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第402話
いつものように髪紐で髪を結いあげる。常は隙などひとつも無いほど几帳面に整えられるそれに爪をひっかけ、ほんの僅かに乱れを施した。
地味に見える濃い灰色の着流しを、禁欲的なほどきっちりと襟を重ね、しかしいつもよりほんの少し、うなじが見えやすいようにする。
指に少量の油をつけ己の唇に滑らせ、初夏で何もせずとも汗ばむというのに、身体を温める効能の薬を呷った。
薬の効果が現れれば白い肌が赤く色づき、しっとりと汗で濡れるだろう。そう、まるで艶事で熱に浮かされている者のように。
庵の誰もが未だ眠っている中、雪也は手慣れた様子ですべてを整えていく。
決してあからさまにならず、あくまで自然に見えるように。キッチリと着物を纏い隙が無いように見えて、どこか艶めかしくなるよう。
なるべく瞬きをしないよう意識して、雪也はゆっくりと立ち上がった。
(頬を染め、瞳を潤ませれば、その姿は憐れ)
クスリと、嗤いが零れ落ちる。もう何年もこんな事はしていないというのに、身体は未だ過去を寸分たがわず覚えているようだ。
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