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第288話

 末子の言い方から察するに、縁さえあれば呉服問屋の跡継ぎよりも近臣の側室や大奥に入ることが幸せであると考えているのだろう。確かに、金や贅沢だけを見るならば、そうであるのかもしれない。だが、そこにあるのは金と贅沢だけだ。それ以外の何もない。  たとえ美しい衣を纏おうと、毎日毎日嫌味や罵声を浴びせられ、数多くの女たちと主人の寵愛を競い、神経をすり減らせば、どんなに美しい者でも容姿は衰えてしまう。心の休まる場所などなく、屈辱を受けることも多いだろう。そんな場所にいて、幸せになれるとも思えない。多恵のことを思うなら、これが最善の縁だ。 「ではこれから結納や婚姻と忙しくなりますね」  そう言えば、末子はそうだねと大変そうに言うが、胸中の喜びを隠しきることができず、顔は緩みっぱなしだ。そんな末子の話にうんうんと相槌をうちながら聞いて、もう充分だろうという時に雪也は立ち上がった。

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