわかってはいるが、行けないのだと理解すればするほどに、庵の優しい空間が懐かしい。まるで郷愁のようなそれに苦笑して、弥生は瞼を閉じたまま優の手を取り、その手に甘えるように頬ずりをした。その子供のようなおねだりに、優はクスリと微笑んで、弥生が望むままに再びゆっくりと髪を撫でる。 「救ってやったなどと恩着せがましいことは思わんが、あやつらは救われたと思っているのだろう。気まぐれな慈悲と思っているかもしれんがな。だが、このような時こそ思い知らされる。救われているのは、私なのだと」  権力も何もない、華都も衛府も各領もない、ただ必死に生きている彼らの、何でもない営みがどれほど尊いものか。いっそうるさいほどにケラケラと大口を開けて笑う声が、狭いからこそ感じる人の温もりが、こんなにも心を穏やかにしてくれる。  託したのは希望であり、願いだった。だが弥生こそが、その願いを彼らから与えられている。だからこそ、今が寂しい。静寂というものは、こんなにもうるさかったのかと知るほどに。

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