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第345話
「とりあえず、大人しく横になっていてください」
男に着物を着せ、雪也は横になるよう促す。先程の反撃がよほど恐ろしかったのか大人しく横たわった男をチラと見て、雪也は立ち上がり周の方へ向かった。
周を人質にして利用しようとしていたことを未だ警戒しているのか、雪也は周から離れようとしない。それも当然のことかと小さく息をついた時、男はチラと着物を見てわずかに目を見開いた。
着物は元々男が纏っていたものだった。男は国の未来を夢見て家を出てきてから色々と無茶をしてきたこともあって着物は随分と汚れ、ほつれや穴も多々空いていた。繕いものはすべて母や妻に任せていた男はなんとか針と糸で直したりしていたが不格好そのもので、すぐにまたほつれたり穴が空いてしまっていた。それに、これほど出血する怪我を負ったのだ。元々ボロボロだった着物は見るも無残な姿になっていただろう。だというのに、男が今纏っている着物は綺麗に洗われており、穴も切れていた部分も男のものとは比べ物にならないほど丁寧に繕われていた。
同じものであるはずなのに、こんなにも綺麗に整えられた着物を着たのはいつぶりだろうか。最後に温かで柔らかな布団で、足を伸ばして横たわったのは、もう随分と昔のことだった。それがなぜか男の胸をざわつかせる。
耳の奥で優しく響く声に、なぜか視界が霞む。それを振り切って出てきたのは、己であるのに。
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